4-3.練習試合・真緒VSオネット(真緒視点)

 Side:真緒


 精霊神であったころ、我は精霊とともに居た。

 精霊が地を、空を、海を満たし、楽しそうに笑い、ときに人間と交流を行う精霊にやれやれと思いながらも成長する過程を楽しんでいた。

 精霊たちは同胞であり、子供たちであり、護るべき対象だった。


 けれどその想いは踏み躙られ、色々あり我は違う存在となり、世界を蹂躙する道を辿ることとなった。

 世界を蹂躙し、穢す者どもの仮初の頂点として君臨し、精霊たちが笑い慈しんだ地を、空を、海を壊した。

 けれどそんな我は倒され、新たな世界で新たな肉体を得た。

 そして色々あり、人の身に転生してしまった我であったが、只人と違う……この世界でいうところのモンスターと呼ぶべき見た目へとなってしまっていた。


 用意されたバトルフィールド。その周辺を囲む観客席には我を倒した者たちの転生した者たち、我の主人となった者の姿。

 毒霧の包まれたフィールド内、向かい合うは我が娘であり従者であるオネット。

 対する我は自身の火と火精霊によって形創られた炎の鎧とも呼ぶべきものに身を包んでいた。

 ほぼ無我夢中で周囲の火精霊に声をかけて力になってもらったが、こうなったことに若干驚きはしている。

 けれど身に着けた炎によってオネットから放出された毒は無毒化され、呼吸することが可能となった。


(精霊たちとの戦いかたにこのようなものがあったとはな……。無意識だったが、利用できる。本当ならこの力をしっかりと試したいところだが……オネット、お前を元に戻すのが先だ! だから……)

「オネット! 我の力を見せつけ、貴様を正気に戻してやるから覚悟しろ!!」


 初めての感覚、うまく扱うことが出来るかは分からない。

 けれど、これでなんとか出来る。そう思いながら我は叫ぶと炎の鎧の隙間から吹き上がるようにして炎が周囲に噴き出した。

 瞬間、周囲を満たしていた毒霧は燃え、空白が生まれる。


「なるほど、これは使える……が、魔力の消費が激しいみたいだな。だったら、短期決戦とさせてもらう!!」


 炎の鎧の維持に魔力を消費することを理解した瞬間、我は一気に踏み出す。

 すると精霊が力を貸してくれているからか炎は我の周囲に渦巻き、ホバークラフトのように少し地面から浮くようにしてオネットへと近づいて、さらには通った道に滞留した毒を無毒化させていく。

 そんな我に気づいたのかオネットは口をパカリと開けながら咆える。


『アァァァァァァァAAAAァァァああぁぁぁaaaaa!!!』

「そのように吼えるなオネット! 貴様は冷静沈着が取り柄だろう! 我は今の貴様を認めはせん!!」


 理性が無い、本能だけしか感じられない黒紫色の瞳。

 そんな彼女へと叫びながら、オネットへと拳を放つ。

 放たれた拳は先端から炎を燃やしつつ、顔面を捉えようとする。――しかし、顔面に命中するよりも先に体が動き、顔面に当たることはなかった。


「く――っ! だが、まだ――ぐあっ!?」

『GUあぁアァアAa……。Fusyuるルる……』


 すぐに対処しようとしたがそれよりも先に我の顔へとオネットの手が押し付けられ、力強く地面へと叩きつけられた。

 直後、激しい痛みが背中を襲い、視界が揺れ、溜まっていた酸素が肺から吐き出される感覚が走り抜ける。そして、痛みに堪えながら正面を見据えると紫煙を口から吐き出すオネットの姿が瞳に入る。

 理性などない、本能で生きるモンスターとしか言いようがない瞳。それは貴様がするべき瞳ではないだろう?

 我は、そんな瞳を見たいわけではない。


「そう、だ……! きさま、はっ! その目を、するべきでは――ないっ!!」

『GぅGAAaaaaa! ガ、ぁっ!! グウウウウウッ!!』


 オネットは我の頭を潰さんと地面に押し付けているため動かない。

 そんなオネットへと半身を曲げて腕を伸ばし、顔へと近づける。

 それに気づいたようだが、頭を掴んでみ動きが出来ない我のことを、取るに足らないと判断したのか動きはない。だが、それは貴様にとっては命取りだ。

 伸ばした腕がオネットの顔に当たり、ゆっくりと確実に力を込めていく。すると魔石を押し込むように魔石ごと指先がオネットの眼窩へと沈みはじめるのが感じられた。――そこでようやく相手は我を脅威を感じたらしい。


『GAAAAAa……あああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァaaaaaa…………!!』

「オネット……いや、ヘルポイズンドラゴンよ! 貴様は我を舐めすぎていた! 返してもらうぞ――オネットを!!」


 顔を押し潰すオネットの腕の力が本気になったのを感じ、ミシミシと頭部の外装から危険な音が聞こえるようになる。

 だが、それよりも先に我はオネットの眼窩に押し込ませた指で魔石を掴む。

 瞬間――ヘルポイズンドラゴンの魔石から溢れるようにして毒が皮膚へと入り込み、激痛が走る。だが、知ったことか!

 そのまま掴んだ魔石を握った腕を引き、肉体に定着し始めていたのかブチブチと何かが千切れるような感触と毒の痛みが体を蝕むのを感じながら、ヘルポイズンドラゴンの魔石を目から抜き出すとマスターから投げ渡された≪封印≫の魔法が込められた布札を叩きつけた。


『ガアアアッ! ぐぁぁぁぁ! GUuuu……ぐ……ゥ』


 魔石に叩きつけられた布札はカツンとぶつかった瞬間に魔石の周囲を囲むようにグルグルと周り、一枚一枚まるで張り手をするかの如くバシンバシンと力強く叩きつけるようにして魔石へと張り付いていく。

 すると……魔石が≪封印≫され始めているのか、少しずつオネットが纏っていたドラゴンの気配とも呼べるものと毒霧が薄くなっていくのがわかった。

 最終的に展開された布札全部が魔石全体を丸めるようにして覆いつくすと、オネットの動きは完全に止まった。

 そして、オネットは壊れた人形のように我に覆い被さっていた状態からふらりと横へと倒れた。


「――オ、オネット! おい、オネットッ! しっかりせよ!!」

「ぅ、あ……ま、お……?」


 ガシャンと寒々しい音を立てて倒れたオネットを焦りながら抱き起し、揺する。

 するとはじめは反応が無かったオネットであったが、ゆっくりと意識が戻ってきたようでどこか朦朧とした様子で我を見てきた。

 そんな彼女の様子に精霊としての力がだいぶ消耗していることが分かった。


「よかった……。今は返事はせずともよい、疲れているのだから休むがよい」

「わかり、ました……。…………ぇさま」


 支障は無いと判断し、オネットに休むように言うと限界だったようで我に子供のように頷くと再び意識を失った。

 ……だが、これは我とオネット、どっちが勝ったと見れば良いのだ?


「状況的にはオネットが有利で、真緒の負けでしたね。ですが有利だったからか調子に乗ってしまったために力の制御を誤ったので勝ちとも言えません。ですので両者が望む場合はもう一度バトルをすることにしますか?」

「マスター」


 いつの間にかバトルフィールドに降り立ったのかマスターが側に立っており、我に説明する。……再戦か。

 ついさっきまでは厳しかったが、この精霊を纏う戦いかたは使える。

 今回は火精霊に頼んだが、今のところはもうひとつ精霊に頼めるような気がする……がかなり魔力を消費するのが問題だな。


「とりあえずはオネットの体が戻ってから考えることにする……が、大丈夫なのかコレは?」

「そうですね。今回のことでヘルポイズンドラゴンの魔石の封印は強くしないといけませんから、オネットの装備などの見直しも必要です。それに……真緒もかなり危険な状態ですから」

「は? …………ぁ」


 マスターの言葉にどういう意味かと思った瞬間、ポタリと眠るオネットのメイド服に赤い雫が垂れた。

 いったい何かと思っていると思い出したかのように頭から汗が垂れていることに気づき、鬱陶しいと思いながら顔を腕で拭うと……真っ赤だった。

 ……あ、これ、汗じゃなくて、我のだ。


 それに気づいた直後、我の意識は完全に落ちてしまった。

 意識が落ちる寸前、マスターが何かを言っていた気がしたが……聞き取れる余裕などなかった。

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