蛹の中は蝶か蛾か

新溶解性B錠剤

第1話 文芸部

桜の花が舞い散って、茶色い桜が無残にも地面を覆いつくしている。

つい先週まではみんなが桜を見上げて綺麗だと言っていたのに今はもう誰も桜の存在に気が付いていない。

僕だって茶色い桜に気が付いたのは定期を落としてしまって、それを拾おうとして気が付いた。定期を落としてなければきっと気が付かずにいただろう。

イヤホンを耳に押し入れて、僕は高校までの道を少し早歩きで進んでいく。


先週から二年生になり、新しいクラスになった。あるラジオ番組が「二年生は自由だぁ」なんて言っていた。僕はそう思わない。後輩という存在と先輩という存在の間に挟まれ、三年生からの責任転嫁とプレッシャー、そして一年生の世話という名の押し付けを受ける。一年生からは忌み嫌われ、陰口を言われ、無駄に気を遣わないといけない。

それになんといっても来年に迫る進学のことを考えないといけないのだから、どこが自由なのかと考えてしまう。

まぁ、僕は同学年しかいない、しかも三人だけの部活なのだから杞憂に他ならない。

教室に着くと、自分の席に座りイヤホンを外す。ワイヤレスイヤホンをケースに入れ、カバンの外ポケットに押し込む。そして、スマホでSNSをただ眺める。

別に何か用があって見ているわけでもないし、ましてやSNSの投稿が頭に入っているわけでもない。本当にただ文字通り眺めている。

別に誰かに話しかけられたくないわけではない。人と話すのは別に嫌いではない。けれど、もし他の誰かと話して自分のボロが出てしまうのが怖いだけ。

人には誰でも秘密を持っているし、それをうまく隠して生きている。例えば密かに思いを寄せているとか、大人ぶっているけど実はピーマンが食べれないとか。

小さな秘密から大きな秘密まで誰しもが持っている。別に秘密の大小は関係ない。秘密を持ち隠していることが人の本質につながっている。


教室前方のドアが開き、先生が入ってくる。

「ほら、席に就け」野太い声が教室に響き、全員が席に座る。

そして朝のホームルームが始まる。


四限までの授業が終わり、昼休みが始まる。

僕は自分の席で家から持ってきた弁当を広げる。前の席に山田が僕の方に椅子を向け、一緒にご飯を食べる。他愛のない話をする。数学の宿題が難しかったとか、昨日のバラエティー番組見たとか。僕もそういった話をするのは嫌いではないし、むしろ楽しいと感じる。けれどやっぱりどこかボロを出さないように気を遣って話す。


放課後になり、僕はカバンにノートやら筆箱やらを詰め込み、何人かに「じゃね」と言葉を交わす。僕はそのまま別棟の文芸部の部室に向かう。

本当は部室は使わないときは鍵をかけておかないといけない。けれど文芸部はいつでもカギは開いている。怠惰な部員は鍵を掛けたくない。だから職員室にとりに行かなくていい。それに盗られて困るようなものもない。いやあるにはあるが、個人の鍵付きロッカーに入っているから誰も盗めない。だからカギは開けっ放し。

僕が部室に着くと、まだ誰も来ていなかった。僕は荷物を置いて机の上に置き、不要になり捨てられそうになっていた少しボロい、元応接室のソファに座る。そしてスマホをいじって待つ。

文芸部の部室は六畳しかないが、それなりに広いし、それなりに居心地の良い部室だと思う。なんていったって、文芸部なのに本なんてない。あっても雑誌と漫画が数冊あるくらいだ。

いきなりドアが開く、「やほ」と言いながらチカが入ってくる。

「遅かったね」と僕は声を掛ける。

「やまじぃにつかまった。スカートが短いって」と言いながら、荷物を置き、スカートを巻き上げている。

「あれ、ゴリは?まだ来てないの?」

「まだ来てない」僕は答える。

「ま、そのうち来るだろ」と言いながらチカは鍵付きのロッカーからエレキギターを出して、チューニングを始める。

「なんか面白いことあった?」とチカがチューナーを外して僕に聞く。

「別に何も。いつも通り。可もなく不可もなくって感じ」と僕は答える。

「ふーん」エレキギターを構えながら、僕の顔を見てニヤッとしながらそう答える。その声は少し笑いが含まれていた。

「なんだよ、そのふーんは」僕が聞く。

「別にぃ、ただ私は例のあの人と何か進展があったのかなって思ってさ」

「なんもないよ!」僕は少しムキになって答え、顔が少し熱くなったのを感じた。

「そういうチカはなんかあった、面白いこと」僕はこれ以上深堀されまいとチカに聞く。

「面白いことかぁ」チカは少し考え込んでから「なんもないわ」と答えた。

その言葉を最後に僕はスマホに目をまた向け、チカはアンプにつながっていないエレキで練習を始める。


少したってから部室のドアが勢いよく開く。

「おはっよぉ」と大きな声と共に汗だくなゴリが入ってくる。

「なんでそんなに汗だくなの」とチカが聞く。

「コンビニまでアイスを買いに走ってきた。二人の分ももちろんある。好きなん選んで」と言いながら右手に持ったビニール袋を差し出す。僕はカバンから財布を出そうとすると「金はいいよ。俺が勝手に買ってきただけだから」とゴリは僕に言う。

チカは「ゴチでーす」と言いながらチョコのアイスをとる。僕も「あざーす」と言ってソーダ味のアイスをとる。

ゴリは袋に残ったチョコのアイスを取り出して、カバンを床に置き僕の横に座る。

これがいつもの文芸部。

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