4-4.飼い犬がいる生活。
脱衣所のとびらを開けるとわたしよりもさきに犬はウキウキといった風に中へと入っていき、すりガラス風のお風呂のとびらのおりとにてのひらを当てる。
まるで初めて見るものにきょうみしんしんの子どもみたいだ。
『ワンッ、ワンッ!(なんだこれ、なんだこれ!)』
「ちょっと待ってね。着がえるから」
『ワワン!(わかった!)』
わたしの言葉に返事をしながら犬はしっぽを振りながら待つ。
きちんと待っていることを確認してから、着ていた制服を脱ぐ。制服は汚れているから分けるようにママに言われていたから洗濯機じゃなくて、隣のかごの中に入れて……ソックスは洗濯機に入れる。
脱衣所の中には洗面台と洗濯機もあるから、大人がひとり入ったらせまく感じる広さ。
そう思いながら制服を脱いで下着すがたになって、かがみに映るじぶんを見る。
こどもようキャミソールに、おとなっけのないパンツすがたのギチギチみつあみのわたしが映っている。
……ぐぬぬ、わたしも、いつか、せいちょう、する。
『ワゥ?(シミィン?)』
「……なんでもない。んしょ……それじゃあ、はいろうか」
『ワン!(おう!)』
ママの子だから、きっといつかは成長する。そんな
むかしから着ているワンピースだから犬がブルルと水をはらっても、汚れても問題ない。
とりあえず、犬を洗ってから服は脱ぐけど……今はこれでいい。
そう考えながらお風呂のおれとを開けた。
すると向こうから温かいゆげが出てきて、犬の顔をなでる。
『キャウンッ、キャンキャン!?(うわっ、なんだこれなんだこれ!?)』
「おどろかない。攻撃とかじゃないからね」
『ワフゥ……(でもぉ……)』
「大丈夫、あたたかいよ。それに体をきれいにしないと」
『キュゥン……(わかった……)』
初めて感じたゆげの熱に驚いたみたいで犬はほえる。そんな犬をわたしはさとして、一緒に浴室にはいるとおれとを閉じる。
浴室はユニットバスで、パパぐらいの大きい人でも足を延ばせるサイズのよくそうだ。
そのよくそうにママも気持ちよさそうに入って、たまに歌を口ずさんだりする。
……ママの国ではシャワーとサウナが普通だけど、パパと結婚して日本に移り住んでからママはお風呂の魅力にとりつかれた。
だからママもお風呂が好きだし、ママに勧められたモルファルもモルモルもおなじようにお風呂好きになっていた。そしてモルファルの家には大きなお風呂がある。
っとと、それは今は別に良いか。
「ここで座って」
『ワゥ』
「びっくりするかもだけど、落ち着いて」
『ワゥ?(え?) ――キャイン!? キャンッキャイン!?(ふぁ!? あったかい雨!?)』
「あばれない、危険じゃないか――ひゃ!?」
シャワーなんて初めてだったからだろう、犬は背なかにシャワーのお湯が当たるとしっぽを逆立てて混乱する。
犬は浴室のなかを行ったりきたりしていてそれをなだめるために抱きとめようとしたけど周りが見えていなかったみたいで犬はこっちに飛びついてきた。
とつぜんのことで対処なんて出来ず、わたしは犬といっしょに転んでしまった。
そしてその際に持っていたシャワーを落としてしまい、シャワーのお湯がわたしと犬をまとめて濡らした。
「おちついて、大丈夫だよ。だから、おちついて」
『キャン、キャンキャン!(熱い水、へんこわい!)』
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……ね?」
『キャンキャン! キャン! ゼヒ、ゼヒ……ケヒッ』
「怖かったね。でも、これは怖いものじゃないから……安心して?」
これ以上あばれないようにと犬を抱きしめながら、背中を擦るとあしをジタバタ動かしていた犬が落ち着き始めた。
そんな犬の耳元でやさしく安心するように言うとゆっくりと暴れるのを止める。
ちなみにほえすぎてか、息ができなかったみたいで最後あたりは咽るようになっていたけど……だいじょうぶ?
返事がないから心配になり、抱きしめていた犬の両わきを手で持って距離を取るとキョトンとしたようにわたしを見ていた。
『クゥ? クゥ~……クゥン?(え? もしかして~……シミィン?)』
「そうだよ。どうしたの? ……あ」
犬の反応がふしぎだと思っていたけど、気づいた。
この子が暴れたときに抱きとめたけど、あしをばたつかせたときに髪がひっかかったみたいで結んでいた紐がほどけて、かけていたメガネも落ちていたことに。
つまりはあまり他人に見せるつもりがない素顔を、犬が見ているのだ。
正直なところ、わたしは素顔に自信がない。だってパパとママには悪いけど……この顔のせいで小学校ではつらい目にあったから……。
きっとパパとママが気づくことがなかったら、わたしはこの世にはいなかったかも知れない。それほどまでにつらい目にあって追いつめられていた。
だから何時もはきょくりょく目立たないようにしている。
そうすれば、よけいな波風なんて立つことはないから……顔を認識阻害のメガネで隠して、髪もまじめな生徒と思われるようにしていれば普通の外国人のハーフだって思われるだけだから。
嫌なことを思い出して、すこしだけ暗い気持ちになりながら、視線を犬から逸らして……小さく言う。
「あまり、見ないで」
『ワンッ! ワン、ワン、ワワンワン!(女神さまっ! シミィン、女神さま、シミィンは女神さまだったんだ!)』
「女神じゃない……。あまり顔のことは言わないで。あと、大人しくして」
『ワン!(わかった!)』
わたしの心境が分かっていないけど、すがおを見てからの犬は嬉しそうに尻尾をふってうなづく。その反応に自分のようしが苦手なわたしは何とも言えない心きょうを覚えながら、犬にシャワーを浴びせる。
すると犬は先ほどあばれていたのがウソだったとでもいうように大人しくなっていて、シャワーを浴び……シャンプーを使うとしっかりということを聞いて泡まみれとなっていた。犬の毛はかたすぎることはないけど、普通の犬よりはかたいかも知れない。
「だいじょうぶ? 痛くない?」
『クゥン(だいじょーぶ)』
「なら、よかった。シャンプーをながすよ。目を開けないようにね」
『ワンッ(わかったっ)』
そう言いながらシャワーを頭からかけると、泡といっしょに泥と血の汚れが流れていき地毛があらわとなった。
拾ったときはくすんだ黒と思っていたけど本当は黒く輝いているように見えた。ぎんいろに黒をすこし足したような色合い。
そして瞳の色はアンバーで、邪悪さなんていっさい感じないつぶらな瞳。
そう思っているとブルルッと犬は体をふるわせ、自分を濡らすお湯を周囲に振りまいた。
当然わたしも浴室ないもずぶ濡れ。
「むぅ……、ずぶ濡れ……」
『ク、クゥン……(ご、ごめん……)』
「気にしていない。でもつぎからは気をつけるように」
『ワン(わかった)』
「ん、なら良い。それじゃあ、ちょっと待ってて」
わたしの言葉に犬は反省してシュンとなる。そんな子にこれ以上おこったら可哀そうだと思う。
そう思いながら、わたしは犬を待たせてメガネと落ちていた髪どめを手に取ると脱衣所に出ると、着ていたずぶ濡れのワンピースや下着を洗濯きに入れて、裸になるとタオルを手に戻る。
犬はわたしを見てポ~~ッとしているけど、それをむしして髪と体を洗ってから……まだボーっとする犬を抱きあげるとお風呂に入った。……きもちいい。
「……きもちいぃ…………」
『ワフゥ……(ホッとするぅ……)』
お風呂のみりょくを感じはじめているみたいで、わたしが抱えた犬もヘニョリとだつりょくしているのがわかる。
そんな犬の様子を見ながら、犬の名前を考えることにした。
「フェンリル、ハティ、スコル、マーナガルム、ヴァナルガンド……北欧系のおおかみは多いから悩む。そういえば、元々名前はあったの?」
『ファ~~? ワンゥ(なまえ~~? ないよぉ)』
「そうなの?」
『ワンッ、ワワン、ワフゥン……クゥン(そうだよっ、おれは、グレイウルフベビーだった……でも)』
犬、グレイウルフベビーという名前の種族だったモンスターはシュンと落ちこみ始めた。
詳しく話をきくと、元もと犬は住んでいた森の主であったフォレストウルフキングと眷属であったグレイウルフの間にうまれた子供らしい。
オオカミタイプのモンスターは元もと人とよく接していたから、かなりモンスター側からは反感を買う存在だったという。
そしてこの子は何があったのかは知らないけれど、ある日とつぜん大量のモンスターが住んでいる森に攻撃をしかけてきたそうだ。
この子のパパとママや大人のウルフたちはそれに対抗するために戦ったけれど、どうやら負けたらしい。キズだらけのママに咥えられて逃げたけれど、とちゅうで森を襲ったモンスターに襲われてママはこの子を逃がすために戦うことを決めたようで、この子は放り出されたらしい。
そのときにこちらの世界に落ちたみたいだけど、偶然だったのか……それともその土地が干渉しやすい場所だったのかは分からない。
まあ、そうしてこの子はいま、この場に居るのだ。
「……そうだったの。大変だったね」
『ワゥ……(うん……)』
この子の言葉にわたしはそういうことしか出来ない。
犬はわたしと話してそのことを思い出したみたいで落ち込む。
そんな犬の頭をわたしは撫でて、近いうちに起きることを告げる。
「聞いて、もしかすると……近い将来、きみにとっての敵がこの世界に来ると思う」
『ッ!? グル、グルル……?(っ!? それ、ほんと……?)』
「うん、きみのようにこの世界に落ちてくる。または送られてくるモンスターがいる。それをわたしや誰かが倒してるけど、何時かは自分からこの世界に来るモンスターもいると思う。きっと、きみの家族や仲間を襲ったモンスターもやって来るはず」
『グル、グルルル……(そっか、そうなんだ……)』
「きみはどうしたい?」
そう言うとピクッと耳が動く。そして黙って……うなるように鳴いた。
『クゥ~、グルルルルル……(だったら、仇をうちたい……)』
「そう。だったら、強くならないとね」
『ワン(うん)』
決意を感じさせる鳴き声にこの子を強くしたいと思うとどうじに、この子は強くなるって思った。
それを理解し、わたしは名前を決める。
この子が戦うための力を身につけて、強くなるための名前を。
「マーナガルム……、そう。きみの名前はマーナガルムでどう? まあ、マーナって呼ばせてもらうけどいい?」
『ワン……。ワン、ワンッ!(マーナガルム……。おれマーナガルム、マーナガルムでマーナッ!)』
「良いみたいね。それじゃあ、これからよろしくね、マーナ――あ」
『ワン! ワ……ワウッ!?(うん! え……なにこれっ!?)』
マーナガルムと名づけた犬は元気よく返事をする。
たしか、月の犬って名前でよばれている北欧神話のオオカミの名前だったと思うけど、それぐらい強くなればいいと思うから、その名前を選んだ。
そう思っているとわたしの中でマーナとのつながりが完全に結ばれた感覚がした。
そしてマーナのひたいには銀いろの三日月のようなアザができていた。
「これって……、≪
『ワウ?(こんとらくと?)』
「ん、わたしとマーナは使い魔契約をしたの。ひたいのアザはその証明」
『ワンッ! ワンワンッ!(つかいま! おれシミィンの使い魔!)』
師匠にもモンスターと深いつながりがあったら無意識に使い魔契約されることがあるってなんとなく聞いてたけど、こんな感じになるんだ。
ヒモで結ばれるようにして、わたしからマーナにつながっている感覚を感じながら、納得する。
そうして、だいぶ温まったころにわたしはマーナを抱きながら、浴室からでた。
……お風呂あがりのお水は、本当に美味しい。
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