ただのしみんは街へ行く
7-1.工房にて
ひと晩経って、わたしは今……マーナを連れて朝の道を散歩していた。
春の朝はまだすこしだけ肌寒いけど、少しずつ空に上りはじめている太陽のひかりで温かく感じられた。
そんな日のひかりを浴びながら歩くわたしの前では、マーナが尻尾を振りながら楽しそうに歩いていた。
『楽しいね、たのしいね、シミィン!』
「ん、しばらくぶりに一緒に散歩するね」
『うん!』
他人から見たらブンブンと尻尾を振りながらキャンキャンと吠えているマーナだけど、使い魔の主であるわたしの耳にはちゃんと喋っているのが聞こえている。
ちなみに、マーナには首輪はしているけどリードはしていない。
都会や普通の町だと散歩の際にはリードもつけていないと車が走る道路へと飛びだしたり、周りの人に迷惑を掛けたりするから必ずつけないといけないみたいだけど……生憎とここ不破治はとんでもなくド田舎でわたしがいま歩いている道はアスファルトで舗装もされていないし、人通りもぜんぜん無ければ、車も畑に向かう軽トラックなどの自動車がときおりゆっくりとしたスピードで走ってくるぐらい。
それに声掛けもしっかりしているから、人が通ったり、自動車が通るたびに運転をしている人や助手席に乗った人が声をかけてくるので……わたしも軽くだけど会釈を返す。
そしてリードで繋がれていないマーナだけど基本的には人に対して吠えることはないし、たまに歩いて畑に向かう人がマーナへと声をかけると返事や挨拶をするようにキャンとひと声鳴く。
唸ることもないし、尻尾を振りながらの鳴き声だから好意を感じていると分かっているみたいで声をかけてきた人も嬉しそうだった。
……ちなみに、わたしも日本人離れした見た目から一目で只野さんちのシミィンちゃんって覚えられているし、マーナもそこで飼うようになったペットと知られている。
田舎ネットワーク恐るべしというやつ。
『それでシミィン、いったいどこに行くの?』
「ん、ちょっと工房に行く」
『こうぼー?』
「我らの気配を薄くせよ――≪
『わかった!』
そんなことを思いながら散歩を続けていたわたしとマーナだけど、途中から人が少なくなってきたころを見計らってから≪
そのうえで気配を薄くする魔法であるため、マーナにはあまり吠えないようにと言ってから歩く。
目指す場所は工房、師匠が造って……今はわたしが管理を行うこととなった魔法の特訓と錬金術を使っての生産を行うための場所。
最後に行ったのは……あまり行く用事がなかったから冬前だったはずだから、掃除が必要だよね。
まあ、腐る素材なんてなかったはずだし、腐る可能性は少ない……はず。あ、でもその前に時間停止しているんだから腐ることはないか。
考えながらしばらく歩いて到着したのは三方が畑に囲まれて、残る一方が山に面した40メートル四方の森。
鬱蒼とした森の山に面した側の拓けた場所には、欧州の片田舎にでもありそうな石造りの家が一軒あり、朝の陽ざしを浴びて姿を見せていた。
見た限りでは普通に森に入ったら5分もしない内にたどり着くように見える家だけど、そんなことはない。
わたしが張った結界を後に師匠が強化したために、この森は迷いの森となっていて入った者は家に行こうとする限り森の中を彷徨いつづけるというものとなっていた。
この迷いの森を抜けれるのはわたしか師匠が許可した人間、もしくはわたしたち以上の力を持っている存在だけど……今はまだ居ないと思う。
ちなみに彷徨いつづけて森で倒れたりしても、しばらくすると森の外へと出されてしまう。主に場所はちかくにある電信柱の辺りだけど……その作業を行う精霊が相手に対して腹を立てていたら思いもよらない場所に落としたりもする。
まあ、精霊を怒らせるなんて、森に火をつけようとしたり精霊をバカにしたりしない限りは大丈夫だと思う。……あ、精霊に命令しようとする場合もダメか。
『シミィン、ここなに? おれのところみたいにきれい!』
「マーナがいた森は清らかだったんだね」
『うん、せーじょが昔、じょーかってのをしたってちちうえが言ってた!』
「……せーじょ? せいじょ?」
『うん、ちちうえが昔世話になったって言ってた!』
「そう……」
あとで理事長に聞いておこう。一応知ってたら、マーナの両親の死を想ってくれるといいけど。
新しく聞いた事実に少しだけ驚きながらも、マーナといっしょに森の中へと足を踏み入れる。
地面に落ちた葉っぱを踏むたびにザクザクとした音が聞こえ、周囲はすこし湿っぽく感じられるけど……森らしい森の地面と空気。
それを感じながら歩いているけど、足元のマーナはすこし苦手なのか毛に落ち葉が付いたりしている。
「……マーナ、来て」
『シミィン、おれだいじょーぶだけど?』
「今は歩きにくいみたいだし、汚れたらまたお風呂行きだよ?」
『……わかったー』
「ん、工房に着いたら下ろすから」
お風呂は嫌いじゃないみたいだけど、頻繁には入りたくはないみたい。
まだまだ歩きたそうにしていたマーナを抱き、ゆっくりと歩く。
するとすこししてそとからの日の光が差し込んでいた森はうっそうと暗くなって、気配が感じられた。
それに気づいたのか抱き抱えられたマーナも耳をピクッとさせる。
『シミィン、これって……』
「師匠が置いた監視です。というか気づきにくいと思うのに、やりますねマーナ」
気配に気づいたマーナの頭を撫でるとマーナは嬉しそうに尻尾を振る。
やっぱり可愛い。そう思っていると森の監視である精霊が木々を揺らしながら語り掛けてきた。
『だれ?』『ダレ?』
『てき?』『テキカナ?』
「わたし。あなたたちの主である賢者の弟子のシミィン」
『でし?』『デシ?』
語り掛けられる声に返事をするとしばらく途切れる。来る期間が開きすぎてた?
すこし不安を感じていたけれど、すぐにそれは無くなった。
『しみぃん!』『シミィン!』
『けんじゃの!』『デシ!』
『まってた!』『マッテタ!』
「よかった。忘れられていなかった……工房に入りたいんだけど、いい?」
『どうぞ』『ドウゾ』
嬉しそうに木々の葉を揺らし歓迎され、わたしの言葉に木々が動き……工房までの道が一直線に出来上がる。
でも外からはそんなことが森の中で起きているなんて分からないし、見えてはいない。
普通に考えれば森を見ていればその変化は分かるだろうけど……森の中は空間も歪んでいるし、意識も森の様子が気にならないようにされている。
だから安心して森が動くことが出来ていた。
『シミィン、これなに? なに!?』
「気にしなくてもいいよ。それじゃあ行こう」
目の前の光景に興奮して尻尾をブンブン振るマーナにそう言って、わたしは出来上がった森の中の道を歩いて行く。
その道を歩いて行くと足先に日の光が差し込み、段々と当たる面積が広がっていき……最終的には暗い森から出ると共に拓かれた場所――工房がある場所へと辿りついた。
到着した森の広場のような場所の中心には欧州の片田舎、またはファンタジー作品にでも出てきそうな石と木と土などで造られた民家があり、その周囲を囲むようにしてヒザほどの高さの石垣が設置されている。
民家と石垣の間には外で過ごすために用意された木製のテーブルにチェア、丸太を切っただけのイスが置かれた場所があったりするし、外で料理をするためにパンやピザなどが焼ける石窯や煮炊きなどが出来るかまどがある。
その調理場の近くには水場があるけど、これは周囲の魔力を消費して永続的に水が出るようにしているから枯れることはない。……ちなみに水場から溢れた水は近くの用水路に流れるようにしているからかその水を使用している周囲の畑の野菜は美味しく育っているみたい。
『シミィン、シミィン! ここあったかいね! それに朝じゃない!』
「ん、ここはずっと昼間にしているし、気候も春になっているようにしているから温かい」
『? よくわかんないけど、すごい!』
嬉しそうにキャンと鳴くマーナの頭を撫でてから、地面に降ろすとマーナは周囲をキョロキョロしだす。
そんなマーナを見ながらここに張られている結界に変わりがないかを確認する。
「うん、とくに大丈夫。時間も空間も安定している」
師匠が住む場所としてこの場所はこだわりぬかれた。
結果、森はよほどの実力者でない限りは抜けられない迷いの森になり、工房がある拓けた空間はずっと春の気候となっていて……森の外とこの場所の時間の感覚も違っているようになっていた。向こうでの1時間がこちらでは1週間といった感じに。
イメージを伝えるなら、むかし有名だった少年向けのバトルアニメにあったマインド&タイムのルームって感じが正しいと思う。
ちなみに師匠とわたしが本気を出してこの空間を創ったから、ちょっとやそっとのことではこの空間は壊れることはない。……実はモルファルたちの家の近くで師匠が住んでいたときの場所はこれのプロトタイプだったりする。
「マーナ、わたしは工房の中を見るけど、マーナはどうする?」
『走りまわりたい! 遊びたい! すごくポカポカするし、ワーッてなりたくなる!!』
「ん、だったら……これを使って遊んだらいい」
倉庫に手を突っ込んで中から素材として使い物にならなくなったヘルポイズンドラゴンのなめし革の切れはしを取り出すと手早く錬金術で加工する。
これは師匠が居なくなってから戦ったモンスターの中でも最上位のモンスターだったから素材としては超一級品だと思う。
打撃、斬撃といった攻撃を吸収するし、魔法も通りが悪い。防具としてはかなり優秀な物になる。
さらに言うと生きてたときは川に現れていたため、体から常時流れる強力な毒は海のほうに流れそうになってしまっていた。だからかなり無理をして周囲の川を蒸発させることもしたし、自分も周囲にも危険を及ぼす魔法も出来てしまった。
でも素材としては本当に優秀。それを無毒化して加工した切れはしをすこしだけレベルを落とす代わりに面積を広くして、マーナが遊べるサイズのボールを創り出す。
『ボールだー!』
「ん、これはちょっとやそっとじゃ割れないボールだから本気でガジガジ噛んだり、爪でひっかいても問題ないからね」
『わーい!』
わたしの言葉に喜び尻尾を振りながら、マーナはボールに飛びかかると力いっぱいに噛んだり、腕を振るって爪で攻撃したりしはじめた。
けれどボールは噛んだマーナの牙をボヨンと弾いたり、爪も刺さることなく跳ねていた。
……このボールを割れるようになったら、マーナの戦闘能力がかなり向上していることだろうな。
「がんばれ、マーナ」
ちいさく呟きながら、わたしは工房の扉を開けた。
――――――――――
☆モンスター情報
名前:ヘルポイズンドラゴン
種族:悪古竜
特性:獄毒
耐性:打S 斬SS 貫S 魔S 毒SSS
詳細:
向こうの世界にある猛毒の沼に生息する巨大なカエルの見た目をしたドラゴン
体の表皮には毒が纏わりついており、それの体液が水源から離れた場所に入っただけでも水源を汚染するほどの毒性を秘めている。
それが生息するだけでも周囲の空気は汚染されるため、現れた場合は勇敢なる者たちの犠牲をもって討伐しなければならない。
しかも倒した場合でも素材は毒に汚染されているため、無毒化を行わなければそれを使って加工した防具が強力だとしても毒に侵される短い人生を歩まなければならない。また、武器も強力な毒性を持った武器が造れるが……製作の時点で犠牲者が出るため扱いは注意が必要である。
一応だが過去に賢者が無毒化の方法を調べたという話もあるが、勇者一行はそのドラゴンを回避して魔王のもとへと向かったと言われているため、その事実は不確かである。
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