6-2.はじめてのせんとうの思い出

 今晩の晩ごはんはお店を手伝ったから何時もよりも豪華な食事だった。

 特にメインである豚肉を使った煮込み料理がとても美味しくて、お肉が口の中でほろりと解れるほどに柔らかく調理されていたし、脂身はプリッとしていて味付けも何時ものように美味しかった。

 ……うん、美味しくて元気になったから今晩は頑張ろう。

 箸で摘まんで料理を食べながらわたしは静かにやる気を出した。


 夜の22時を回ったころ、パパとママも今日の仕事で疲れているのと……明日も仕事があるから早めに眠りについていた。気配も薄いから、きっと眠っている。

 起きないと思いながらも……念のため、部屋の入り口に鍵をしっかりとかけてから部屋の窓を開ける。

 開かれた窓から見える景色はほとんど真っ暗でポツンポツンと道に電灯が灯っているぐらい。

 だから見られることはないだろう。

 そう思いながらも念のために周囲に気づかれ難いようにする魔法を唱えてから、空を飛んで師匠の下へと向かう。

 ちなみに服装はネグリジェパジャマではなく、少し動きやすいようにシャツとベスト、そして種類が少ないけど持っている短パンを穿いて動きやすくしている。

 ……ちょっと男の子みたいな恰好だけど、動いてスカートがヒラヒラなんて恥ずかしいから。


「師匠、お待たせ」

「うむ、今日はお主の初めての戦いじゃが……体調のほうはどうじゃ?」

「……だいじょうぶ」

「……そうか。じゃが無理はせぬようにな」


 緊張しているのは師匠にはあっさり見破られた。

 うまく隠せなかったことに少しだけがっくりしたけど、わたしもモンスターを倒すことができるというところを師匠に見せればいい。

 そう考えながらわたしと師匠は森を抜けて、亀裂からモンスターが現れるであろう場所へと移動する。

 今回は運が良いのか、モンスターが現れる亀裂が広がる場所は田んぼだけが広がる場所で時間も時間だから周囲には人も居ない。

 いくつかの田んぼに水が張られているのを見ながら、地上に降りると周囲は静かだった。


「シミィン、この場所でよいのか?」

「うん、亀裂を視たときに一番広がっているのはここだった――ほら見て」


 そう言った瞬間、道の先にある田んぼと田んぼの間のあぜ道のほうからパキパキというヒビが入る音が聞こえた。

 音がしたほうを見ると、初めて師匠と出会ったときのように……何もない空間がガラスにヒビが入るみたいに広がりはじめていた。

 ある程度の高さに出来ていた空間のヒビは少しずつ周囲に蜘蛛の巣のように広がっていって……最終的には地面にまで亀裂が到達した直後、パリンという音と共にガラスのように空間が割れていき、中空から地面に広がるような三角形みたいな形に割れた。

 空中から地上に三角形みたいに割れた空間の先はシャボン液に覆われているようにグニャリと歪んでいた。

 だけど歪んだ空間の先にゴツゴツとした岩肌が見えた。でも、奥が真っ暗なのと空間が歪んでいるからそこから奥には何があるのかよく見えない。

 そう思っているとグニャリと歪んだ暗闇の先にぽつぽつとちいさな火が見え、誰かが近づいてくるのが見えた。

 火が近づくにつれて、なにか緑色のものがいくつも見えたと思えば……歪んでいた空間がさらにグニャリと歪みながら波紋が広がっていき緑色のものが出てきた。

 それが出てきた瞬間、草と泥のにおいだった周囲にツンとした何とも言えない悪臭が鼻に届き、同時に奇妙な鳴き声が聞こえた。


「ふむ、ゴブリンのグループか。洞窟を根城にしておったようじゃが……ちと数が多いように見えるな。多分洞窟から出て近くの村を襲おうとしていたところじゃったか?」

「あれが……ゴブリン?」

「うむ、もう少しでやつらはこの世界に出てくるじゃろうが、アレがお主の初めて戦うモンスターの姿じゃ」


 初めて見るゴブリンのすがたに隠していた緊張と恐怖がすこし表に出てくる。

 けどそれを必死に押し殺していると話すような鳴き声が聞こえてきた。


『『グギャ? ギャギャ?』』

『『ギャギャ? ギャギャー!』』

『『『グギャギャ、ギャッギャ!!』』』

『ギャ?! ギャギャ! ギャギィィィィィ!?』

『『『『『『グギャギャギャギャギャ!!』』』』』』


 割れた空間から現れたのは、25体ぐらいのわたしに近い背丈の全身が緑色をした人型の生物……。

 それらがいったい何が起きたのか分からないといった様子をしていて、仲間と話すように鳴きながら一斉に首を傾げる。

 しかし何が起きているのか分からないと判断すると、とっとと気を取り直して目的地にたどり着かないという理由で先頭に立っていたと思うゴブリンを責め立てながら、お仕置きと言わんばかりにゴブリンたちの何匹かが持っていた松明で責め立てていたゴブリンの体に押し当てていた。

 ジュ、パチ、といった焼ける音と不快な臭いがした。

 松明を体に押し当てられたゴブリンは熱いのと痛いのと不条理だと言っているように叫びながら怒りを口にしているように見えたし、ドロドロに濁った瞳の奥には……こいつらがヘマをしたときに機会があったら仕返しするといっているようにも見えた。

 そしてそれを見ながら苛立ちを発散したというように他のゴブリンたちは一斉に愉快にゲラゲラと笑っている。

 ……正直、見てて気持ちいいものじゃないと思った。


「師匠、あれなに?」

「ゴブリンはモンスターらしいモンスターじゃ、他者を蹴落とし、本能に忠実、弱い者を甚振るのを好み、無抵抗な女を襲っては……いや、そっちはお主には早いか」

「?」


 師匠が何を言いたいのかは分からない。女性を襲ってどうするんだろう? いま仲間にしていたのと同じように火を押し付けたりする? それとも他の何か? ……分からない。だけど色々と性格が歪んで酷いモンスターだということは理解できた。

 とりあえず……どうやって倒せばいいだろう?

 大人数を相手にして戦うことを前提にどの魔法を使おうかと考えていたわたしだけど、火を当てられて痛がりながら地面を転がっていたゴブリンと目が合った……と思う。


『グギャ! グギャ、グギャギャ!!』

『『ギャ? ――――グヒ』』

『『『ギヒィ……!』』』


 地面に倒れながらゴブリンがわたしを指差した。

 すると他のゴブリンたちが「そんなわけねーだろ?」といった感じに振り返った瞬間、一斉に動きが止まった。……けどすぐにニヤァとした気味の悪い笑みを浮かべた。

 そのうちの何匹かはじゅるりと音がするように舌で口を舐めていた。

 そんな視線を一斉に浴びた瞬間、わたしはゾワッとした。どういうわけか全身がいっきにゾワッっとした。

 これが何なのかは分からないけど、お店でそれっぽい感じの視線を何度か浴びたような気がした……きっと気のせいだと思いたい。

 そう思っていても一度感じた怖気はすぐには取れない。そんな中で師匠が声をあげる。


「シミィン! 気をしっかり持て、モンスターの気迫に呑みこまれるな!」

「っ!! う、うん……!」

「来るぞ、行けるな?」

「だい、じょうぶ……!」


 そうだ。目の前のモンスターに怖がったらダメだ。恐れてたらわたしが危ないんだ。

 大丈夫、やれる。やれる。やる……。やる!

 魔力を高めて、近づいてくるゴブリンたちを見る。

 わらわらと歩きながら、太い木の棒やボロボロの短剣、松明を持ちながら近づいてくる……ニタニタと笑みを浮かべながら、口元からはよだれが垂れている。

 ボロボロの布や皮で覆われた股間から何かポタポタと地面に垂れているように見えるけど……それが気持ちが悪いと本能が感じていた。


 だから……、


 ――――燃やそう。こいつら、燃やそう。


 嫌悪感からか、わたしはそう考えながら高めていた魔力で何の魔法を使うかを決定する。

 使うのは炎。目の前のゴブリンたちを燃やす炎。その気持ち悪い視線を向けられないようにするために、臭いをまき散らさないために!


「燃えろ、燃えろ……! 「シミィン、待――」――≪火炎フレイム≫!」

『『『『『『『『『『グギャ――――――


 魔法を唱え、発動しようとした瞬間に師匠が止めに入った。

 けどわたしの魔法は発動し、わたしの前から真っ赤な炎の塊が一直線にゴブリンたち目がけて放たれた。

 真っ赤な炎の塊は田んぼやあぜ道を焼くように激しく燃えながら先頭のゴブリンを呑みこんだ。炎の熱が頬に当たって熱い。

 燃え盛る炎の塊はゴブリンたちの中心あたりに落ちると、次々とゴブリンを呑みこんでいった。

 呑みこまれる寸前にゴブリンたちが鳴きごえを上げたけど、最後まで上がる前にその声は消えていった。

 倒した。そう思っていた直後、わたしは体を引かれて師匠に抱き抱えられた。

 そしてわたしたちと炎を塞ぐようにして氷のドームを創り出し、ジュウジュウといった氷のドームが蒸発する音が耳に届く。これほどまでに炎の熱は熱かったんだ……。

 改めて理解していると、わたしの顔を見て安堵したような師匠の顔が見えた。


「ししょう?」

「シミィン……何度も言っておるが戦うときは冷静に対処せよ。でなければ何時かできるであろう仲間や自分をも自らの魔法で破滅してしまうぞ」

「……ごめん、なさい」

「いや、そもそもがわしがゴブリンどもを一旦足止めしてから、1匹だけを相手にさせるべきじゃった。顔に火傷は……しておらぬようじゃな、じゃが念のためじゃ」


 茫然とするわたしに師匠は言い、呆れたかもと思いながら謝る。そんなわたしの頬に師匠は濡らした布を頬に当ててきた。……ひんやりと冷たいわけじゃないと思うけど、水っぽくてきもちがいい。

 きっと炎の熱でいっきに顔や体が熱くなったんだ。そう思いながら師匠の当ててくれる濡れた布の冷たさを感じているとわたしが出した炎は徐々に鎮火していった。

 そして熱が収まったと思うころに氷のドームは役目を果たしたように消え、温かい外の空気が体を包んだ。


「あつい……」

「まだ熱気が残っておるようじゃからの。……じゃが、近くに民家がなかったのは幸いじゃったな」

「うん……」


 氷のドームが溶けたときと田んぼの水が蒸発してできた白いモヤが周囲に広がる中、師匠とゴブリンが居たほうへと歩いていく。

 湿気が服に当たってすこしジメッとする……。そう思いながら歩くけど、改めてわたしが放った炎の威力に恐怖した。

 だって、ゴブリンが居た場所……田んぼとあぜ道がある場所が黒焦げになっていて、周囲には焦げ臭いにおいがしているから……。

 そして師匠が言うように本当に近くに家が無くてよかったと感じながら歩いていると、サクッとした感触のなにかを踏んだ。

 地面を見るとなにか炭のようなものが見えた。


「なにこれ?」

「ゴブリンの燃えカスじゃな」

「…………そう、なんだ」


 何ともないといった感じに師匠は言うけど、改めてゴブリンの燃えカスと呼ばれた物を見た。……けど、すぐに後悔した。

 なぜなら黒くなったゴブリンの形が足元に残っていたから……。

 その上に立っているということに気づいたわたしは何とも思わないようにしていた――つもりだった。だけどムリだったみたい。


「う、うぇ…………、ぉ、えぇ……っ!」


 お腹の奥から込み上げてくる吐き気に耐えれなくて、その場で吐いた。

 ビチャビチャ、ジュワッと吐いた物が地面に落ちていき、地面に残った熱で……すこし蒸発した音が聞こえ、独特な臭いが上がって鼻に届く。

 ……口の中には酸味とは違った酸っぱくて苦い胃液だと思う味がしたけど、吐くことを止めるのは無理だった。

 モンスターだから倒さないといけない。それを理解していたつもりだった。

 でもゴブリンの形をしていたなれのはてを見た瞬間、自分が命を奪い取ったのだと頭が自覚してしまった。

 だから耐え切れずに吐いてしまった。それを理解しながら、わたしは晩ごはんに出ていた豚肉料理だった物が混ざった物を見ていた……。


 ●


「本当、あのときは本当に怖いって思った……」


 家が見え始めて、周りに人が居ないのを確認しながらゆっくりと地上に降りていく。

 ……ちなみにストーカー勇者の仲間が隠れて見ているという様子はない。というか、逆にわたしの知覚を騙せることが出来たらそれは普通に凄いと思う。

 そんなことを考えながら地上に降りるとサッと腕を振るった。するとわたしが羽織っていたローブも持っていた杖も消えて、学生服姿に戻った。

 そして家に向かって歩きだす。


「パパとママ、心配していないかな……してるよね」


 朝に心配そうに見送った二人を思い出しながら家の前に到着すると……気配がした。

 ……やっぱり心配だったから待ってたみたい。

 そう思いながら家の玄関お店の裏口に向かうとパパとママがきょろきょろと周囲を見ながら心配そうにしていた。

 その心配を解消させないとと考えつつ声をかける。


「パパ、ママ、ただいま」

「シミィン!」

「シミィンちゃん!」

「わぷ……」


 よっぽど心配していたみたいでパパとママはこっちに気づいた途端に駆け出して、わたしを抱きしめた。

 パパとママに挟まれて声が漏れるけれど、心配してただろうから仕方ない。あとママのおっぱいが顔に当たってやわらかくていい匂いがする。

 きっと男の人だったら泣いて喜ぶかも知れない。でもわたしは女の子。


「こんなに遅くまで帰さないなんて……大丈夫? 疲れていない? お腹空いていない?」

「ごめんなシミィン、パパたちが連れて行くなって言えなくて……! 情けねぇよ!!」

「ん、わぷ、んぷ……ママ、おっぱい苦しい」

「あ、あら~、ごめんねシミィンちゃん」


 もごもごしながら顔をおっぱいからどかして言うと恥ずかしそうにママはわたしの顔から胸を放した。

 ようやく息が出来た……。

 ホッと安堵しているとやさしくママとパパはわたしを見る。


「シミィンちゃん。はやくお家に入りましょう」

「ああ、きっと大変だったかもって思いながら、シミィンのためにおいっしい晩ごはんを作ったからな!」

「…………ん、たのしみ。はやく入ろう」


 やさしく笑みを浮かべながらわたしは言うと、2人はやさしく微笑み……3人で玄関に向かう。

 うん、パパやママがいるから、わたしは頑張れるし、頑張ろうって思う。

 大事なものを護るために頑張るってこういうのを言うんだよね。


 そう思いながらわたしは家のなかに入った。

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