あの頃は誰もが輝いていた

城谷望月

あの頃は誰もが輝いていた

 大人たちって本当にいやだ。

 すぐに私たち「高校生」や「青春」をキラキラしたものとして崇めたがる。


 おじさんたちはよく言う。

「学生時代の時間ってのは、二度と戻らない。大切なものだから、毎日そのことを噛み締めなさい」、「君たち若者は輝いている。まったく、まぶしいよ」だなんて。


 ばかげている。

 そんな言葉は、大人が過去を美化しているだけだ。


 学生時代っていうのは、そんなにキラキラしてばかりじゃない。

 学生っていうのは、もっとドロドロしているし、無邪気さゆえに残酷だし、利己的で排他的……ナルシシズムの臭いが校舎には充満している。ナルシシズムが発する悪臭は、ときおり私に吐き気をもたらした。

 みんな鏡ばかり見ている。


 もし青春がキラキラしているとしたら、きっとその鏡の輝きに過ぎないのだろう。



 そんな「キラキラ」をもっとも振りまいていたのが、リサだった。もちろんこれは仮名。彼女に許可を取ったわけではないから。


 リサはいわゆるSNS中毒だったのだと、今になってみればわかる。

 脇を固める男子や女子たちと休み時間ごとに自撮り写真を撮影しては、SNSに投稿する。もちろん加工しなかったためしはない。彼女がいちばん輝けるフィルターをかけて、最大級に美化して、実在しない「リサ」を作り上げる。

 投稿は1日に20件を下回ることはない。


 投稿して満足かって?

 もちろん、それで済むはずがない。

 彼女にとっての問題は、その投稿で何人が彼女に愛を与えてくれたかだった。

 周囲の人間にはノルマが課せられることになった――すなわち、彼女のすべての投稿に15分以内に「いいね」を付けること。

 まったくもって、ばかげている。

 だけど取り巻きは頑張らねばならなかった。ノルマを怠ることは、クラス内カーストからの転落を意味していたから。


「いいね!」よりも「ばかばかしいね!」のボタンを押すべきところね、と、彼女のグループに関わり合いのない私は傍観していたけれど。


 いや、正直に言うと、グループに関わり合いがないというのではない。グループに関わることを許されなくなっただけだ。


 私は見せしめだった。

 リサに反抗した下っ端、として。


 だから時折、リサを取り巻く人間のうちの一人が、私を気の毒そうとも見下しているとも言えない目で見つめていることに気が付くのだが。


 私のことは置いておこう。


 リサの投稿は日に日にエスカレートしていく。

 些細な日常に過ぎなかった投稿は、次第に高額な買い物や高級ホテルの写真に置き換わっていった。どうすれば彼女の財布でそんなことが可能になるのだろうという「非日常」の写真にすべてがパタパタと置き換えられていく。

 日常を非日常で置き換えるたび、学校とは全く関係のない人物からのいいねが増えた。ビジネスがらみのいいねが増えると、彼女はクラスでひときわ声が大きくなった。

「私、大学へ行くのはやめて、芸能界に入ろうかしら」

 失笑をこらえる空気を感じ取れないのは、リサだけだった。


 SNSには新商品を宣伝するリサの写真がぎっしり敷き詰められるようになった。

「あれもリサの実力よね」

「彼女には華があるから」

 まともにリサを称賛する者が現れる他方で、

「勘違いしてるの、まじうける」

「ほとんど知り合いのいいねだろ」

冷ややかに彼女から視線を外す者が多かったのも事実だ。


 あの頃のリサは確かにキラキラしていた。自分を鏡に映したまま、360度華麗に回って見せる。周りは眩しくて仕方ない。それを彼女自身の魅力とはき違える者がいるのも致し方ない。


「ね、リサって最近変じゃない?」

 ある日のこと。それは突然起こった。

「顔色がひどくなってないか?」

「いや、痩せたんじゃない?」

「老けたような気もする」

「逆に太ったんじゃないの」

「それどころか、幽霊じみて見えるけどね」

 皆口々に、リサの異常な変化を認めたのだ。

 私の目にも彼女の変貌は明白に映った。

 でも、みんなが口にするような、ありきたりな変わりようではない。


 なんだか、妖怪譚に出てくるお化けになったみたい。


 指が長く長く伸びてスマホに絡みつき、目は画面上のいかなる変化を見逃すまいとぎょろりと顔から突き出ている。

 口は物言わぬ習慣が染みたせいか極度に存在感を消し、鼻はプライドの高さを反映してかピノキオよろしく高く天を突きあげている。


 そして——今にも彼女は、スマホの画面の形を模した鏡の中へと引きずりこまれそうになっているではないか!


 これは私の幻視なのか? 目を何度も開けては閉じた。結果は同じだ。

 彼女の手には、世界へとつながる奇怪な鏡がある。


 後ろにいる男子がふと口にした。


「あいつがスマホの画面に飲み込まれているように見えるの、俺だけ?」


 彼にも見えているのだ。

 私とは違った形の、彼女の現在の真の姿が。



 その数日後、彼女はふと姿を消した。

 学校に姿を現さず、家の近所でも姿を見かけることはなくなったらしい。

 一説によれば、彼女は「SNSの世界に飲み込まれて消えちゃったんだってさー、あはは!」だそうだ。


 何より恐ろしいのは、そう言いふらしているのが、つい先週までリサを取り巻いていた人間たちだということなんだけれど。


 キラキラした笑顔を振りまきながら、消えた彼女の話題を口にする。

 そういう人たちのほうがよほど怪物めいて見えてしまうのは、私だけだろうか?

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あの頃は誰もが輝いていた 城谷望月 @468mochi

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