9-2.現破治にて(別視点)

 ◆ 瑠奈視点 ◆


 うーん、ナンパされてテンパってたからか入るビルの選択ミスったかも。

 シミィンちゃんに引っ張られて入った複合施設のビル内を回った感想は正直それだった。

 だってさー、きっと若者が欲しがるタイプのファッションって駅ビルのほうだったよね? こっちはなんていうか年配向けのファッションを多く取り扱っていた。

 実際に見ないとちょっとわかんないもんだよね。


「なんつーかさ、地味じゃね?」

「それね~。うちも思ってた~」

「ちょ!? それは言ったらダメじゃん!!」


 ふたりが飽きたと言うように呟いた瞬間、思わずツッコミを入れていた。

 というか、ここまで微妙だったらシミィンちゃんも退屈しているんじゃない?

 そんな不安をいだきながらシミィンちゃんを見ると……周囲の店に飾られたマネキンを見ていた。

 飾られている服は基本的には大人の女性が着る大人しめの服ばかり。

 この階が婦人服系ばかりだからだろうけど、別の階に若者向けのファッションがあるのかな?


「シミィンちゃん、何か欲しいものでもあったの?」

「……ん、ママに似合いそうって思ってた」

「マ、ママ?」


 ママって言葉にアタシは戸惑うけど、シミィンちゃんって両親をパパとママって呼ぶ系なんだなー。

 シミィンちゃんのママかー……、きっとシミィンちゃんみたいにちっちゃくって可愛い感じの人なんだろうなー。

 シミィンちゃんを見ながら、見たことのないシミィンちゃんのママの姿を想像しているとある店の前でシミィンちゃんが立ち止まった。

 どうしたんだろうとそっちを見ると、シミィンちゃんは店先のマネキンに着せられている服を見ていた。

 マネキンに着せられていた衣装は夏のコーディネートでトップスはノースリーブの白よりの空色のシャツとその上に羽織るように青色のリネンシャツ、ボトムスはネイビーのロングスカート、足元にはベージュのグラディエーターサンダルだった。

 そして頭の上にはカンカン帽子が被せられていて、爽やかな印象が感じがする。

 ……でもこれってシミィンちゃんみたいな背が低い子にはちょっと合わないと思うなー。こう、イメージ的にはスラッとしたモデルみたいな人が着たら似合いそう。

 だから想像の中のシミィンちゃんママもブカブカなイメージがするんだよね。


「シミィンちゃん買おうと思ってる? お金ある?」

「シミィンちゃんが着るの~? 可愛いと思うけど~……う~ん」

「わたしが着るんじゃないけど……セットで5万ごぜんえん。高い」

「あー、結構有名なブランドのフルコーディネートみたいだから高いよね」


 フルコーディネートの値段が付いた値札を見てシミィンちゃんは顔をしかめて、横からアタシも見たけど親からのお小遣いで成り立つ学生には結構なお値段だと思った。

 シミィンちゃんも同じみたいでポシェットからシンプルなデザインの財布を取りだして中を見ているけど、ぜんぜんあるようには見えない。

 というかシミィンちゃんって、その服を自分が着たいから欲しいってわけじゃなくてお母さんに買おうって思ってるんだよね? やっぱりこの子って表情を変えないけど、やさしい子だなー。

 出来ることなら手を貸したいって思うけど、アタシも貸せるほどお金が無いし……。

 そんな感じに悩んでいると特徴的な音が響いた。


 ――SeyPay♪


「……何の音?」

「今の音って、セイペイの音だよね~。瑠奈っちの?」

「ううん、アタシじゃない。ツムは?」

「あーしでもないわ。ってことは……シミィンちゃん?」


 突然聞こえた音声に首を傾げていたけど、今聞こえた音は聖財閥が提供しているキャッシュレス決済アプリの【SeyPayセイペイ】の通知音だった。

 このアプリは国内シェアの上位に喰い込む決済アプリで、使えるお店はかなりあって……ここのお店でも使えるみたい。

 そんなことを思いながらシミィンちゃんを見ているとポシェットからスマホを取り出した。


「――って、シミィンちゃんスマホ持ってたの!?」

「しかも最新式じゃね!?」

「ヤバ、カッコい~! デコらないの~?」

「…………もらった」


 取り出したスマホに驚きつつ、三人でシミィンちゃんのスマホを見ていたけどシミィンちゃんはばつが悪そうに貰ったという。

 ……え、貰った? 契約したわけじゃなくて貰ったの? え、それ大丈夫なやつ?

 三人で固まっているとシミィンちゃんはスマホを動かすけど、何が起きたのか分かっていない様子だった。


「シミィンちゃん、今の音ってSeyPayの通知音だよ」

「SeyPay?」

「うん、決済アプリなんだけど……ああ、これね」

「ん、ありがと」


 すこし慣れない手つきでシミィンちゃんはアプリのアイコンをタップすると、アプリの起動画面が表示された。

 そしてチラッとだけどトップページに表示されたチャージされた金額を見て目を疑った。

 え? な、なんだかゼロがいっぱいなかった……?


「……むぅ、なんで…………」

「あ、あの、シミィンちゃん? 何か今、すごい表示が……」

「気のせ――メール? ……そういうこと。けど……」


 スマホ画面を視えないようにしながらシミィンちゃんは唸ってたけど、メールが届いたみたいでメールアプリを開いて届いた物を見ていると呟いていた。

 けどなんだか納得いかなさそうな顔をしていた。

 いったい誰からメール来たんだろう?


「シミィンちゃんどうしたの?」

「ん、ちょっと……ある人に創った物をあげたら、ほうしゅうが来た」

「ほうしゅう……?」


 ほうしゅうって言うと……報酬ってこと? 誰になにをあげたんだろ? でも、お金が送られてきたってことで良いんだよね? じゃあ、使っても良いんじゃない?

 アプリにお金が送られてきたっていうなら返金なんてできないだろうし。

 そのことをアタシはシミィンちゃんに伝える。


「ってことだから使っても良いんじゃない?」

「…………そうなんだ」

「そうそう、そのチャージされたクレジットってつまりはシミィンちゃんのお金なんでしょ? だったら使っても良いじゃん!」

「だね~。使わなきゃそんそんだよ~」

「そっか……、ちょっと待ってて」


 悩んでいるシミィンちゃんだったけど、意を決したようにスタスタとレジのほうへと向かっていった。

 そして店員と何かを話しをして、マネキンに着せられていたフルコーディネートと同じデザインの服を店員が用意するのが見えた。

 数分後、店の紙袋を持ってシミィンちゃんはこっちに戻ってきた。


「ん、お待たせ」

「ううん、待ってないよ!」

「いいの買えてよかったじゃん!」

「てかそれ、シミィンちゃんのママが着るの~?」

「ん」


 戻ってきたシミィンちゃんにアタシらがいろいろ言うと、彼女は頷いた。

 う~ん、本当にシミィンちゃんのお母さんってどんな感じの人なんだろうな。

 機会があるなら見てみたいかも。

 そんなことを思いつつアタシはエスカレーターで上の階に移動する。

 上の階はスキンケア用品を多く取り扱っている階層だったみたいで、アタシらはウインドウショッピングを楽しむことを再開した。


 ●


 * 路地裏 *


「…………ぐ、ぅ……。どうやら、気を……失っていたか」


 日の光も届かない路地裏、その片隅で少女は気絶し倒れていたが……全身に襲い掛かる激痛によって意識が無理矢理覚醒させられた。

 目覚めると気を失うよりも時間が経っており、表通りには人の動きが活発となっているようで人の気配が強く感じられ、ざわざわという雑踏が少女の耳に届く。

 雑踏から聞こえる声は楽しそうな笑い声が大半で、聞いているだけで少女の心がいらだちを覚える。


「ああ、腹立たしい。その喜びに満ちた者たちの笑い声が、楽しいという感情が、我を苛立たせる。貴様らは恐れ戦け、我らに恐怖せよ……。貴様ら人間はそれが一番似合っているのだか――うぐっ!!」


 苛立ちながら少女は立ちあがろうとする。

 けれど、立ちあがろうとする少女であったが全身を蝕んでいる魔の力の影響で、起き上がろうと地面につけた腕にも、足にも力がまったく入らず倒れ込んでしまう。

 そして……よく見ると気絶していた自身の周囲が赤黒い血で汚れていることに気づき、それが自身の体から漏れ出していたことを知る。

 血は少女の口から、目から、耳から、下腹部から、穴という穴から血が零れていた。

 血が無ければ人は生きていけない。だからこの体はほとんど死に体のはずだった。なのに体は動き、意識もある。理由は簡単だと少女は理解する。


(気を失っている間にも我の体から血が流れていたか。……だが、魔の力が気絶する前よりも体に定着しておる。……人の血が流れた結果か? だが、これならいけるか……)


 黒ずんだ手足を見て少女は自身に迫る死を感じる。

 それを体に感じながら、少女は壁に背を持たれかけさせると地面に落ちていたミラーの核を手に取った。

 硬くゴツゴツとした表面が透き通った石。ただし中にはドロドロとした泥が詰め込まれているため気味が悪く見えるがそれは魔族の魂であり存在なのだから当り前だ。

 それに少女はすこしずつ力を込めていく。


(向こうの世界を現在牛耳っている者も考えたものだ。世界と世界の境界が薄い箇所に強い衝撃を与えることによって、無理矢理世界を繋げるとはな……だが、それを利用させてもらうぞ)


 ミラーから読み取った記憶、それにより得た知識を少女は行いはじめる。

 少女が得た知識にはモンスターをこちらの世界へと送る方法は2つ。

 ひとつは向こうの世界にある境界が薄い箇所と同じ状況を創り出し、モンスターを送る方法。

 ただしこれはレベルが高いモンスターを送ることができないため、ゴブリンといった雑魚モンスターばかり送ることしか出来ないという欠点があった。


 そして、もうひとつは力のあるモンスターや魔族の核に自身が持つ魔の力を注ぐことで爆発をさせる方法だった。

 そうすることで核の質と注ぎこまれた魔の力の大きさによって境界をこじ開けて送ることができた。

 けれど、こちらは核を用意するための手間と魔の力を注ぎこむことができる者が少ないため限られた者にしか出来ないものだった。

 しかしこの方法を使えば強力なモンスターや魔族を送り込むことができた。

 ミラーの記憶の中では一度実験として、前魔王を信望して新たな魔王の元に降らない魔族を処刑し、その核を使い毒沼に生息するドラゴンを送ったことがあったのだがこちらへと来た可能性は低いらしい。


「これぐらい込めれば良いだろう……。さあ、向こうの世界のモンスターたちよ、こちらの世界へと来るがよい!!」


 核の中のドロドロの泥が赤熱し、内側から今にも爆発しそうなほどに核は膨張し……手に激しい熱さを感じながら少女は叫び、力をこめて核を握りしめた。

 瞬間――ミラーの核はまるで粘土のようにグシャリと潰れたが、そこから一気に膨れ上がると少女の手を、体を弾き飛ばしながら破裂して周囲の空間を震わせた。

 その衝撃は正常だった空間を激しく揺らし、その振動は雲ひとつなかった青空に血のような無数の亀裂を入れた。

 蒼一面だった空に入った無数の血のような亀裂は表通りを歩く人々の目に留まり、ざわざわとした喧騒が生まれる。


「くくく……、もうじきモンスターがこちらの世界へと現れる。勇者よ、貴様が姿を現したとき……それが貴様への復讐の始まりだ」

(……だが、すこし力を使い果たしたか。魔の力を体に馴染ませるために再び眠りにつこう)


 暗い笑みを浮かべながら、少女は意識を手放し……時が来るのを待つのだった。

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