4-2.飼い犬がいる生活。(別視点)

 ◆ 恋視点 ◆


「むぐ、もごぁ! ちょ、ちょっと! レン、止めて、止めてってば!! あいたっ!!」

「……ここまで離れたら問題ないか」


 ある程度の速度で漕いでいたマウンテンバイクを止めると畑道を引きずられていた四夜が出っ張っていた石に頭をぶつけて声を上げた。

 砂と泥まみれとなった服とか髪とか顔とかを見ながら、あたしは口を開く。ちなみに傷とか血とかは元々の身体能力が高いからケガはない。

 そんなあたしへと恨みがましそうに四夜はあたしを見るけど、ガン無視。


「ちょっとレン! なんでこんなことしたんだよ!! シミィンちゃんが危ないだろ!?」

「たぶん問題はないと思う。只野シミィンは賢者じゃないだろうけど、只者じゃない」

「ど、どういうことだよ? シミィンちゃんは賢者だ……と思うけど、違ってたら一般人じゃないか。だったらモンスターを連れ帰ったら危ないだろう!?」

「うん、あたしは只野シミィンが賢者じゃないと思うけど、実はテイマーだと思っている」

「テ、テイマー?」


 あたしの言葉に四夜は目をきょとんとさせる。

 テイマー、彼は前世では主に移動手段である馬車を牽いてもらうためのウマタイプのモンスターを世話する役割とバードタイプのモンスターを使った素早い速度での遠距離連絡を担っていた。

 そしてどんな顔をしていたかと言われたら、特に目立たない上に自ら目立った行動をしないという……あたしたちのパーティを陰で支えていた陰の功労者。

 だけどあたしには彼女がテイマーである可能性を挙げれる理由があった。

 それは四夜に頼まれて数日間、夜の間は離れた距離で隠れて彼女の部屋を監視していたときのことだった。



「四夜にもこまったものだ」


 愛用のマウンテンバイクを喰らい畑道の真ん中に止め、肩に担いでいた望遠鏡を地面に置く。

 そして暗い中でピント調整を行い、離れた位置から目的の場所である只野シミィンの家の監視を始める。

 前世からの因縁で同居人である四夜からの依頼、それは賢者かも知れない新入生の只野シミィン。彼女が賢者かどうかを調べることだった。

 まあ、四夜の言っていることだから、何時ものように気のせいだろうな。

 そんなことを思いながら望遠鏡に顔を近づけると只野家の様子が見え始める。

 事前情報で調べたけど、彼女の家はスウェーデン料理をメインで提供している『ドルイドの食卓』で2階は彼女たち一家の住居らしい。

 時間的にもう店の営業は終了しているから、家族は2階にいるだろう。望遠鏡を動かし、明かりが見える窓へと視点を合わせる。

 視点を合わせた窓は開けられていて、誰かが窓枠に肘をかけて涼んでるのが見えた。


「……たぶん、あれが只野シミィン」


 事前に調べた際に見た写真の姿を思い出す。

 灰色に近い髪色の髪をギチギチに三つ編みにした髪型。

 相手から目が見えないぐらいにグルグルに見える眼鏡。

 何というか地味な少女だと思ったのが感想だった。

 そんな彼女を望遠鏡で見るけど……ギチギチに結んだ三つ編みが解かれていてウェーブかかった髪に見えた。

 顔は……望遠鏡の性能からよく見えない。夜目での見えるようにそっちにスキルを割り振っているから鮮明に見ることは出来ない。


「でも、彼女は外に出て行く様子はない。いや、まだ一日だから焦るべきじゃない」


 呟き、あたしは四夜に頼まれたことをこなすためにジッと望遠鏡を覗きつづけていた。


 1日目、とくに変化なし。

 その日は風呂上がりだったからか対象は窓を開けて涼んでいたけれど、涼み終わったからか窓が閉められてカーテンが引かれた。たぶん眠ったと思う。


 2日目、とくに変化なし。

 今日もモンスターが現れることがなかったから、監視に集中できた。

 ナイトに怪しまれたけれど、あたしの行動はときおり意味不明らしいから何時ものことと思われた。

 対象は今日も風呂上がりに涼んでいた。

 気のせいと思うけど、視線を感じた。スキルで存在を消しているはずなのに。


 3日目、昨日よりも視線を感じる。

 今日もモンスターは出なかった。少しだけ肌寒かったから、ホットドリンクを持って体を温めた。

 一応、四夜からの頼まれごとだけど、聖女にも連絡は入れておくことにした。

 正直なところ寝不足になりそうだから、少しだけ四夜は懲りてほしい。

 日課なのか今日も対象は窓を開けて涼んでから、窓を閉めた。

 気づいたけれど後ろにある車が通れる広さの畑道に設置された電灯の上にフクロウがいた。何となく見られている気がする。……気のせいだろう。


 4日目、四夜からどうなったかと尋ねられた。

 「まったく、レンも頑張りなよー」と徹夜明けで帰ってきたときに寝起きの四夜に言われた。……ちょっと、かなりさついがわいた。

 悶々とする怒りを堪えつつ、今日も対象を監視する。

 聖女からの返事で一応は一週間だけは我慢してと言われたので、一週間は我慢することにする。あと報酬が貰えることも確定。

 また窓を開けていた。……今日もフクロウがいた。

 まるで監視しているあたしを監視しているかのようだ。


 5日目、四夜が学校でも迷惑をかけ始めているらしい。

 何というか片棒に担がされそう……いや、すでに担がされている。

 とりあえず後日只野シミィンに謝る? いや、監視されているなんて気づいているわけがない。でも、ずっと見られているという気がしてたまらない。

 フクロウがホウホウと鳴いていた。


 6日目、監視は明日で終わる。終わったら本格的に眠りたい。

 特になし。見られてる気がするけど、気のせい。余計なことを書きたくないし、気づきたくない。

 対象はやっぱり窓を開けて涼んでから眠っている。

 監視が終わっても見られている気配が無くならなかったら、あたしは四夜を怨む。

 そう思いながら監視を続ける。

 でも気を利かせてくれているとでもいうようにモンスターが出て来ない。

 偶然だろうか?

 フクロウが増えているのか、数羽ほどの鳴き声が合唱のように聞こえる。


 7日目、今日でようやく監視は終わり。

 ……フクロウの鳴き声が聞こえる。

 ホウホウホウホウホウホウホウホウ、フクロウが煩い。

 右を見ても左を見ても、後ろにも、前にも、フクロウが居る。

 フクロウがあたしを見ている。

 気のせいじゃない。あたしは正常だ。だけど、怖い。このフクロウはいったい何だろう?

 只野シミィンが何かをした? わからない。

 わからない。正直言ってこわい。四夜、怨むから……。



 その日で監視が終了したけど、しばらくは誰かに見られているんじゃないかという恐怖とかホウホウというフクロウの鳴き声が聞こえたような気がしてビクッとしてしまっていた。

 あと、四夜は理解していないみたいで「そんなに怯えてどうしたんだよ? ちゃんと寝ているのかー?」と清々しく笑っていたけど、その日ほど狙撃をしたいと思わない日はなかった。


「なるほど、つまりレンがフクロウに監視された結果になったんだね。で、それをしたのがシミィンちゃんだって?」

「そう、只野シミィンはフクロウを使役していたに違いない。それであたしが監視しているのを知っていて、警告をしていたんだ。自分に関わるなって……」

「そうなのかな? でも、賢者もテイマーも他にも見つかってないのもいるし、その可能性もあったかー」


 あの得体の知れない恐怖を思い出してガクガクしていると、四夜は今ようやく思い立ったとでもいった風に頷く。

 前世であたしたちは旅をして最後には魔王と戦い、相打ちとなったけれど倒すことが出来た。

 その結果なのか神様が何かをしたのか分からないけど……女として転生した勇者の四夜、騎士の魂を魂に同居させ彼の盾を受け継いだナイト、エルフから人間に転生した斥候であったあたしはこの世界に流れ着いた。

 テイマーや他に仲間になった者たちは最後の戦いには参加してなかったけれど、四夜と繋がりを持っている影響でもしかすると向こうの世界で死んだ場合、モンスターなんていないこの世界へと転生する可能性だってあった。

 だから、あたしは只野シミィンはテイマーではないかと思っている。

 ……ちなみにこのことは先に聖女にも話をしたのだが、彼女からは曖昧な返事しか返されることはなかった。もしかすると彼女は何かを知っているのだろうか?


「あれ? じゃあ、あのモンスターって、もしかするとシミィンちゃんがテイムしちゃったりするんじゃないの?」

「どうだろう? あれはどう見てもケガをしてたし、衰弱しきっている様子だったから、近い間に死んでしまうんじゃない?」


 彼女がテイマーだとしても、あたしが予想する限り高確率であのオオカミタイプのモンスターは助からないだろう。それを理解していたからあたしは彼女に剣を向けていた四夜を回収して、只野シミィンからはモンスターを奪い去ることはしなかった。

 まあ、もしも助かった場合はテイマーではなく賢者かもしれないと考えたり、もしかすると別の何かだと思うことにしよう。

 そういえば、現地の能力者の可能性だってあるのか。その場合は改めて彼女をスカウトする方向で行けば良いか?

 とりあえずは彼女がテイマーかどうかの様子見、かな。

 そんなことを考えながら、あたしはマウンテンバイクを再び漕ぎ始める。


「――って、うえぇ!? ちょ、レン!? ボクのロープ解いてないよ!! ちょっとー! もしかして怒ってる? 監視頼んだの怒ってるー!?」



 ◆ テイマー視点 ◆


「ふぇ、ふぇ……ふぇくち!! うぅ……、だれかおいらのウワサでもしてんのかなー? っとと、おーい、おまえらーはやく小屋にはいれー!」

『『『ンメェェェェェ~~』』』


 放牧しているヤギたちに飼育小屋へと向かうように指示をしながら、おいらは鼻をすする。やべ、鼻水も垂れてる。

 ヤギたちはおいらの声を聞いて大合唱のように返事をしながら、開けられた扉から小屋へと入っていく。それを見ながら垂れた鼻水をシャツの裾で拭う。

 ヤギが全頭入っていったのを確認して、自分でも確認するために小屋の中に入る。


「いっとう、にとう、さんとうー」

『メェ』『メエェ』『ンメェェ』

「ていまー、ヤギ全部いるー?」

「あ、かーちゃん。もうちょっと待って! …………よし、全頭いる! いたよー!」

『『『『んめ~~~~!』』』』


 ヤギを数える度に返事をするようにヤギが鳴き、その鳴き声を聞いているとかーちゃんがおいらを呼ぶ。

 それに返事をしながらヤギが全頭小屋の中に入っていることを確認して声を出す。

 ヤギたちも『いるぞ~』というように一斉に鳴く。まあ、おいらの耳には本当にそう聞こえているけど周りには鳴いているだけにしか聞こえない。

 まあ、どうしてかっていうとだ。それはおいらが前世ではこことは違う世界でテイマーという職業で活躍していたからだ。

 あるときはウマタイプのモンスターを使って馬車を牽いていたし、あるときはバードタイプのモンスターを使って他国との連絡を行っていた。

 パーティのリーダーである勇者は活躍に理解していた様子はないけど、おいらは縁の下の力持ちをしていたと思う。

 一応、聖女様はおいらの苦労を分かってくれていたのが救いだ。

 まあ、なんやかんやで勇者は補佐の聖女様、斥候のレンジャー、護りの騎士、支援の賢者を連れて魔王城へと入っていった。それが彼らパーティを見た最後だった。


 だけど、彼らの死力を尽くした戦いのお陰で魔王は倒れて世界は平和になった。

 そのおかげでおいらは天寿をまっとうしてあの世界では亡くなった。

 嫁が出来たし、子供も生まれた。その子供が孫を連れて帰ってきたときは本当に自己中すぎてクソだった勇者にも感謝した。

 そしてフワフワとした感覚を感じて、目が覚めるとおいらはこの世界に生まれていた。

 この世界にはモンスターなんていない。居るのは動物だけで狂ったように襲い掛かるような凶暴な奴は滅多に居ない。


「ここは本当に良い場所だ。動物たちも大人しいし、とーちゃんとかーちゃんも良い人だ」

「ていまー、はやく家に帰るよー。ご飯さめちゃうからー!」

「はーい! んじゃ、また明日な!」

『『『『ンメェェェ~~!』』』』


 小屋で大人しくするヤギたちにそう言うと、おいらはかーちゃんと一緒に家へと戻る。

 朝起きてヤギや馬、牛などを放牧してから小学校に通って、帰ったらそいつらを小屋の中に入れて家に戻る一日。

 これがおいら、真乃帝馬まのていま(8歳)の一日だ。

 ちなみに偶然おいらと出会った聖女様には勇者がバカやっているっていうのは聞いているけど、関わりたくない。

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