陽菜のウエディングドレス
秋のある日曜日、赤やオレンジ黄色に変わった国立公園で陽菜はあるカップルのウェディングカメラマンを務める。数人のカメラマンを抱える事務所に所属する彼女はどんな撮影でもこなす。
ネジの会社の依頼で、一日中置いては転がり場所が定まらないネジ相手に撮影した事もあったらしい。
「俺も一緒に行きたいっ」
「えーかずちゃん邪魔しない?」
「しない」
「結婚式なんだよ。人生一度の輝かしき瞬間だよ。絶対邪魔しちゃだめなんだよ!」
結婚式....俺は2回目を挙げたいよ。おまえと。
俺はあまり結婚を意識する会話をしてこなかった。陽菜が夢追い人だからだ。
けれど彼女ももう30になる。
この頃俺は、意識していたんだ。今か、明日か、来週かって。少しずつ陽菜の様子が変わり、どこか掴みどころが無くなり俺は言えなくなっていった。
プロポーズを屈託のない笑顔で跳ね返される恐怖で。
「わかったあ?かずちゃん」
「うん。大丈夫。見てみたいんだ。」
新郎新婦、新婦さんのドレスをもつ係の人、式場の人と陽菜があっちこっちに移動する少し後ろを俺も歩く。
「あっ、あそこの木をバックにいきましょうか!」
陽菜は撮影スポットを見つけてみんなと進む。
「はいっじゃもうちょっとくっついて〜新郎さん!彼女を見つめて!微笑んで〜ほら愛しい奥様ですよ〜」
と笑わせながら撮る。
陽菜は愛らしいけど、しっかり者だ。ちゃんとこの場を仕切っている。
俺は保護者のように背後から見守る。
レンズを合わせ、片足を引きながら膝を着きバシャバシャ撮影する陽菜がかっこよく見えた。
俺は陽菜の写真が好きだ。優しくて暖かくて。芸術センスないと言われる俺だけど。
「お疲れさまでした〜」
「ありがとうございました」
「この景色をバックにしたのは良かったですね。きっと紅葉の度、秋が来るたびお二人の愛を深められますねっ。」
「ええ。ありがとうございます仕上がり楽しみにしてます」
「はぁい。」
陽菜は挨拶を二人と交わし俺のもとへ。
「終わったよ」
「お疲れさま 陽菜」
「かずちゃん何してたの?ずっと」
「え?俺はずっと陽菜の後ろついて、陽菜みてた。写真撮ってる姿は俺の大好物になった」
「大好物?ははは」
照れくさそうに陽菜は笑った。
前は付いてこなかったこの撮影現場。
俺は過去にはしなかった会話をしよう。
そうだ、結婚願望洗脳計画だ。その時が来た。
「やっぱりいいよなあ 結婚式」
俺には苦い思い出しかない結婚。だが今は違う。想像するんだこの目の前にいる少女のような微笑みを絶やさない俺の陽菜のウェディングドレス姿を。
クソババアの饅頭みたいな白無垢姿は忘れされ。
「あれ?どしたの?!かずちゃん。新郎新婦さんにそんな感動した?」
「え あ」
俺の目には涙が浮かんでいたようだ。センチメンタルなおっさんだ。
「陽菜が着たら可愛い、いや美しいだろうな。あの白いやつ」
「白いやつ?ウェディングドレスね。うん、着たいな。女の憧れだもん。お母さんがね、残したウェディングドレスがあるんだ」
え?初耳だぞ。
そうだ、陽菜の母親は陽菜が小学生の頃に亡くなったんだ。親父さんと二人でなかなか苦労したようで、だから陽菜は家事もそつなくこなす。
あまり母親の話をしないから、俺もあえては聞いてこなかった。
対する俺の人生は何だかんだ言って恵まれていた。甘えて生きてきた部分も大いにある。
だから、せめて陽菜は俺に甘えて生きてほしい。
「そうなのか。じゃぁ絶対にそのドレス着ような」
あ、待って、今のプロポーズじゃありませんからね。もっとロマンティックに白馬に乗って登場とか、地面いっぱいにキャンドルでMarry Me Hinaとかしたいんだって。
「うん!絶対着る」
ん ん?これはイエスか?イエスの意味か、イエス様ですか。
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