4-2.練習試合・真緒VSオネット

「――≪毒風ポイゾナスウインド≫」

「くっ! 【ドラゴンブレス】!!」


 オネットが新しい力を解放して5分ほど時間が経った。

 その間に戦いの状況は変化していた。

 接近しようとする真緒に対し、距離を取った状態でのオネットの毒を纏った攻撃が放たれて口から吐き出した炎によって毒を燃やしていた。

 だがオネットの放つ毒は風に混ぜた毒風であったり、純粋な毒を弾としてはなったり、地面に大量の毒をぶちまけて行動の制限を行ったりしていた。


「ゲホッ、ゲホッ! くそっ、毒が厄介だなぁ!!」

「ありがたいお言葉です。ですが早くしないと毒が体を蝕んでしまいますよ、まお」


 燃やした結果、気体となってバトルフィールドの中を毒が充満する。

 それに耐え切れずに真緒は苦しそうに咽るが、ドラゴンの持つ毒への耐性によって瀕死になることはないようだった。

 だがオネットが言ったように……真緒が毒で倒れるのも時間の問題でしかないだろう。

 そんなワンサイドゲームの戦いを見ながらギャラリーの理事長がイミティに尋ねる。


「イミティさん……オネットさんに使用した毒竜の魔石なんて、どこで手に入れたのですか? 提供した素材にはありませんでしたが……。いえ、優木さんたちに作られた装備でもそのドラゴンの革を使用していましたから、何のドラゴンなのかは分かっているつもりです」

「はい、数年前の夏に川のほうに現れたヘルポイズンドラゴンの魔石です」

「ヘルド――ッ!? え、あ、ちょ……ま、待ってください。え、えぇ……??」


 イミティが倒した毒竜、理事長は良くて上級クラスの物だろうと思っていた。

 けれど返ってきた彼女の言葉はその予想を遥かに超えていた物だった。

 ヘルポイズンドラゴン、それは毒を有するドラゴン種の中でも最上位に位置する存在。

 それの体液が一滴でも水場に落ちようものなら、その水源は一瞬で毒を有してしまい毒に耐性が無い者には飲めるものではなくなってしまう。いやそれすらも生温く、毒に耐性があるモンスターでさえも三日三晩悶え苦しみ抜いた末に死んでしまう。

 しかも、それだけではなく水を汚染した毒は、その水源を有する土地の生命までも毒で殺してしまい……瞬く間に不毛の大地と変えてしまうのだ。

 だから、ヘルポイズンドラゴンが生息する土地は足を踏み入れるどころか周囲の空気を吸うだけでも危険な毒沼となっており、誰も近づく者は居ないと言われているほどのモンスターだった。


「そ、それが不破治に来ていたというのですか?」

「はい。ですが安心してください、ヘルポイズンドラゴンは倒しましたし、汚染された水も海に流れる前にさせました。土地のほうも……まあ、何とかしましたので大丈夫です」

「わ、わかりました……。詳しくは聞きません。……というか、こんな身近で世界の危機が起きていただなんて……」


 小さく唸るように理事長は呟く。しかし、彼女は自身が知らぬ間に世界の危機が起きていたという事実に心底震えてしまっていた。

 もしもヘルポイズンドラゴンの表皮から分泌される毒や、口の中で生成される神経毒が川に流れてしまい、それが海に行こうものなら……日本周辺に生息する魚は全滅しただろうし、海上で浮いた魚を啄んだ鳥も呑みこんだ瞬間に死んだだろう。

 そして様々な毒を含んだ海水は空へと上がって毒雲になり、毒の雨となって地上に降り注いだら、人は悶え苦しみながら死に、建築物はドロドロに溶解し、緑生い茂る大地は腐り、果実が実る木々は枯れ果ててしまい……世界は瞬く間に死んでいたに違いない。

 起こるはずだった危機を、目の前の少女はあっさりと、しかも誰にも知られずに喰い止めたということに心の中で感謝する。

 そんなギャラリーの一幕など気づいていないといったように、バトルフィールドでは毒が充満した中で苦しそうに真緒は咽ていた。


(クソッ! 忌々しい毒だ……! しかもオネットの風と合わさって厄介すぎる!!)


 毒が充満していない場所に逃げようとした真緒であるが、それを見越していたようでオネットはその空白地帯に向けて周囲に充満している毒よりも濃度がある毒を送り込む。

 それに気づき真緒は即座にドラゴンの翼を前方に向けて力強く風を送る。

 瞬間、送り込まれた風の勢いにより、毒は周囲に広がってしまったが真緒の小柄な体はその風圧によって後ろへと下がった。


「く――っ! ゲホゲホッ!!」


 ズササッと地面をブーツが擦り、体勢を立て直そうと小さく息を整えたが毒に咽かえり集中が出来ない。

 そんな真緒と打って変わってオネットは毒霧の中をゆっくりと歩き、近づいてくる。


「まお、そろそろ降参してはいかがですか? わたくしめは心が広いですから、降参したあなたはしばらく抱き枕にするぐらいにして、それ以降はわたくしめが完全に姉の立場を貰うだけですから」

「ぐぬぬ……、だ、誰が降参などするものか! というか、妹にする気満々だろう!! そんなのは死んでもごめんだ!!」

「そうですか? ですが、わたくしめの思考ではまおはわたくしめを「おねえちゃん」と言ってにゃんにゃん甘えるようになることが確定しています。さあ、はやくにゃんにゃん甘えてください、まお♥」


 オネットの言葉に真緒は反発する……が、彼女は毒霧の中に浮かぶオネットの表情を見てしまった。

 異常。その一言で完結してしまいそうな表情であった。


(ちょっと待てぇ!? オネット、お前はクールで毒舌が強い性格ではなかったか? それが何というか、この世界風に言うとヤンデルというかヤンドルといった状態だろ!? ――はっ! まさか、ドラゴン特有の強欲が変な具合に作用しているとでもいうのか!?)


 ギラギラとした瞳に、薄っすらと弧を描くような笑み。そこから感じられるのは嗜虐性。

 このまま降参してしまった場合は無様に毒に犯されながら、服従させられてしまう。そんな可能性を真緒は抱く。


(どうする。どうするどうする。このまま負ける? いや、我が無様に負けを認めるなどあり得ない。少なくとも我の心は折れていない!)

「ふふふ、負けん気が強いですよね。まお。けど、それが良い。イタブリガイガ、アリマスカラネ……」


 ジリジリと後退し始めていく真緒の態度を見ながら、オネットは嗤う。だが、先ほどからゆっくりと理性は徐々に失せ始めていくのに彼女は気づいていない。

 たかが10年の年月ではドラゴン……それも上位のドラゴンの力を自身のものに出来るはずがないのだ。けれどそれに気づかないまま、彼女はドラゴンの本能に侵食されていく。

 それを表すかのようにイミティのオッドアイだった瞳は一色に侵食され、パキパキと口が割れ始めた。


「オネット……?」

「フフフ、マオ。マオ、ワタクシメガ、アナタヲカイゴロシテアゲマス。ダカラ、ワタクシメニ、フクジュウヲシテクダサイ」

「……これは、まずいですね」


 それに気づいたのかイミティはどこからともなく布製の札を数組取り出し、真緒へと投げつける。

 投げつけられた布札は結界を通り、真緒の足元へと落ちてそれに気づいた彼女はイミティへと視線を向けた。


「真緒、これを使ってください」

「これは……?」

「≪封印≫の魔法が込められた札です。今のオネットはちょっとドラゴンの力の制御に失敗していますから、これでドラゴンの魔石である瞳を覆って理性を取り戻させてあげてください」

「なっ!? な、なら、マスターがやれば良いではないか……!」


 イミティの言葉に真緒は驚き、そして自身が無いとでもいうように……だけど虚勢を張るように声を張り上げる。

 そんな彼女へとイミティは小さく溜息を吐く……。


「……良いのですか? オネットに舐められた上に、暴走してしまった彼女を助けるためにわたしの手を借りてしまうのですか? 真緒のプライドはそれだけのものですか? あなたにとって、ということですね?」

「……っ! ……っっ!!」


 イミティの淡々と、けれども失望したといった感情が含まれた言葉に真緒はピクリと反応するとともに自然と拳を握りしめていた。

 同時に、勝てるビジョンがまったく見えていなかったために弱くなりかけていた心の中に再び火が点き、段々と火力を上げ始める。


 ――お前にとって、オネットはそれだけの存在なのか?

(違う、オネットは我が創った我のための従僕だ。……いや、我が子だ)


 ――お前はこのままで良いのか。負けたままで良いのか?

(ふざけるな。我は、我は負けていない……いや、負けるつもりなど、ない!)


 ――ならどうする?

(どうするかなど、決まっている)

「そうだ。我が貴様を正気に戻してやる! 覚悟しろ、オネットよッッ!!」


 轟、と真緒がオネットに向けて宣言した瞬間、彼女の体から火が上がり――全身を包みこんだ。だがまだ足りない。彼女はそれを理解し、叫ぶ。


「周囲で見物しておる火精霊よ! 我に力を貸せ!!」

『シカタナイナァ』

『こんかいはただだけど、つぎはおかしちょうだい!』

『カミサマノタノミダカラー』

『それじゃあ、いくよぉ』


 バトルフィールドの周囲にいた下位精霊。それも今の状態の真緒の親和性が高い火精霊を呼び寄せると、彼女は自身を包む火に向かわせた。

 直後、火力はさらに増して火は炎と変化した。


「お、オ、ぅ、おぉオォォおおおおおおおおおっ!!」


 炎に包まれた真緒が叫ぶ、竜の咆哮であり、魂の叫び声であり、家族を助けるという意志の表れを示すように叫ぶ。

 すると炎は方向性を示す。ゆっくりと広がるようにして彼女の体に広がっていき……一種のボディスーツとでもいうように深紅の外装が彼女の体を覆っていく。

 彼女を包む炎は物理現象であり、彼女のために精霊が集まった力であり、超常の力。


「……例えるなら、精霊外装エレメンタルアーマーといったところでしょうか」

「精霊の集合体が彼女を守る防具であり、武器となったのですか?」

「武器は使い方次第でしょうけど、これで毒の影響は無くなると思いますよ」

「なるほど、彼女が纏っている炎の外装で毒が届く前に無毒化しているわけですね」


 イミティの呟きに理事長が訊ねると、彼女は頷く。

 そして最終的に真緒の体に密着して覆うように、赤い竜を模ったような鎧が装着された。

 見た目はさながら変身ヒーローのようであり、少年心をくすぐるようであった。


「オネット! 我の力を見せつけ、貴様を正気に戻してやるから覚悟しろ!!」


 周囲に響き渡るように彼女は叫び、暴走するオネットへと指をさす。

 直後、ブォォォと彼女の鎧の背部の穴から炎が吹き上がった。


 第二ラウンド。はたまた、最終ラウンドの開始である。

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