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 はらわたが煮えくり返るってこういうことを言うんじゃないのかな。


「あら、もしかして、ルシアノ? 大きくなったわね」

「せ、らふぃな」


 会えたセラフィナは牢屋のようなその部屋でぺたりと地面に座ったままの酷い姿だった。首には魔術封じの首輪がつけられていた。それなのに昔のように僕だとわかると昔と変わらない笑顔をくれる。だけど、僕はとてもじゃないが笑顔を返せる状態じゃなかった。フィトも歯を食いしばり、拳から血を流していた。


「ごめんなさい。私、臭いし汚いわよね」


 どうしようもできなかったのと謝るけど、セラフィナが謝ることじゃない。セラフィナをこんな目に遭わせた連中がセラフィナに謝るべきだ。


「あら、ルシアノ、私を抱きしめたら汚れてしまうわ」

「セラフィナだから、大丈夫。もう、ココに居なくていいから、僕の家に帰ろう」

「ありがとう。でも、私、なにもないわ。あなたに返せるものなんて」

「いいんだ。セラフィナがいてくれるだけでいい。セラフィナでいい」


 臭い、汚いなんて知らない。僕は折れてしまいそうに細くなったセラフィナを抱きしめた。

 さぁ、帰ろうと立ち上がってもらおうとしたけど、彼女は首を振った。まさかと思って、セラフィナの足を確認すれば、腱が切られた痕。修復できないようにするかのように踵も少しずれていた。

 ここまでするのか!? 何の罪もないセラフィナに!! 憤っていた僕に先に冷静さを取り戻したフィトが調べてきたことをそっと耳打ちする。王子妃と王子の独断であると。


 ――消えてしまえばいい。


 フッと笑った僕はそう声に出さず呟いた。もう、これで、セラフィナがアレらと会うことはない・・・・・・・


「ルシアノ、ごめんなさい」

「大丈夫だよ。セラフィナ。これからは僕があなたを守るから」

「でも、私じゃあなたを幸せにできないと思うわ」


 こんな酷い状態の女よ? というけれど、セラフィナは全く心が変わってないと思う。


「幸せというのはわからないけど、僕の心を満たせるのはセラフィナだけだよ」


 帰ったらまずはお風呂で、次の日は服を買いに行こうと提案する。フィトが仕事がありますよとちゃちゃを入れるけど、多少休んだところで綺麗になった仕事場なら大したことないよ。


「じゃあ、えっと、そう、失礼するね」

「え、あ、ルシアノ、汚れてしまうわ」

「すでに君を抱きしめた後だ、それに抱えたのはセラフィナだから問題ないよ。それに侍従もいないし、うん、フィトに抱えさせるのもイヤだし」

「あら、あなた、そんな我儘だったかしら」

「そうだよ、セラフィナ限定の我儘だよ」


 クスクスと笑うセラフィナに僕は笑みを向ける。どんな酷い姿でもやはりセラフィナはセラフィナだった。セラフィナを抱き上げた僕は彼女に上着を被せる。いくら彼女が平気と大丈夫だと言っても、その姿を人目に晒すのは嫌だろうから。





 屋敷に戻った僕はセラフィナをお風呂に入れてあげようとした。けど、侍女たちが飛んできて、セラフィナを奪われてしまった。


「ちょっと、僕がする!」

「バカなことをおっしゃらないでくださいませ。旦那様は男性です! お嬢様は私どもがきっちりお綺麗に致しますので外でお待ちくださいませ」

「ルシアノ、ありがとう」

「う、セラフィナ、嫌なことされたら、叫んでね」


 すぐ助けるからと言えば、きりりと目をつり上げたメイド長にそんなことはいたしません! とピシャリと言われてしまった。だって、不安じゃないか。

 あ、料理準備してもらっておこう。あんなにガリガリだったんだもの、きっとお腹すいてるよね。沢山作ってもらおう。


「旦那様、その、私どもが言うことではないかと思うのですがお嬢様はあまりまともな食事を摂られてはいなかったのでは?」

「そうだと思うよ。それがどうかした?」

「そうですと、あまり固形物は摂らない方がよろしいかと。まずは少量の流動食から少しずつお嬢様の体調をみながら固形物へと変更していくのいいのではないでしょうか」

「……そうなの?」

「えぇ、久しぶりに食べてしまうとお嬢様の胃が驚かれるかと」

「そっか、じゃあ、料理長に任せるよ。美味しいものを頼むよ」

「はい、勿論でございます」


 なるほど、久しぶりに食べると胃が吃驚するのか。沢山も食べられないのか。まさか、そんな風になってるなんて思わなかった。料理長から説明を受け納得した僕はとぼとぼと厨房を出て歩いた。ふと、玄関にフィトが何かをもってたっているのが目に入った。


「今日は仕事しないよ」

「わかっています。ただ、ルシアノさんにはこちらだけ書いていただきたく」

「なにそれ」


 契約書か何か? そう思ってフィトの手から受け取り確認すると婚姻届だった。


「こん、いん? 誰と誰が?」

「もちろん、ルシアノさんとセラフィナ様のです」

「は?」

我が父・・・から流石に冤罪ではあったものの罪人とはいえ未婚の娘を未婚の男の所においておくのは世間体が悪いとのこと」

「待って、え、セラフィナとフィトは姉弟なの?」

「そこですか、そこに今気づきますか。えぇ、まぁそうですよ。それが何か?」


 とりあえず、さっさと書いてもらっていいですかというけど、いやいや待って。今までそんなこと言わなかったじゃないか。


「セラフィナのサインがすでに入ってるのおかしい」

「おかしくありませんよ。だって、先程、書いていただきましたから」

「は?」

「睨まないでくれますか。丁度お風呂上がりだったそうでタイミングがよかったようで。それから、現在は私が呼んでおいた医師の診察を受けております」


 勿論、説明して本人の意思で書いてもらってますよというフィトだけど、僕がセラフィナと夫婦になる? え、なに、それ。今までそんなこと考えたこともなかったんだけど。


「さ、いつものようにサインするだけで大丈夫ですから」


 書類にサインするのと婚姻届にサインするのとでは重みが違くない? セラフィナ以外に興味がない僕でも知ってるよ?


「しぶといですね。では、はっきり言いましょう。姉さん、セラフィナを守りたいのであれば、夫という立場は実に優位ではないでしょうか。それとも、他人のまま、セラフィナを守るつもりですか? それは難しいでしょうね。だって、夫という身内ではなく他人・・でしかないのですから」


 貴方なら確かに他人であっても守れるでしょう。けれど、貴方がセラフィナに肩入れすることを他から見たらどのように思うでしょうねとフィトは笑顔で告げる。冤罪であったとはいえ、罪人として過ごしたことのあるセラフィナを嬉々として叩くだろうね。鬱陶しいあの羽虫どもは。やっぱり、一回はこの国自体消してしまった方がいいんじゃないかな。


「それにセラフィナが夫なら貴方がいいと言ったんですが」

「……えっと、どこに書けばいいんだっけ」

「こちらにお願いします」

「ん」


 セラフィナが望んでくれるのなら、その役目を頂戴しようじゃないか。決して、ちょろいとかそういうのではない。目の前でフィトが満足げに頷いた後にちょろいですねとか感想をこぼしてるけど、僕の耳には届いていない。


「あの、旦那様でいらっしゃいますか?」

「ん? そうだけど、どうかした?」

「いえ、奥様のことについてなのですが」


 奥様。セラフィナの事だよね。うん、中々に良い響きかもしれない。あ、いや、そういう話じゃなかったね。僕に話しかけてきた医師によると料理長が言ったように食べるものは流動食から胃を慣らしていってほしいという事。それから、魔法に関してもゆっくりと少しずつ使用していくようにということだった。うん、そうだね、魔法に関しては僕もそう思ってた。昔のようにいきなり使ってしまうと今まで使ってなかった分魔法がコントロールできなかったり暴発してしまう可能性が出てくるからね。その点は気をつけないとね。


「うん、ありがとう。僕の方も注意しておくよ」

「はい、それでは失礼いたします」


 ペコペコ頭を下げながら医師は帰って行った。それに続くようにフィトも提出と仕事があるのでと去って行った。結婚式については後日話し合いだとか。うん、結婚式いる? いや、でも、セラフィナの花嫁姿は見たいかも。うん、いるね。





 セラフィナが僕の家に来てから数ヶ月。セラフィナは昔のような艶やかな髪に柔らかな肢体を取り戻していた。結婚式は未だにしていないけれど、二人で街に出ることも多くなったし、不本意だけど社交界にも顔を出すようにした。不躾な目がセラフィナに向くのは耐えられなかったけど、僕がずっと抱き上げていていいということだったから、まぁ我慢できたよね。


「そういえば、ルシアノは幸せになれたかしら」


 膝の上に僕の頭をのせて、僕の髪を好きながら思い出したかのようにセラフィナはそんなことをいう。うーん、と僕は考え、目を細めてセラフィナを見上げる。


「そうだね、毎日セラフィナの傍にいてくれるから心は満たされつつあるかな」

「あら、それは幸せになるまでまだまだ時間がかかりそうね」

「かかるだろうね。だからね、セラフィナ、ずっと傍にいて」

「えぇ、もちろんよ」


 僕の答えにくすくすと笑って、セラフィナは僕の額に口づけを落とす。

 心が凄く温かい。あぁ、人はこれを幸せだとか愛おしいだとかというのかな。


「やはりここにいましたか。ルシアノさん、仕事ですよ」

「……もうちょっと」


 冷めた。フィトのせいで冷めたよ。

 セラフィナを抱きしめて、断固拒否の構えをするけど、襟首をつかんで引き摺ってでも行こうとする。


「隣国との緊迫状態なのに筆頭魔術師が何をやってるんですか」


 最近、きな臭くなってきたとかでピリピリしてたけど、そんなことでセラフィナとの時間を邪魔されるとか最低じゃないか。うん、よし、プチッとしよう。


 ――潰れてしまえ。


 やれやれと立ち上がりながら、そう声をなく呟く。とりあえず、向こうの頭潰しとけばいいよね。


「とりあえず、行ってくるよ」

「えぇ、気を付けて」


 セラフィナの両頬に口づけを落として、僕は王城へと向かった。きっと、王太子になられた第二王子殿下が頑張ってるはずだ。


「フィト、僕、幸せがわかったかもしれない」

「そうですか、よかったですね」


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