11-3.騒乱

 * 路地裏 *


 現破治駅前を中心に境界が割れ、モンスターが世界を超えて現れる中……路地裏でも人ひとり分ほど通れそうな大きさの境界が割れ、何者かが出てきた。

 境界が割れた辺りにはこれを引き起こした少女が倒れており、その何者かはカツカツと靴音を鳴らしながら倒れる少女へと近づいた。

 その人物はひと目見たならばモデルのようなイケメンと思わせるような顔立ちであるが、それはだけだった。

 180センチの身長に細身の筋肉質を思わせるような体型であるが、その皮膚は血が通っていないとでもいうほどに真っ白で、人であれば白である結膜は黒く……瞳はアルビノなどよりも血のように紅い。

 そして最大の特徴として、そのイケメンの側頭部には羊を彷彿させる黒い巻角が生えていた。

 ちなみにそのイケメンの髪は黒よりの灰な髪色で、知的を思わせるような腰上までのストレートヘアーある。

 そんなイケメンは倒れる少女へとゆっくりと近づくと、ジッと見始めた。


「……ふむ、こちらの世界から干渉があったから念のためにジブンが出向いたが、これが境界をたたき割った者か。どれ……」


 呟きながらイケメンは少女の胸元へと手を伸ばすと、ズズッと手は少女の中へと沈んでいった。

 瞬間、少女の体がビクッと震えたが……意識が朦朧としているのか反応が無い。

 ただしあったとしても、イケメンは己の探求心を満たすために構わず少女の体の中をまさぐるのだが。


「――ふっ、ぐ……が、あ……」

「ふむ、体の中は普通の人間と同じようだ。なら心臓か? ふむ、ジブンたちと同じ魔族の性質を取り込もうとしているようだが、肉体は耐えきれずに崩壊寸前か。なら魂か?」

「――――――っっ!!?」


 グチャグチュと肉を弄る音が聞こえ、痛みからか無意識に少女の口から声が漏れる。

 だがイケメンには関係ないようで、一度血まみれの手を抜くと今度は心臓あたりから手を入れる。しかし、その手は少女の体内に入っているのではなく……少女の魂をまさぐっていた。

 魂に触れられる痛みというものは想像できないほどの痛みのようで、声にならない叫びが少女の口から洩れる。それと同時にイケメンは魂の性質を理解していったのか段々と笑みを深くしていく。


「ああそうか、この魂。ジブンたちの前任の……それならばあのガラクタが廃棄場から脱走を行ったのも頷ける。そしてこれは勇者に対して耐えがたい怒りを感じてるだろう。それならば元々慣れ親しんでいた魔族の性質を自らの体内に取り込もうとするのも当たり前か」


 少女の正体。それが何であるかを理解し、イケメンは呟きながら手を虚空に突っ込む。

 そして1分もしない内に目的の物を見つけたようで手を抜き出す。

 抜きだされた手にはドクドクと脈打つ心臓……のような物があった。

 見た目は人間の心臓に近い形状をしているのだが何処か違和感が感じられるようなモノであり、最大の違いとして……心臓の中心には禍々しく黒く大きな石が埋め込まれていた。


「境界にダメージを与えてくれた礼だ。どうぞお受け取りくださいませ、勇者ごときに倒された先代魔王様」

「が――――かはっ!? あ…………ぅ、あああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?!?!??!?」


 イケメンは恭しくも馬鹿にするような態度で少女の胸元へと手を突っ込むと、徐々に弱くなっていく心臓を抜き出し……潰した。

 その痛みに少女の口から声が漏れたが、フッと少女の瞳から光が失われて死んだのが理解できた……。

 だが、失われた心臓の代わりにイケメンが持っていた心臓が体の中に入れられた瞬間、その心臓は宿主を蘇らせ、さらに魔族の体へと適応させるために体の改造を行いはじめた。

 死とともに動きを止めようとしていた各種臓器が無理矢理動かされ、人であることを捨てさせるように動きだす。

 赤かった血が植え付けられた心臓を急激に通り抜け、黒い血へと変質していく。


 血が血管を流れる度、臓器が触手に貫かれ変質をする度に、死んでいたはずの少女の口から悲鳴が漏れ、覚醒を促す。

 それを見ながらイケメンは過程を持っていた紙のような物に書き込んでいく。


「ふむ、人間の体にこれを使えば急激な変質が起きるか……。興味深い。そして全身の変質が起きたら…………こうなるか」

「う、あ……あ、あ、ア、ア、ア、ァ、ア、アァ、ア、ア、アアアアアアアアアアアッ!! あああアアァァァァAAAAAaaaaaa~~~~!!』


 ビキビキと少女の体は膨張し、背骨が飛び出たが再び戻り、肋骨がゴキゴキと音を立てながら動き、髪が伸びては頭皮とともにずるりと抜け落ち、顎が外れて大きく口が広がると……そのまま腐り果ててボトリと地面に落ち、ゴキゴキと骨が変化する音が響き、筋肉が膨張しパンと弾け、弾けた筋肉が修復するもまたも弾けていく、腕が割れ、足も途中から皮膚を突き破り数を増やそうとするがブチュリとつぶれてしまう……。

 それらの過程で流れ出る血が地面にこぼれていき、周囲はますます血の臭いで満たされ……吐き気を催してしまうような光景となっていた。

 体が変わっていくと同時に、痛みなのか歓喜なのか……よく分からない悲鳴のような声が少女の口から洩れていた。だがしばらくすると、そこには少女の姿はなく……不定形の黒ずんだ肉塊があるだけだった。


「失敗か? いや、これが繭のようなものと思えばいいか? もう少し間近で見て――」


 そんな肉塊の様子を間近で見ようとイケメンは近づいていく……が、立っていた場所から離れた。

 瞬間、イケメンが立っていた場所へと空から火球が落ちてきた。


「……外した」

「誰だ?」

「なら、≪雷撃ライトニング≫」


 チラリとイケメンが首を動かし振り返ると、近くのビルの非常階段の3階あたりに誰かが立っているのが見えた。

 一方、火球を放った人物はイケメンに向けて次は雷を放つ。

 それに対してイケメンはそばに落ちていた石を投げる。すると、イケメンに向かっていた雷は石に当たってバヂッと音を立てて霧散した。


「問答無用、といったところか?」

「当りまえ。敵である魔族に話し合いなんて、ムリだってわかってるから魔族を見たらもんどうむようで殺す」

「ハハハ、殺すときたか。……面白い。その魔術師然とした装備を見たところ、お前は勇者の仲間であった賢者の転生体か?」

「さあ? そう思うなら勝手にそう思えばいい、もちろんわたしが誰かなんて≪鑑定≫もさせるつもりはないから――≪氷矢アイスアロー≫」


 イケメンへとまともな返事を返さず、賢者だと思われる者は今度は鋭く尖った氷柱をいくつか撃ち出す。

 だがイケメンは自身へと撃ち出される氷柱をゆらゆらと避けつつ、その足でゆっくりと賢者へと近づく。それを見ながら賢者の口からちいさく舌打ちが聞こえたような気がした。


「放つ魔法は無詠唱かつ魔力制御が高いから連続的に発動できるか。さすがは賢者といったところか。ならば今度はこちらから行かせてもらおうか、さあ耐えてみろ――≪暗黒弾ダークネスバレット≫」

「っ――≪魔力障壁マジックバリア≫」


 イケメンが手を振るうと彼の周りにバレーボール程の大きさの黒い球が無数に現れ、賢者に向けて一斉に打ち出される。

 それに対して賢者は握った杖を振るうと、自身の周囲に透明な障壁を展開した。

 直後、ドガガガガガガガガッと重機による掘削音のように激しい音が周囲に響き渡る。


(ほう、ジブンの撃ち出した≪暗黒弾≫は並の魔法使いが展開する≪魔力障壁≫など簡単に貫通する。だというのに≪魔力障壁≫を面積を小さくして強固にし、何枚も展開して防ぐか。さらに障壁が割れた瞬間にその場所を塞ぐように新たに展開している……。面白い、これが賢者か)

(……とっさに≪魔力障壁≫を使ったけど、この魔族……素手や武器を持って戦うようなのうきんじゃなくて、わたしと同じように魔法が得意みたい。……やりづらい。どうにかしないと)


 イケメンは目の前の賢者の技術に内心で感嘆しており、賢者は人生で2度目の魔族戦……それも自身にとって戦い難いタイプであるために苦戦すると理解し内心毒づいていた。

 しばらくはドガガガガガガガガッという≪暗黒弾≫が≪魔力障壁≫とぶつかり合う音が響いていたが、その攻撃は魔力障壁に暗黒弾が1000回ほど命中したころにようやく止んだ。

 無数の≪暗黒弾≫は賢者が立っていたビルの非常階段の周辺を完全に削りとり、砕けて粉みじんとなった壁が土煙となって立ち込めていたが1分もしない内に内側からの風で土煙が消え、賢者は……宙に浮いていた。


「これだけ撃ったなら、たとえ実力者であれ死を待つのみ、あるいは原型をほとんど残さないように死んでるというのに無傷とは……面白い。賢者、ジブンはキミに興味が湧いてきた」

「こっちにはない。≪ウインド――「まあ待て」――」


 問答無用で魔法を放とうとする賢者であったが、イケメンは手を前に出して制止させる。

 それに対し、賢者は放った魔法を避けられるということを理解してるからか、イケメンに杖を向けたまま黙った。


「本来であればキミに興味が湧いたから実験施設へと連れ帰って、ジブンの欲望のままに色んな実験を行いたい。しかしもう時間のようだから失礼させてもらうことにする」

「逃がさないと言ってい――「勘違いしてもらっては困る」――っっ!!」


 イケメンの言葉に賢者は動きを停止させる。

 ……いや、動きを止めた本当の理由は、イケメンから放出された賢者よりもはるかに高い魔力によるものだった。その魔力量を見た瞬間、賢者は動けなくなっていた。


「キミはジブンをと言っているが、ジブンはキミのことをと言っているんだ。現にジブンの魔力に中てられて呼吸も出来ないだろうし、いま空中に浮いていることさえも辛いだろう? 手は出さない、降りたらどうだ? そのまま落下して死にたくはないだろう?」

「………………っ」


 イケメンの言葉に従うことは癪だと思っているであろう賢者は、ふらふらと顔を青くさせながら浮遊魔法を操作し、今にも崩れそうなビルの瓦礫のうえにおりる。

 その様子を見ながらイケメンは一瞬だけ残念そうな顔を浮かべたが、すぐに賢者へと興味を失くしたように……後ろの少女のなれのはてを見た。


「はあ……。キミに興味が湧いて持ち帰りたいと思ったが、ジブンが本気を出した途端に魔力の濃度に中てられて動けなくなるか。期待した分、落胆も大きい……こんな弱者にはこの弱者の相手がお似合いか」

「なん……そ、れ……」

「これが何か気になるか? ならば教えてあげよう。これはキミたち勇者と仲間たちが倒した魔王の転生体だったものだ。人に転生したというのに無謀にも魔族の力を取り込もうとし死にかけていたが、面白いものを見せてもらった礼としてジブンが創った魔族の心臓と同じ性質のものを入れたのだよ」


 イケメンは自分の研究を発表をするのが嬉しいようで、賢者に向けて悦に浸るように言う。

 そう話すイケメンの背後で少女のなれのはてはゆっくりとイケメンが放出した魔力を取り込み始めていた。無論イケメンは気づいているようだった。


「そして失敗かと思われたのだが、ジブンの放出した魔力を取り込んでるところからしてやはり繭のようなものだったか。だからこれにこれを落とす」

「ませき……」

「そう、魔石だ。それも高純度の……そうしたらどうなるか、面白いだろう?」

「そんなこと……、させない……」


 きっと魔石が少女のなれのはてに取り込まれた瞬間、それは魔王として再誕するだろう。

 そうなるとモンスターの対処に追われている勇者たちは困難に陥るに違いない。いや、陥る。

 それを理解しているようで、賢者は杖を支えに立ちあがろうとする。

 だがイケメンは、そんな賢者の勇気ある行動など気にしない。


「キミがさせないと言っても、ジブンの魔力に中てられて膝をつくぐらいだ。つまりは止めることは出来ないだろう? それとも魔法に対する知識が深い賢者らしく、濃密な魔力に中てられて死ぬか? こんな風に――」

「――――――っっ!? ≪――≫! ≪――≫!! ――かふっ、けふ……っ!」

「ほう? 一矢報いるとでもいうようにこの状況下でもあえて魔法を使うか。だがもう限界だろう?」


 魔力濃度がますます濃くなり、賢者は耐えきれず膝をつく。濃い魔力は毒となり、この魔力濃度に耐え切れない賢者の体を蝕む。

 しかし、それでも賢者は何か魔法を唱えたが……それは完全に発動などしなかったようで、不安定な光が放たれたと同時に賢者の口からは血がこぼれ、瓦礫のうえに倒れた。

 そんな賢者に敬意を表した……ということはないのだが、自身に当たる魔法は害がないと思っているようでイケメンは避けることなくあえて受ける。

 そして血を吐いて膝をついた賢者が見ている中で、魔石をなれのはてに落とした。

 直後、なれのはてはかつて異世界でほとんどの魔族を、ほぼすべてのモンスターを率いて人間を苦しめていた魔王としての姿を取り戻した。


『A、アァ、あああああぁぁぁぁぁあぁ、嗚呼嗚呼阿ああああああっ! 勇者、殺す! ゆうしゃ――ごろずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!』

「ふむ、理性がなくなったか。たとえ前世が魔王だったとしても、人の身に魔族の力はあり余るか。まあいい、狂った元魔王がこの地を破壊していけばジブンたちが動かなくてもいいか」


 ゾンビのように肉体を崩しながら叫ぶ魔王とも呼べないような醜悪な見た目をしたものを見ながらイケメンは呟き、倒れた賢者を見る。

 しかし、すぐに興味を失ったようにそれに目を向け、それに対して言う。


「魔王よ。勇者に怨みがあるなら行け。今頃あのガラクタが勇者と戦っているはずだ。そこに行って、お前の姿を見せてやるがいい」

『ウヴァアアアアアアアァァァァァァ! ゆう、じゃ……ゆうじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!』


 イケメンの言葉に反応し、それは叫びながらベチャベチャとぬかるんだ足音を立てながら走っていく。

 その道の先からオークやゴブリン、果てはドラゴンの雄叫びさえ聞こえ……座れていく音が聞こえる。どうやらモンスターを吸収しているようだった。

 そうすることで足りない肉体を補充しているのだろうとイケメンは考えながらメモを取り、次に同じものを創る際の参考とすることにした。


「とはいっても創る必要性があるかなど分からないが……いや、ジブンなら創るか。ふむ、なら善は急げというし、戻って創ろうか」


 言いながらイケメンはメモをアイテムボックスに入れると、世界の境界に触れて手を下ろす。すると境界は彼が通れるほどの大きさに砕けた。

 そしてイケメンは賢者などどうでも良いとでもいうように、スタスタと境界の中へと入っていった。

 あとに残されたのはグチャグチャの肉の残骸と血だまり、それと瓦礫の中に倒れるローブを纏った人物だけだった……。

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