下士官兵をめざして

てとら@虎次郎

金鵄勲章

「おいていかないでくれ」

 ぼろぼろに傷ついた若い兵士が手を伸ばす。

 それは、僕の手だ。

 友に向かって力なく叫んだ。

「頼む、頼む。兄さんと約束したんだ、必ず生きて帰るって」

 しかし戦友は、冷たく言い放つ。

「それは上官殿が認めない。君は金鵄勲章をいただいた身じゃないか。死ぬことを前提をしている。だから、君を助けられない」

 金鵄勲章は「きんしくんしょう」と読む。

 通常は死んでから賜る勲章だが、ときたま生きているときに朝廷からいただける。

 戦友が言うように死ぬことを前提としているからだ。

「さようなら」

 戦友は震える手つきで小型の銃を取り、銃口を向けて僕に向けて放つ。

「これで君はめざしていた下士官になれたじゃないか。死んで昇進、おめでとう、伍長殿」

 戦友は、あはは、と乾いた笑い声を立てて去っていった。

 にわか雨が血まみれの体に降り注ぐと、激痛がして、意識が遠のいていく。

 

 こんなはずでは、なかった。

 名誉がほしかったのに。それだけだったのに。


 僕の心に残りしもの、心の中でくすぶり続けているものといえば、口惜しさだけだった。 

 優しく、厳しく見守ってくれた少尉殿も、中尉殿も、先ほど打たれた小隊長殿も、みんな、僕を裏切っていたのか。

 そう思えば、憎しみしかなかった。

 

「帰りたい、千葉に。そして、あの子と」


 満州は北支、万里の長城付近のことをそう呼んだのだが、とてつもなく広い平原で、コーリャン(とうもろこし)畑が広がっていた。

 その畑の土を潤すかのように僕の鮮血がしみこんでいった。

   


 僕が生まれたのは大正の初めだった。

 日露戦争が日本の勝利をおさめて終結した名残のあるころで、世ではスペイン風邪やデモクラシーが流行りだした。

 第一次世界大戦が疫病をもたらした。

 しかし、戦争で勝ち組になっている国民は兵隊を責めることはなかった。

 少なくとも、僕の近隣では。

 スペイン風邪を乗り越えたころ、僕は東京で唯一の陸軍幼年学校へ入学した。

 ここでは普通の中学課程の勉強のみだったが、関東大震災の後片付けもあり、東京での生活は慌しかった。

 陸軍の関係者で父親が戦死したりした遺児については学費が無料だった。

 だが僕は一般の貧しい家の出身だから、ちゃんと学費をおさめていた。

 月々80円もの大金だった。

 それを稼ぐのは骨が折れたが、卒業すると戸山学校のような立派な学校に入れるというので、死ぬ気でがんばった。

 中学を出るころに戸山学校を受験したが、歯が立たなかった。

 同じ系列の士官学校なので中野学校を受けたら、試験官は何も言わず、僕に退出を命じた。

 その後、合格通知が来た。

 けれど、父が死んだあと家を継いだ総領の兄は、中野は評判が悪いと言って顔をしかめたので、近くの高校へ通うことにした。

 地元は海軍基地が栄えており、その関係の高校が多かった。

 僕も最初は海軍になりたかった。

 海軍だったらエリートになれるからだ。

 徴兵検査がその分かれ目を作った。

 陸軍に振り分けられてしまった。

「俺、どうしても海軍がいい」

 あるとき兄にこぼしたことがある。

「だがな、海軍だと藻屑になっちまうからなあ。陸だと骨を拾ってもらえるぞ」

 悩んだが、陸軍でエリートになろうと決意した。

 めざすのは、下士官兵。少しでも稼いで家を、そして國民(くにたみ)かつては青草といったが、楽にしてやろう。その気構えで兵営所に入営した。

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