ex-6.サキュバス、おはなしする

 混乱して固まるウチの気も知らないようで無表情なメイドは少しづつ家へと近づいてくる。というか、鈍感なウチでもわかるくらいに殺気を感じるっすよ!?

 殺される? 殺されるっすか? そうじゃないとしても、恐怖でもうオシッコ漏らしてしまいそうっすよ! そうなればしばらくは立ち直れないっすよ!?


「さあ、答えなさい。ハーフサキュバス」

「あわわわわ……」


 絶対服従か殺されるか? というか、ハーフサキュバスってなんすか? この人たちはいったい誰なんすか?

 グルグル、グルグルと頭のなかで思考が纏まらないまま、ウチは何も言えない。

 きっとこのメイドは何も言えないウチに苛立っているに違いない。

 だけど、何かを言おうとしてもガクガクと震えてうまく言葉が出ない。

 というか絶対服従か死かって何でそうなってるんすか!?


「オネット、殺気を抑えて」

「ご主人様。……かしこまりました」


 混乱と恐怖に満たされていたウチの耳に、まるでボイスチェンジャーで変声したような声が届いた。

 声を発したのは……薄汚いローブを着たナニカ。

 そのナニカはメイドを下がらせると、ゆっくりとした足取りでウチの前に近づいてきた。


 だけどこのとき、ウチは気づくべきだった。

 色んな意味でやばそうな無表情なメイドよりも、後ろで両腕を組んで待っている猫耳ロリっ子よりも、彼女を後ろに下がらせたそのナニカがこの中で一番やばい存在だったということに……。


 〇


「オネットがごめん。大丈夫だった?」

「は、ははい、だ……大丈夫、っす」

「よかった。だったらいくつか質問したいんだけど、いい?」

「だ、大丈夫……です」


 返事をすると、ナニカはいくつかウチに関する質問していいかと訊ねてきた。……ので、大人しく頷いた。

 ちなみにどういうわけか、ローブを被ったその奥の顔は見えないので男性なのか女性なのかもまったく分からないっす。

 もしかすると認識阻害の魔法でもかかってるんすかね?


「ありがとう。じゃあ、ひとつめの質問。あなたは新しく魔王を名乗っている魔族がこっちの世界に送り込んだスパイ?」

「え、新しい魔王さま……っすか? え、魔王さまって亡くなってるっすよね?」


 ママも、『魔王さまが亡くなったからはモンスターには厳しい世界になった』と言ってたから魔王さまが死んだということは知っているっす。

 だけど魔王さまは亡くなる変わりに……自分ごと勇者を倒したとも聞いているっすけど、新しく魔王さまを名乗っているげきつよ魔族が居るんすか? けど、そんな話あの世界にいたころにはまったく聞いていないっすよ!?

 驚くウチの表情を見て、聞きたかったことを理解したみたいでナニカは首を縦に少しだけ振ってから、前に伸ばしていた手の指を新たにもう一本立てる。


「……ふたつめの質問。この世界に来たのは何年前?」

「7――いえ、6年前っす」

「6年前、この世界にはどうやって来たの?」

「それは……変な宗教が行った儀式で偶然呼び出されたっす。あ、召喚してきた人たちは魅了に耐性なんて無かったからか、才能がないウチの魅了ですら効いててこの世界のことを色々と教えてもらってたんすけど……ある日突然、そいつらは魔王様のために飛行機をハイジャックして大量の命を捧げるとか言って拠点から出ていったっす」


 偶然にもウチが召喚されたのはロウソクの灯りでうす暗い石畳の部屋で、室内には乾燥した葉っぱが燻されているからか煙が立ち込めていて、床面には動物の血で描かれているのか黒ずんだ魔法陣、そして四方には黒づくめの格好をした自称魔法使いが4人立ってたっす。

 そんな彼らの口からは呪文のように聞こえるけどまったく意味のない単語が漏れて、気分を高めるためなのか分からないけど魔法陣の中では葉っぱの煙とおクスリで頭がラリッた状態の裸の男女たちがヤギの頭部やブタの頭部を被ってケダモノみたいに性交していたんすよ。

 あの光景は……サキュバスのウチでさえも本当に異常だったとしか言いようがないっすね。


 けど、まったく効果もないような魔法陣が偶然にも発動して、ウチって呼ばれたっすよね? ……ウチがダメダメなのか、それとも何らかの偶然が重なったのか分かんないっすね。

 でも召喚されて崇められたときは……ちょっといい気分がしたのは内緒っすよ。

 しかもあっちの世界じゃまったく効かない魅了が良い感じに効いたのも良かったすね。

 心からそう思っていると、ナニカはぼそりと呟いた。


「……ああ、あのときの原因ってこいつだったか」

「はい? いったいどうしたんすか?」

「気にしないで。……みっつめの質問だけど、新しい魔王を崇拝する魔族がこっちに現れたらあなたは協力する? それとも前の魔王に対して忠誠を尽くす?」

「それは……」


 三つ目の質問、つまりは新しい魔王さまに従うか、それとも古参の魔族や理性があるモンスターのように居なくなった魔王さまに従ったままか、っすね……。

 ……どうなんすかね? 正直、ナニカの言葉には悩んだっす。

 だって、新しい魔王さまがどんな人物か分からないし、かつて居た魔王さまがどんな人物なのか分からない。だからナニカの言葉にどう返事をすれば良いのか悩むっす。

 モンスターとしては考えないといけない内容なんだろうけど、聞いているとなんだか他人事のように聞こえてしまう自分が居るっす。

 だから……。


「わかんないっす」

「わからない?」

「だって、ウチはサキュバスの中じゃ落ちこぼれだったから、新しい魔王さまに協力するかと言われても何をするか分かんないし、じゃあ死んだ魔王さまに忠誠を尽くすかと言われても……うーんってなるっす」

「不敬ですね」

「オネット。黙る」

「かしこまりました」


 ナニカに尋ねられた返事をすると無表情なメイドから殺意が溢れてきたっす。何でっすか!? ウチなにか失礼なことでも言ったっすか!?

 だけどナニカが黙るように言うと殺意が引っこんだっす。……あれ、もしかして、無表情なメイドよりもこのナニカのほうがヤバイ?

 そんな考えが浮かびはじめるウチだったけど、深く考える前にナニカが声をかけてきた。


「いちおう、こっちが聞きたいことは聞いたけど、そっちも何か聞きたい?」

「なにか、っすか……。じゃあその、あんたらいったい……誰なんすか?」


 聞きたいこと。と言ったらまず初めにこれが浮かんだっす。

 だって、正体先で神聖な力を直に見てしまった結果、気絶して目を覚ましたら飾り気のない部屋で尋問すよ?

 目の前の相手が誰かぐらいは聞かせてほしいっす。


「……それもそうだった。じゃあ、こっちの二人を紹介する」

「あんたはしないんすね……」

「この中では、わたしはだから」


 無表情なメイドと黙っていた猫耳ロリを前に出すと、ナニカは一歩後ろに下がったっす。

 というか、部外者ってなんすか部外者って。ウチから見たらすっごいくらいに中心人物に見えるんすけど?

 しかもそんな対応してたら、余計に何者なのか気になってしまうっすね。

 そう思っていると無表情なメイドがカツッと床を靴底で鳴らした。


「こちらを向き、ベッドから降りて、跪きなさいサキュバス。貴女は魔王様の前に居るのですよ」

「え、ま、魔王……すか? いや、でも、魔王さまって死んだんすよね?」


 無表情なメイドの言葉にウチは戸惑う。

 だって、無表情なメイドが魔王と呼んでるのって……猫耳ロリ少女っすよ? モンスターの誰もが知っているあの魔王がこんな猫耳ロリなわけないっすよね? というかその猫耳とか小さい翼ってファッションすか?

 そんな風に思いながら猫耳ロリを見ていると、彼女は口を開いた。


「確かに我は死んだ。だが、共に死んだかつては忌まわしい存在であった勇者たちと同じように我もこの世界に転生したのだ。わかるか、サキュバスよ?」

「ま、またまたぁ。そんなわけないっすよね? というか、魔王さまだって証拠はどこに――」

「わたくしめは前魔王軍四天王のオネットですが、わたくしめたちのことが信じられないとでも言うのですか?」

「ひぃ!? そ、そんなわけないっす! けど……」


 魔王軍四天王は名前のごとくかなり偉い役職だというのは理解できるっす。

 というか、物凄くオーラがやばいから言ってることが本当かも知れないと感じてるんすけど……確証が得られないまま信じるのは危険だと思うっす。

 先輩だって雑誌のネタを仕入れるときにはちゃんと下調べを行うようにって言ってたから、簡単に信じちゃいけないっす!


「ふむ、それもそうだな……。世界から離れ、魔王ではなくなった今でも効果があるかどうか分からんが――『我に跪け』」

「――――っ!?」


 考える素振りを見せる猫耳ロリだったけど、腕を組むとひと言告げた。

 瞬間、ウチの体は猫耳ロリに対して膝をついていたっす。それも何の抵抗もなく、ただただ、目の前の存在に従うかのように膝をついてたっす。

 え、え、え???


「流石です、魔王様」

「一応は効果があるようだな。だけど、弱いモンスターとかに限る……というところか」

「な、なんすか、なんすかこれ?! あと何か弱いって言われてないっすか!? バカにしてるっすか!?」


 戸惑うウチは自分にいったい何が起きたのかまったく分からず混乱する。

 だけど、物凄く混乱するだけで……跪いた自身の体を立ち上がらせるという考えがまったく

 まるで初めから目の前の猫耳ロリの許可が出るまで立ち上がるという選択肢が頭の中に無いという状態はとても気味が悪くて、気持ちが悪くなってしまっていた。

 まるで自分じゃない誰かが、自分のことを操作しているかのような感覚。

 そう思っていると、フッと”立ち上がってもいいのだ。”といった考えが浮かび、慌てて立ち上がった。


「はぁ、はぁ……。な、なんすか!? なんなんすかこれ!?」

「驚いているようだが、我の命令通りに跪いたのは貴様のモンスターとしての本能が我のことを魔王と認めている証拠だろうな」

「う……。そ、そうっすね……。認めるっす。いや、ウチの体というか、サキュバスとしての本能があんたを魔王さまだって認めてるっす」

「そうか。一応は認められているか」


 戸惑うウチとは違い、猫耳ロリ魔王さまは偉そうに腕を組んでいるんすけど……ウチの言葉に調子を良くしているのか、チラリと見える尻尾が凄く揺れているのがわかったっす。

 猫耳ロリ魔王さまとそれに従う元四天王の無表情なメイド、そしてそれらを従えていると思う謎の存在。……ウチ本当に何でこうなったんすか?


「さて、自己紹介は終わりましたので改めて問います。絶対服従か、それとも死か。どちらを選びますか?」

「だ、だからどうしてそうな――――あらぁ、懐かしい気配がすると思って繋がりが貧相な端末に繋いだら面白いのが居るわぁ」


 え? なんすか、これ?

 ウチの口からウチじゃない誰かが喋ったと思った瞬間、ぐいと首根っこが引っ張られるようにして後ろから自分を見ているようになったっす。

 そう思っていると、ウチじゃないウチが今まで寝ていたベッドの縁に座ると足を組み、猫耳ロリ魔王さまとかを見て笑いだした。


「この気配……、久しぶりですねサキュバスクイーン、『性母』のイリス」

「ふふふ、壊れた人形だったのに綺麗になったじゃない、オネットさま。それと……可愛らしくなっちゃって、ま・お・う・さ・ま・♥」

「……久しいな、イリスよ。生きていたのか」

「ええ、サキュバスが絶滅しない限り、ウチは生き続けますよぉ♪」


 せ、『性母』のイリスっていうと代々サキュバスがクイーンに選ばれたときに受け継がれる名前じゃないっすか!?

 え、え、本当どういうことっすか!? なんで、イリス様がウチの口で喋ってるんすか!?

 もう何がなんだかわかんないっすよぉ!?

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