5-2.戦うということ

 わたしが言ったことに師匠はしばらく静かになっていたけど、ゆっくりと語り出す。


「激しい戦いの末に勇者と相打ちで倒れた魔王は、自身の膨大な魔力を暴走させて生き残っていたわしらもろともあの隔離された異空間を爆発させた。

 結果的に生き残っていたわしらは全員死ぬこととなった。まあ、わしは座標などを指定しないままに転移を行って難なく生き延びたがな……。

 だがあの爆発は他にも影響を齎していたらしい。その影響として一番大きかったのが……決して交わることがないはずだったふたつの世界と世界の境界に亀裂が入ってしまったというものじゃ。そして転移魔法を使ったわしは亀裂が入っていた境界を抜けてこの世界へと落ちた」

「ん、あのとき、森のなかで師匠が落ちてきたときのことは今でも覚えてる」


 師匠の言葉を聞きながら、わたしは数年前のことを思い出す。

 あのときに見た何もない空間が割れた光景を。

 ……あれ? でも、あの割れていた割れた空間はいつの間にか治っていたよね?

 聞いてみよう。


「師匠、師匠が落ちた空間はわたしが見たときには、いつの間にか元通りに戻っていたけど……それはどうして?」

「うむ、これは憶測となるが……わしが出てきたときに割れた境界の亀裂は周囲に漂っていた魔力が集まって修復させたのだと思っておる。基本的には世界自体にも自己治癒力はあるから、出来た傷は治そうとするじゃろう。こういうのは人と同じものじゃ」

「なるほど……じゃあ、その漂っていた魔力を使った自己治癒力でこの世界と向こうの世界の境界の亀裂は治らない?」

「向こうの世界は日常的に魔法を使っておるから、世界の自己治癒力は低いじゃろう。じゃがこの世界は魔法を使う者などほぼ居ない。じゃから使われなかった魔力は飽和状態で有り余っておるはずじゃから世界は亀裂を治そうとしておる。じゃが、塞がれようとするキズが再び開かれようとする場合、治癒は追いつかん」

「……それ、どういう意味?」


 師匠の言葉の意味が分からず問いかけると、師匠からは言うか言わないか躊躇うように言葉を詰まらせる気配を感じた。……どうしたんだろう?

 けど、言うと決めたからか師匠は口を開いた。


「実はな、お主と最後に会った冬の日から……しばらくしてからのことじゃ。かつてわしが落ちてきたあの空間が再び開いた」

「そうなの? なんで?」

「多分じゃが、一度開いた穴は開きやすくなっているのじゃろうな。そしてそこから向こうの世界のモンスターが落ちてきた」

「!?」


 驚くわたしを他所に師匠は話をつづける。

 ある夜、師匠が精神統一しているときにそれは起きたという。

 パリンパリンと割れる音が周囲に響き、音がした方向を見ると……かつて自身が落ちてきた空間が割れているのに気づいた。

 いったい何が起きたのか分からないけれども、このままにしておくのは危険と判断した師匠はすぐさま亀裂を塞ぐべく周囲の魔力を割れ始めた空間に当てた。

 すると空間はすぐに亀裂を治すべく塞がりはじめていったけれど……そこから邪悪な気配を感じたらしい。

 そして最後の亀裂が塞がろうとした瞬間に1匹のモンスターが世界に転がり落ちてきたそうだ。

 その落ちてきたモンスターはゴブリン。

 師匠が言うにはずる賢い性格をした子供みたいな身長をした緑色の存在。

 本物を見たことがないからイメージがつかないけど……、ファンタジー映画や漫画で見たようなものを思うことにした。

 亀裂から落ちてきたゴブリンは周囲を見渡し、師匠に気づくと敵と認識していたみたいですぐに持っていたボロボロのナイフで襲いかかってきたらしい。

 けど返り討ちにあって炎の魔法を受けて一瞬で消し炭にしたという。


「塞がろうとした亀裂から感じた邪悪な気配、そして戸惑うことなく明確な敵意でわしを攻撃してきたモンスターの行動にわしはこの亀裂は意図的なものと判断した」

「……魔王、倒れたんじゃないの?」

「倒した……はずじゃ。じゃが、あの世界に新たに魔王を名乗る魔族が現れたか、それともより危険な存在が現れたかのどちらか……じゃろうな。

 そしてそやつは向こうの世界からこの世界との亀裂を広げ、こちらの世界へと侵略を行おうとしておるとわしは考えておる」

「しん、りゃく……」


 侵略、そう聞いてうまく想像することができなかったけど、それはきっと……ううん、ぜったいに良くないことだけは分かった。

 そしていま現在、この世界がとても危険だということも……。


「向こうの世界からこちらの世界へと侵略しようとする方法がどうやっているのかは分からぬ。じゃが、何らかの方法で向こうの世界から先兵を送ろうとしているのは確かじゃろう。それがゴブリンであったり、オークであったりと知能が低く数が多いだけのモンスターだけならまだ良い。けれど邪悪な思想を持つドラゴンや破壊を好むサイクロプスといった上級モンスターが現れた場合は危険じゃ」

「……どうにか、できない?」

「こちらからは如何にもできないじゃろうな……。よくて日々溢れる魔力を空気中に流して世界の治癒力を少しでも上げて、亀裂から落ちてきたモンスターを排除するぐらいが関の山じゃ……」


 わたしの質問に師匠は辛そうに返事をする。

 ……師匠にとっては自分の世界が起こしているのだから、辛くないわけがない。

 そのことにわたしは気づいて、何とも言えなくなった。


「きっと……これからこの世界の様々な場所で亀裂が広がり空間が開くじゃろう。そしてそこからモンスターが落ち、人々に危害を加えるはずじゃ。それを人知れずにわしは排除しようと思っておる」

「……それがわたしに言ってた戦う選択?」

「そうじゃ。まあ、わしとお主の2人だけで行うというわけではないがな」

「そうなの?」

「うむ」


 師匠の言葉にわたしは尋ねるけど……師匠以外に戦えるような人っているのかな?

 警察とか、自衛隊とか、かな? でも、そんな伝手なんてないよね??

 でもどうにかするんだろうな……。ということにしておこう。

 そう思っていたけど、気になったことを師匠に訊ねる。


「でも師匠、色んなところに現れるモンスターを倒すとしても、遠くに行くのはパパとママが心配するから……難しいと思う」

「わかっておる。お主が移動しなくても済む方法はある……。だがそれがお主に戦うことを強いることになることになるのじゃ」

「どういうこと?」

「わしが考えておる方法、それはわしが各地を周ってその場にある程度の期間滞在して魔力を使って亀裂を修復させるというものじゃ。そして意図的にこの地の亀裂は脆いままにする。そうすることで亀裂から落ちてくるモンスターはこの地のみに制限されることとなる……」

「なるほど……、それならわたしは別のところに行かなくてもいいね」

「じゃが……そうしたらお主のみに苦労を強いることとなる……」


 勝手に遠くに行くという懸念がなくなって安心していると師匠が辛そうな声でしゃべる。

 その辛そうな声にどういうことかと考えてみると、理解した。


「……なるほど。つまりこの不破治に集中させるとモンスターと毎日朝昼晩ずっと戦い続けることになるし、亀裂が広がっていつかは強いモンスターが出たりする可能性があるから師匠は心配してるってこと?」

「そうじゃ。お主のような幼子にそのような苦労を強いることがわしは辛い……しかもこれはわしの世界が原因というから猶更じゃ」


 ……師匠が言いたいことは理解できる。

 だって頭のおかしな一家が住む隣の家の騒動に自分の家が巻き込まれるというものだからその家の人はたまったものじゃない。

 そして師匠は頭のおかしな一家の中で常識人(?)だったら、家族が迷惑をかけてごめんなさいとしか言いようがない。


「とりあえず、師匠が心配しているのはわたしがずっと戦い続けることになること。そしてずっとこの土地に縛られるということ……でいい?」

「そうじゃ、お主のような幼い子はわしの世界でもまだ戦場には立っていないのじゃから、申しわけないと思ってしまう」

「幼子じゃない。……だったら、師匠とわたしで亀裂に干渉するような魔法を創ってみる? 例えば……決まった時間だけ亀裂が弱まるような魔法とか、事情があって時間が欲しいときに一時的に亀裂が広がらないようにする魔法とか……」

「ふむ……他にも周囲の魔力を集めて亀裂の修復に費やすために特化したものやそれを維持するための魔法があれば良いかも知れんな」


 わたしの言葉に師匠は頷きかえす。

 その声には若干だけど好奇心が感じられる。

 さっきまでの様子からだとちょっと不謹慎と思うかも知れないけど、師匠の申しわけないって感じはなんだか似合わない。

 だからこれで良い。

 そう思いながら……そのあとはずっと亀裂に対する対処を考えるために師匠と話し合った。……結果、これからしばらくの間はどうするべきかを決めた。


 ひとつめは世界と世界の境界の亀裂に対して干渉を行うためのオリジナル魔法の開発。


 ふたつめは師匠がしばらく住むことになって、わたしも使うことになるこの住処の改造。


 みっつめは師匠がこの世界に違和感なく溶け込むための変装の準備。


 そして最後に……一度だけでもわたしだけで亀裂から出現したモンスターを倒す殺すこと。


 最後の理由は、ひとりでもモンスターを倒すことができるとわたしは頷いたけれど本当にモンスターを……生きている存在をわたしがためらうことなく殺すことが出来るのかという疑問が師匠にはあったから。

 言葉で出来ると言っても、実際に行うのとではまったく違うらしい。そんな者たちを度々見てきたと師匠は真剣な声で言った。

 そう師匠に言われるとすこしだけ……怖いと思ってしまった。

 でも……、そのときが来てもわたしには出来る。そう思わないと。

 いつの間にか下ろしていた手をギュッと握りしめながら、わたしはこれから起きるという戦いの日々に恐怖していた。


 ちなみに目や頭の痛みは話が終わったころには痛みがすこしだけあるけど、ある程度よくなっていて……帰るときには目を開けられるようになっていた。

 だけど言いつけ通り、しばらくの間は魔法を使うことはなかった。

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