1-1.高校入学

 私立聖ファンタジー高等学校。


 一見ふざけたような学校の名前だけど、これが今日わたしが入学する高校の名前だ。

 ふざけた名前の理由は、わたしが住んでいるこの町があるのは三方を山に囲まれて、残る一方が海にめんしている県の平野部にある不破治市ふわたじしの大規模な土地に世界的に有名な企業を持っているひじり財閥が多額の融資を行って設立した高校だからだ。

 聖と、不破治をふわんたじー……ファンタジーと呼ぶようにして名付けたのがきっかけだという。理事長となった聖財閥の現当主である人が決めたらしい。……ギャグ?

 聖ファンタジー高等学校は今回入学する県内外からやってきた新入生と在校生、合わせて七百人という多くの生徒が在籍していて、学科は農業を中心となっている。

 普通科・農業科・農業科学科・商業科・調理科・畜産科といった科が存在しており、生徒たちが自分たちで野菜などの作物や家畜を育てて、それらを使って調理したりして、それらを販売するをイメージしたほうがはやいと思う。


 ちなみに生徒たちの大半はここからあるていど離れた場所にある学生寮やひとり暮らし向けの集合住宅が建ち並ぶ区画で生活を送っている。地元に家があったり、親戚が居る場合は住まわせてもらったりするらしい。

 実際に、上級生の人たちにそういった人も居ると聞いたことがある。

 シェアハウスなことをやっていたりする家もあるのだろうか?


 そんなことを思いながらわたしは体育館の壁に背をあずけながら、敷地内にある畑を見ていた。

 4月になったばかりだからか、まだ多くの畑は土起こしがおこなわれていないみたいでうっすらと雑草が生えているのが見える。

 その畑のほとんどは学校が管理している畑で、授業のいっかんで耕されるのだろうけどいちぶの畑はもうすでに土が耕されていてうねがあるのが見える。

 そっちは広大な畑を有する学校が個人にレンタルを行っているようで、年間に畑の使用量を支払うと隙に使っていいものらしい。

 わたしの家も近くの畑をレンタルして、そこで野菜を育てている。

 それを使ってパパが調理する料理はとても美味しい。


 けさ食べたごはんの味を思い出しながら目を閉じているけど、周囲の人の気配が多くておちつけない。

 ひとクラスで30人ぐらいが入学するから、いまこの場所には少なくとも百八十人前後はいる。

 たとえ大きな体育館や講堂でも、それだけの人数を入れたらせまくなってしまう。

 そこに新入生の保護者が追加されると場所はもっとせまくなってしまう。

 それに保護者たちが県外からやってきたばあいは、乗ってきた車の置き場にも困ってしまうし、電車やバスだって全員が乗り切らない。交通機関がまひしてしまうはず。


 だから、入学式には保護者は参列しないようにと学校側からは事前に言われている。

 まあ、学校側も保護者に参加しないでほしいというお願いをする見返りとして、後日入学した生徒たちの実家へと入学式の様子を撮影した映像を収めたディスクが無償で贈られるのだ。

 親としては、直接入学式の様子を見たいという人もいるかも知れない。

 だけど贈られてきた入学式の映像はかなりのクオリティとなっているようで、行けなかったことに文句を言っていた親からの評価も高いと言われている。


 でも、本当に手のこんだ入学式なのだろう。

 そう思いながら他の新入生のようすを見ると……数多くの人たちが話していたり、もうすでに気の合うグループを作っているように見えた。

 ほかにも色んな女子に声をかけてる男子も見えるけど、わたしには声をかけてこない。

 まあ、かけられてもあまりいい対応なんて出来ないけど……。

 ……というかあまりの人の多さに酔ってきたかも。


 そんな風に考えていると、チラチラとわたしを見る視線を感じた。

 多分だけど、わたしの髪の色や肌の色といった……見た目が珍しいからだと思う。

 わたしの髪はくすんだ銀色、いわゆるトウヘッドと呼ばれる色をしていて……それを丁寧にギチギチに見えるようにあみこんだ三つ編みにしている。

 さらに相手からママ譲りの蒼い瞳が見えないように、昔の少女漫画に出てきそうなレンズの分厚いうえに何故だかグルグル模様に見えてしまう眼鏡をかけている。

 昭和の時代に居たっていう文学少女のような見た目。それが今のわたしだ。

 色白と日本人離れした見た目からハーフの外国人だというのに、そういういかにもな地味すぎる服装がまわりは気になったのだと思いながら……口元に手を当てて小さく欠伸をしてしまう。


「……ねむい。ほんとうに、しばらくは現れないで欲しいな……」


 誰にも聞こえないように口元で呟きながら、このまま眠ってしまいたいという衝動をひっしに押し殺す。というか眠ってしまったら、体調不良とか気分が悪くなったとかと勘違いされてしまいそうだ。

 入学式に倒れたら、笑いものになってしまうかも知れない。がまん、がまん……。

 でも、こうなったのはあれらのせい。こんど現れたら、容赦しない。

 そう思いながらボーッと畑を見ていると……畑に等間隔で立てられた電柱、校舎の壁や体育館の外周に設置されたスピーカーから放送がかけられた。


『まもなく、入学式が始まります。新入生の皆さんは受付を済ませ、大体育館内までお入りください』


 ようやく時間が来た。わたしは体育館の壁から背中を放すと受付を行っている大体育館の入り口へと向かう。

 受付は大体育館の入り口で行われていて、各科ごとの受付が長机の前で行われていた。

 そこでは入学式の日に提出する用紙を受付の学生へと出して、本人かどうかを確認するために名前を言ってもらい、それを確認する学生がいた。

 たぶん、上級生だろう。

 本人かを確認するとそこで科別に安全ピンに色違いのリボンが付けられた物を取るように言われる。それを胸元に付けて体育館内に入っていくみたい。

 ひと通りの手順を確認しながら、普通科の列で順番を待ち……わたしの番が来たから受付に用紙を差し出す。


「はい。お名前を言ってください」

「只野シミィン、です」

「ただの、ただの、只野……ありました」

「確認しました。それではこの中から1つ取って中に入ってください」

「ん、ありがとうございます」


 礼を言って、わたしはリボン付きの安全ピンを取る。……普通科は白色みたいだ。

 それを胸元に取り付けながら体育館内に入ると、そこには床に傷がつかないようにシートが敷かれていて、その上に大量のパイプ椅子がとうかんかくに置かれていた。

 椅子には受付を済ませた人がもう座っているのが見えるので、わたしも座ることにする。

 普通科のならびは……こっちみたい。

 後ろに置かれた立て看板を確認して、その列に並べられたパイプ椅子に座ろうとするけど隙に座っていいわけじゃなく、前から詰めて座るみたいだった。

 だけど、運が良いのかわたしが座ることになった場所は真ん中よりも少しだけ後ろの位置で、特に目立つことはない場所だった。


「んしょ……」


 小さく口に出しつつ椅子に座るとスポンジの感触とギシッと軽いきしみ音が耳に届く。

 時間まで静かに過ごそうと考えながら、目を閉じているとキュッキュッと体育館を歩く足音、小声ながらもこれから始まる入学式に期待しつつも会話をする声が聞こえる。

 そしてしばらくすると、足音がなくなり……会話もほとんどしなくなった。

 もうそろそろはじまる? そう思いながら目を開け、顔を上げると視界にはわたしと同じ制服を着た生徒ばかりが見えた。

 さらに視線をうえに向けると、黒髪ばかり。……その中に混じって金髪や茶髪が見えた。

 一部は染めているのかも知れないけど、わたしと同じように日本人以外の血を引いていると思う人も居る。国際色がゆたかだ。

 そんな風に前を見ていたけれど、ゆっくりと照明が落とされた。

 そして体育館内のスピーカーから司会を務める人物の声がした。


『ただいまより、第――回、聖ファンタジー高等学校入学式を始めます。一同、礼』


 指示に従い、全員が頭を下げる。

 こうしてわたしの入学式が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る