どうして君なんだろうね

和泉 有

どうして君なんだろうね

彼と出会ったのは入学してすぐのことだった。

 私が行ってる高校は市内だったら1、2を競うぐらいそれなりに偏差値が高い学校だ。そんないい子ちゃんがたくさんいる中に彼はピアスを付けて、金髪に近い髪色をしていた。当たり前のように教師から注意を受けていたが、彼は上の空だった。

 そのあとすぐにクラスが発表された。運命かのようにその彼と一緒のクラスだった。その時の私は何も思わなかった。彼とは何もないと思ってたからだ。でも、そんなことはなかった。教室で解散だと言われて、その時友達も居なかった私は一人で帰ろうとしていたら、まっすぐと彼は私の方へと向かってきた。

「これ、落としてたよ」

 彼の声はどんな人よりも優しかったけど、どこか棘があるような感じがした。

「あ、ありがとう」

 その時見えた彼の手首は言葉では表すことはできなかった。私は咄嗟に出そうになった言葉を引っ込ませた。今となってはそれが正解とはわからないがその時の私はそれが最善の策だと思った。私は逃げるようにその場から離れた。



 



 1学期の終わり。クラスメイトと仲良くなってきた私だったが、彼はずっと孤独だった。髪の色もそのままだったが、根先は黒くなっていた。いわゆるプリンっていうやつだ。それに彼だけ長袖だった。

 そんな中、英語の授業で隣の席の人と2人1組になってスピーキングとリスニングの練習を彼とすることになった。彼は英語ができるか心配だったが、そんな私の心配など綺麗に裏切ってくれた。彼はとても綺麗な英語で私の質問を返してくれた。私が呆気に取られていると入学式の時に聞いた声で私の名前を呼んだ。私はすぐに謝ってスピーキングを続けた。

「あの子ちゃんと喋れた?」

 最近仲良くなった友達に彼のことを聞かれた。あんな短時間だが、喋ってるのは私くらいだ。

「意外と喋れたよ。もしかしたら、私より上手いかも」

 友達は「またまた」と笑いながら、それを否定した。でも、私は本気で彼より上手い自信がなかった。まるでネイティブかの様だったからだ。もしかしたら、帰国子女かも知れない。

 私はそこから彼に興味を持ち出した。

「ねぇー、トイレ行こーよ」

 私は友達とトイレに行った。






 それから月日が流れ、2学期の期末テストが数週間前になったある日。私は学校の自主室で勉強をしていた。時計をみると19時を回っていた。そろそろ帰ろうと思い席に立ち、リュックに荷物を直すために中を見ると財布がなかった。きっと、引き出しの中だ。私は小さくため息をし、職員室に向かった。でも、職員室には教室の鍵がなかったから、私は急いで教室に向かうと彼がタバコを咥えて、外を眺めていた。

「びっくりした」

 彼の声がじーんと響いた。タバコの匂いが夜の風に乗って私の方へと流れてきた。

「な、なんでこんなところにいるの?」

 それよりもタバコの方が気になるが、何か嫌な予感がした。

「風。気持ちいいだろ」

 私の質問をガン無視した彼は「こっちこいよ」と手招きした。私は仕方なく彼の方へと向かった。

「な?いいだろう」

 私はその言葉に頷いた。冬前の少し寒い空気が私たちの顔をなぞる。その空気の匂いはどこか儚かなかった。

 彼はタバコを吸い、先が赤く光った。口から白い煙を吐き出し、風に乗ってどこかに消えていった。

「なんでここにきた?」

 彼は私と同じ質問をした。

「財布取りに来ただけだよ。そっちこそなんでここにいるの?」

「俺?タバコ吸ってるだけだよ」

「なんで学校で吸うの?先生に見つかったら、もしかしたら退学なんだよ?」

 彼はもう一吸いし、「別にいいよ」と弱々しい声で言った。私はかける声がなかった。あの日見たリストカットの跡が関係あるかも知れないが、人の人生に関与できるほど私は強くなんてない。

 彼は携帯用の灰皿にタバコを捨てた。

「俺帰るわ。じゃあな」

 私は彼の手首を掴んだ。私は強くなんてないが、ここで止めなければ一生弱いままじゃないかと思った。

 私の直感は当たるのだから。

「このあと、暇?」






 そのあと、私たちは近くのカラオケへと足を向かわせた。彼を楽しませようと思ったのに私が一番楽しんでしまった。でも、あの彼が笑ってくれた。笑う姿は初めて見た。

 23時まで歌い続けたから喉がカラカラになった私を見て彼は笑った。

「今、笑ったでしょ?」

 私は少しムスッとして彼に聞いた。彼は惚けた。そんな彼を見て私はなぜか可愛いと思った。彼はタバコを咥えてタバコに火をつけた。

「なんでタバコ吸ってるの?」

「俺さ、中学の時めっちゃ素行が悪かったんだよ。でも、テストの点数だけはよかったから親から怒られたことがなかったんだよ。それでいろんなもんに手出して。その一つがタバコなだけ」

 親が子供のことを大事にしないと自己肯定感の低い人間になってしまうことが多い。自己肯定感の低いと自傷行為などをすることがある。どっかの記事で読んだことがあった。ネットのことを鵜呑みにはしてはいけないのかも知れないけど、その記事があっていると確信した。

「ごめん。こんな話してしまって。今日はマジでありがとう。楽しかったよ」

「ちょっと待って!」

 彼が自転車を乗ろうとした時私は彼に向かって大きな声を出してしまった。

「ん?どうした?」

「もっと、君の話が聞きたい。私。まだ、君の名前しか知らない。そんなの嫌だ。もっと教えてよ。もっと一緒に居ようよ。だから、そんなバカなこと考えないでよ!」

 日本語がめちゃくちゃだ。私自身彼に何を伝えたいのかわからない。

「でも、俺と居たら仲間外れになっちゃうよ。せっかくできた友達なのに」

「そんなの関係ない。私が一緒に居たいだけ」

 柄でも無いことをどんどんと出ていく。私そんなこと言うキャラじゃ無いのに。

「え?なに?俺のこと好きになった?」

 彼は笑いながら私に問いかけてきた。私は彼の言葉を聞いてポッと顔が熱くなった様な気がした。

「そんなわけないじゃん!」

 私は彼をおもっきり腕を叩いた。それを見てただ笑うだけの彼。それを見て私も笑ってしまった。

 なんだろう。とても楽しい。

 本当に『好き』なんかな?いやそんなことは絶対にない。私はただ、彼を助けたかっただけ。でも、なんで助けたいと思ったの?

「でも今日は遅いから帰らないとやばいでしょう?」

 私は彼の声を聞いてハッとなった。私、何ぼーっとしてるんだろう?

「そ、そうだね」

「今日はマジでありがとう。本当に楽しかった」

「私も」と一言彼に伝えて、私たちは別れた。

 彼のタバコの匂いが彼の笑顔が彼の声が頭の中に残ってる。消そうとしてもなぜか消えない。私はイヤホンを出して、音楽を聴いた。

 夜道。一人で聴く音楽はどこか悲しかった。






 それから彼とはLINEや放課後で仲を深めた。学校で喋らないのは彼なりの気遣いらしい。クラスメイトにバレないようにちょっと遠めのマックにわざわざ足を運んで一緒に勉強もした。それが楽しかった。いや、彼と一緒にいることが楽しかった。

 遠くの方で私の名前を呼ぶ声が聞こえた。クラスメイトの友達だった。

「今日、みんなで勉強するけど来る?」

 彼とは特に予定がなかったのでそれを了承した。

 私たちは学校近くのマックへと移動していた。当たり前のように勉強なんてしない。ポテトを食べながら、ぺちゃくちゃとお喋りばっかりだ。私はひたすらに問題集を解いていた。そのあとはカラオケにも行こうと話が勝手に固まっていた。

 学校に近いカラオケは一つしかない。そう、彼と行ったあのカラオケだ。不意に思う。彼と行ったら楽しいだろうなと。

「勉強した後は息抜きしないとね!」

「勉強してないじゃん!」と叫びそうになったが、ギリギリのところで食い止めた。そんなこと言うほど仲良くはない。

 私の名前が聞こえた。「期末テスト自信ある?」と友達が聞いてきた。私は「そこそこかな」と曖昧に返した。まぁ、彼女らより点数は高いとは思うけど。

 数時間が経ち、私たちはカラオケに出ていた。一人の友達が急にインスタライブを始めたときは本気で嫌だったが、顔には出してないはずだ。

 一人で家へと帰っていたら、急にスマホが震えた。画面を見るとLINE通話で彼の名前が書いてあった。

「もしもし」

 彼が私の名前を呼んでくれた。

 要件は「明日マック行こう」と言うことだった。そんなのLINEでいいじゃんと思ったが、彼の声が聞けたらなんでもよかった。

 夜道。彼との電話は私のことを満たしてくれた。






 テスト当日。私はいつも通りの時間に学校に着いて、クラスメイトと話したり、勉強をしていた。

「あと、もうちょっとだね。大丈夫かな〜?」

 友達はそう言って笑った。私も周りに合わせるために笑った。

 そんなことをしているとあっという間に時間が過ぎてテストの時間になった。私はちらっと彼の方を見る。彼はダルそうに配られたプリントを見ていた。そんな彼を見ているとなぜか体が熱くなっていた。

 気がつくと本日中のテストは終わっていた。

「テストどうだった?」

 友達はテスト後のテンプレートかのように聞いてきた。

「まぁまぁかな」

 私もテンプレートで返した。まぁ、実際のところもまぁまぁだったし、嘘はついてない。まず、ここにいるって言うことはそれなりに勉強できないとダメでしょう?

 私はその後すぐ学校を出た。なんかまた勉強に誘われそうだったからだ。あそこに居たって集中もろくにできないし、たまに話を振られるからめんどくさい。

 スマホが震えた。画面を見ると「今どこいる?」と彼からのLINEだった。私は「今校門の前にいるよ」と現在位置を伝えた。「じゃあ、ちょっと待っといて」と返信が来た。私は嬉しい気持ちを抑えて、校門の近くにあるベンチに腰を降ろした。

 私を呼ぶ声が聞こえた。「待った」と彼は申し訳なさそうに言った。私はその問いに首を横に振った。

「全然待ってないよ。てか、急にどうしたの?」

「ちょっと買い物があって暇ならどうかなって思って」

 え?彼とデート?私の心臓の音が彼に聞こえるんじゃないかって言うほど大きくなった。もちろん行く。いや、絶対に行く!

「あ、うん。暇だよ。じゃあ、行く?」

 私は嬉しいって言う気持ちを抑えて、平然とした態度で言った。

 私たちは電車に乗って繁華街へと向かった。電車の揺れがとても心地よく感じた。いつもそんなこと思わないのに。彼と一緒にいると日常が非日常になっていく様だった。彼のことが好きじゃないはずなのに彼のことを目で追ってしまう。頭から離れない。ずっと一緒に居たい。そんなことを思ってしまう。私はもっと普通は人が好みのはずだし、元彼もちゃんとした人だった。こんなチャラチャラしてる様な人は元々眼中にない。なのに。どうして。。

「頭から離れないだろう?」

「ん?なんか言った?」

 え?私。声に出てた?やばい。聞いてたかな?

「え?んーん。なんも言ってないよ」

「え?そっか。じゃあ、聞き間違いか」

 よかった。電車の音でどうにか誤魔化せた。どうしてあんなこと言ったんだろう?恥ずかし過ぎて死にそう。てか、顔大丈夫?赤くなってないかな?

「ついたよ。何ぼっーとしてるの?」

「え?あ!うん」

 あんたのせいだよ!って言いたいけどそんなこと言ったら、普通に死ねる。

「どこいくの?」

 私は駅のホームで彼に聞いた。

「俺の用事はすぐ済むからどっか行きたいところとかない?」

 え?いいの?映画館とか行きたいし、甘いもの食べたいし、また、カラオケとかもいいな。ここだったら近くにラウワンあるからそこでボーリングとかもいいじゃん。やばい。永遠に出てくる。

「急に言われてもないよな」

 そんなことはない。いっぱいあるよ。でも、それが言葉として出てこない。自分のちっぽけなプライドが邪魔をする。やっぱり、私って弱いな。

「君が行きたいところなら、どこにでも行きたい」

 私は弱くなんてない。だってこうやって聞けるんだから。

 彼はスマホで時間を確認した。

「じゃあ、カフェとか行く?」






 私たちは駅を出て、路地の様な場所に移動した。そこにはまだ開店してない居酒屋がたくさんあった。その中に一際目立つポップな感じの店が見えた。彼はその店に入った。

「いらっしゃいませ!お二人様ですか?」

「はい」

「じゃあ、こちらへ」

 案内された席には今時JKが好きそうな可愛いものがいっぱいあった。

「俺。実は甘党でさ。ここのパンケーキバカうまいんだよね」

 店員さんが水を出して厨房に戻った時に彼はそう言った。確かにメニューを見るとどれも美味しそうだ。私はこの店の一番人気のを彼はイチゴがいっぱい乗ってるパンケーキを頼んだ。数分で商品が届いた。写真で見るよりもいっそう美味しそうに見えた。私は一口食べると自然と「美味しい」と声が出てしまった。それ見て彼は自慢げに「だろう?」と私に問いかけてきた。

 気がつくと結構時間が経っていた。私たちは店を出て、彼の買い物を済ませるため私は彼の後を追った。ついた先は本屋だった。

「小説でも買うの?」

 私は彼に問う。でも、私の問いには首を横に振るだけだった。彼は淡々と歩いた。そして、参考書が置いてあるエリアに彼は止まった。彼が取った本の題名は『高卒認定ワークブック』と書いてあった。

「高卒認定って知ってる?」

「知らない。なにそれ?」

 高卒認定とは、『高等学校卒業程度認定試験』の略称で端的に話すと、高卒程度の学力があるかないかを判定してくれる国家試験のこと。それに合格すると大学や専門学校など高卒者しか受験できない試験に受験ができるらしい。

「なんでそんなの受けるの?あと2年で高卒じゃん」

「俺。高校辞めるかもしれん」

 彼の口から聞きたくない言葉だった。なんで?それすら言葉にできなかった。

「親にはこれとってそこそこ偏差値の高い大学はいればなんも言われないじゃん。だから無理に高校続ける意味ないし」

 人の人生に関与できるほど強くない。どれほど強がってもその事実には変わりない。でも、私はやめて欲しくない。それがただの自分勝手なエゴになっても言いたい。『辞めるな』って。

「辞めちゃんだ」

 私はポソっと言うしかなかった。それが今の私だ。

「まだ辞めないけどね。次やるの夏やし」

 でも、夏には辞めてしまう。あと、半年くらい?いやもっとか。やばい。今にも泣きそう。なんで?なんで??

「そっか。頑張って!ちょっと、私トイレ」

 私は逃げるようにそこから離れた。彼の腕を見たあの時のように。彼にこんな姿見したくない。

 私は女子トイレの個室に入った。声を殺しながら、泣いた。次からと涙が出てくる。鼻を啜る音がトイレ中に響く。どうしよう。私。どんな顔で彼に会えばいいんだろう。

 そのあとのことはあんまり覚えてない。気がついたら、彼と電車の中にいた。私。今どんな顔してるのかな?電車はいつもの様に揺れ続ける。それと同じ様に彼と私が触れ合う。

 彼と一緒にいて悲しいって感情は初めてだった。






 あっという間に1年生が終わり、2年生に上がった。彼とは同じクラスにはならなかった。あれからも一緒に遊んだり、勉強したりしていた。前までとても楽しかったのに、今では悲しいって感情が徐々に大きくなっていた。

 そして、高卒認定の受験日になった。彼曰く、ほとんどが中学レベルに毛の生えた程度だから大丈夫と自信満々だった。だから、当たり前の様に彼は合格していた。

 そして、2学期始まって数週間で彼の姿を学校で見なくなった。彼のいない学校って何か大切な何かを失ったみたいで気持ち悪い。いや、正直に言おう。私。寂しい。






 年も明け、もう少しで3年生になろうとしていた2月の半ばに私は彼に呼ばれた。また、いつも通りに勉強をしようって。いつものマックで私たちは勉強道具を広げた。数時間くらい経った時彼は「休憩しよう」と声を掛けてくれた。

 寒い空気が私たちのことをいじめてくる。でも、憎めない。彼は喫煙所にいて、私はコンビニで買ったホットココアをちょびちょび飲んでいた。

「悪い。こんな寒い中待たせてしまって」

 私は首を横に振った。私、君が教えてくた冬前の風が好きだよ。今はこんなにも寒くなっちゃったけど。

「俺。実はお前に感謝しないといけないことがあるんだ」

「え?私何もしてないよ」

 本当に私は彼に対して何もしてない。何なら私の方がされてもらってる。

「高1の時、初めて会話したじゃん。教室でタバコ吸ってて、急に来て。カラオケ行って。あの時、俺。自殺しようって思ってたんだよ。そしたら、お前が来て。急にカラオケ誘って。俺あれがなっかたら、今ここに居ない。本当にありがとう」

「カラオケ終わった後に言ったこと覚えてない?」

「え?」

「まぁ、日本語めちゃくちゃだったから覚えてないか。私。君に対して『バカなこと考えないでよ』って言ったんだ。私昔から勘だけはよく当たるんだよ。やっぱりその勘も当たってた。もう2年近く一緒にいるならわかると思うけど、私がカラオケとか誘うタチだと思う?君を助けたかったから、カラオケに誘ったんだよ」

 彼は唖然としてた。

「その時からだよ。君のこと意識し始めたの。前から気になってはいたよ。英語上手いし、意外と勉強できるし。君が死のうとした時。人助けって言う気持ちより君と遊びたかった。どんな人なのか気になった。だから、君を助けた」

 なぜかとてもリラックスしていた。

「そう、思った人が初めてだった。それがどうして君だったんだろうね」

 言いたいこといっぱいあるけど、やっぱり一言の方がしっくりする。



「私。君のこと好きだよ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうして君なんだろうね 和泉 有 @izumi_you

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ