忘れていく

 忘れていく

 忘れたくない

 アレだけ覚えていたのに

 忘れないと誓ったのに

 黒い髪も琥珀色の瞳も、言葉としては覚えているのに思い出せない。

 アレだけ忘れないと誓った、彼女から漂う甘い花の香りも

 俺の名を呼ぶ声も、手の温もりも思い出せない。

 こうじゃない。

 それだけはわかる。本当に?

 覚えていないのに間違っていることだけわかる。

 間違えていると思い込んでいるだけなのかもしれない。

 黒い髪。

 ああ、でもこの色合いじゃない。

 褐色の肌……ああ、でもこの娘から甘い花の香りはしない。

 琥珀色の瞳……でも、彼女の色とは違う。


 違う。違う。違う。


 夢に出てくる彼女の顔はどんどんぼやけてきて、声も聞こえなくなって……。

 イガーサ。

 彼女の体を、俺の牙が貫いた感触だけがずっと残っている。

 イガーサは、あの時、俺をどんな顔して見ていたっけ。

 ああ、きっと怒っていたんだろう。だって、アレから俺の左手を獣の呪いが蝕み続けている。

 なあ、イガーサ、君をきっと生き返らせるよ。それが無理でも……一言でもいい。言葉を交わせるのなら……謝って……彼女が望むなら、この終わらない命を捧げよう。

 きっと頭を砕けば俺は死ねるはずだから。

 だから、彼女に出会えるときまで、俺は死んではいけない。

 生き続ける。

 なにがあっても、どんなことをしても。


 妖精の国ティル・ナ・ノーグへの扉が開いたらしい。

 あっちへ行けば、死者を蘇らせる方法がわかるかもしれない。ヘニオは、向こう側にある超常の力を持つ魔道具や精霊、幻想生物をこちら側へ連れてきたいらしい。

 妖精の国ティル・ナ・ノーグの住人は、耳長族が千人束になっても敵わなかったらしいが、俺もだてに数百年生きていない。

 イガーサを失ったときよりも強力な魔法を使えるようになったし、魔力の消費量を抑えてコスパ良く魔法を使えるようになった。

 だから、妖精共を蹴散らして死者を蘇らせる方法だって聞き出して見せる。


 だから、待っていてくれイガーサ。きっとあんたに会ったら顔も声も匂いも思い出すはずなんだ。

 一緒に海に囲まれた島で休養しようって約束も、まだ忘れてないんだ。


(ジュジと出会う前、イガーサを失ってから100年とか200年あとくらいのカティーアです)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る