変身(する度に服が弾け飛ぶ)ヒロイン

弓チョコ

第1話 変身! 年齢ギリギリヒロイン!

 日本人、どころか世界中誰も知らない所にある国があった。優しい風の吹く里、ウインディア。

 そこに住む国民は、『人』とは違った外見をしている。


 動物のような毛皮に覆われた、耳や尻尾のある小さな生き物だ。顔が大きく二頭身で、翼も無いのにふわふわと浮くことができる。丁度、ぬいぐるみのような見た目と大きさだった。


「国王! 大変ですポヨ! 我がウインディアが、滅亡の危機に瀕していますポヨ!」

「侵略者ウィかっ!」

「国王! ご判断ポヨを!」


 年中心地よい風が吹くウインディアだが、その日はぴたりと風は止んでいた。さらに、真昼だというのに空は黒く塗りつぶされている。

 丘の上には、昔のヨーロッパで建てられたような王城。見下ろせばどこか牧歌的な風景と町並みが広がっている。


「……くそっ! こうなったら……!」


 なお、彼らの会話は日本語ではなく、ウインディアという名称も後に日本人に発見された際に名付けられるものであるため、この会話は日本語訳、また意訳である。


「伝説の戦士を、探すしかないウィ!」











 所変わって、東京都千代田区。現在、7月中旬。時刻は夕方。


「はぁ。なんや冷たいなあ東京モンは。今月いっこも契約取れとらん……」


 スカートタイプのビジネススーツに身を包んだ、ポニーテールのこの女性。


「ていうかこない美人がお願いしとんねんから契約したれや本当ほんま。もう暑っついねん外ボケェ」


 名を『春風咲枝はるかぜさきえ』。23歳の社会人2年目である。


「営業所帰るか。本当ほんま暑い。東京の暑さ、なんか身体に悪そうやねん(偏見)」


 咲枝が踵を返し、駅へと向かったその時。


「……ん?」


 横断歩道を隔てた向かいの家の石垣に、何か動物のような影が視界を掠めた。


「猫ちゃんか? えなあ。癒しや」


 猫派の咲枝は、駅の方向でもないのに横断歩道を渡る。映えさせてやろうと思ったのだ。その動物を。


「…………あ?」


 だが。近付くほどに。それが猫ではないのだと分かる。耳は丸く、顔も丸く。胴体も丸い。

 さらには。


「なんやあれ。奇妙けったいやなあ」


 浮いている。二頭身のぬいぐるみが宙に浮いているのだ。

 咲枝は眉毛をひん曲げながら近付いていく。ただのぬいぐるみではない。手足や耳が動いているのだ。


「なんディ。おいらになんか用ディ?」

「うお喋った! ぬいぐるみが喋りよった!」


 横断歩道を渡り切った咲枝の視線に気付いたそれが、くるりと振り返って口を開いた。咲枝は目を丸くしたが、さらに近付く。


「なんなん? 機械か? ロボットか。なんやAIかい。見た目はキモイけど良くよう出来とんなあ」

「ようよう! 誰がキモイんディ! おいらほどのハードボイルディはそうは居ないディ!」

「わっ。言い返しよった。キモっ」


 咲枝は、猫は好きだが、こういう『女の子女の子』した見た目のぬいぐるみはそこまで好きではなかった。だが珍しいものに興味を持ち、ちょっとわくわくしている。


「……ん? おいあんた、おいらの言葉が分かるんディ?」

「ていうか普通に会話成り立ってるやん。最近の機械は凄いなあ」

「これは僥倖ディ! あんた、名前は何て言うディ?」

「名前? アタシは春風咲枝や。ていうか語尾とかキモイなあんた」

「失礼な! このハードボイルディな言葉遣いが分からんディ!?」

「なんでもえけどさっきから『ハードボイルディ』ってなんやねん。そんな言葉無いって言ちゅうねん」


 ふわりと石垣から降りて、腰の高さで浮く。咲枝はしゃがみ込んで目線を合わせる。


「サキエ! おいらは『ウインディア』の使者、『ポポディ』ディ! おいらの言葉が分かるサキエに頼みがあるんディ!」

「名前ダッサ。頼みって、飼い主か? えで暇やし」

「違うディ! 話を聞いて欲しいディ! あとナチュラルに人の名前ディスるの止めて欲しいディ!」

「人ちゃうやろアンタ」


 頭のてっぺんに届かないくらいの小さな両手をばたばたさせて何かを訴えようとするポポディ。咲枝は彼をからかって楽しんでいる。


「!」


 そこへ。


「おっ。なんや?」


 周りの人々がざわつき始めた。咲枝も立ち上がり、何があったのかとそちらを見る。ポポディも彼女の肩の所までふわりと飛び上がった。


「なんや人集りできとんな。なんか撮っとる?」

「もしかしたら、怪人かもディ!」

「は?」


 ふたりはそこへ近付いていく。咲枝は基本的に野次馬なのだった。そうして、その中心に立つ人物を発見する。


「おっ。コスプレやん。アキバやなくてもあるんやな」


 青白い仮面に赤と黒のマント。身長は180くらいと高く、すらりとした体型の男性だ。


「ドラキュラか? アニメとか良くよう知らんけど」

「怪人ディ! やばいディ!」

「だからなんやねんそれ」


 ドラキュラ男は写真を撮られながら、キョロキョロと辺りを見回している。そうして不意に、咲枝と目が合った。


「ん。こっち来るやん。ナンパか?」

「アホかディ! 逃げるディ!」

五月蝿うっさい引っ込んどれ」


 ドラキュラ男は真っ直ぐ咲枝の方へ向かってきている。ポポディは慌てて、彼女の背後へ隠れた。


「……お前、言葉が分かるのか」


 ドラキュラ男が話し掛けてきた。


「ん? いや、日本語やんか。こんにちは」

「ふむ。どうやら世界が違えば言語も違うようでな。しかし稀に、我々の『エナジー』に呼応して会話が可能になる人間も居る。お前が近くに居て良かった」

「……はあ。新手の口説き文句かいな。すまへんけどアタシ、そっちのノリは付いて行かれへんかもしれん」

「なに、簡単な質問だ。この世界で一番偉い者はどこにいる?」

「……は?」


 ドラキュラ男は、偉そうな態度だった。咲枝はその様子に少しイラッとしたが、変な奴に絡まれるのも嫌なのでとっとと答えようとした。


「世界かどうか知らんけど、あれや」

「ほう?」


 千代田区に来ておいてその質問をすれば。ほぼ確実に指を差されるだろう場所を差した。


「皇居や。知らんのんか? 一番いっちゃん偉い言うたら天皇やんけ」

「ふむ。こんなに近くに居たのか。つくづく運が良い。礼を言うぞ。女」

「ってか何の用なん?」

「…………」


 皇居へ向かってくるりと反転したドラキュラ男は、咲枝の質問にこう答えた。


「……侵略だよ」











「なんやあれ。中二病かいな。なあポポ」

「やばいディ! すぐ追い掛けるディ!」

「はあ?」


 ドラキュラ男が去ってから。ポポディが必死の形相で咲枝を説得してきた。


「なんで一番偉い人なんか教えたディ! この世界が終わるディ!」

「な、なんやねんな。世界? アホちゃうか」

「早く追い掛けるディ!」

「はぁ~? もう仕方しゃあ無いなあ。なんやねん」


 徐々に、ポポディは実はAIではないのではないかと思い始めた咲枝だが、今はそれどころではない。仕方なく、彼女も皇居へ向かう。


「! 悲鳴や」


 皇居の石垣の内側から、女性の悲鳴が聴こえた。同時に、中から観光客や職員が慌てた様子で出てくる。


「どないなっとんねん!」

「さっきの怪人が暴れてるディ!」

「はあ? ほんならアタシのせいやんけ!」


 咲枝は足を早める。ポポディはその速度に並行して飛んでいる。


「サキエ! これを!」

「なんや!」


 ポポディから手渡されたのは、赤い宝石のブレスレットだった。受け取りながら、咲枝は疑問符を浮かべる。


「こんな時になんやねん! 人外からのプレゼントとか別にトキメかへんねんお前がプレゼントみたいな見た目しとんのに」

「何言ってるディ!? それを付けて、『ウインディア・レボリューション』と叫ぶディ!」

「ふざけとんのかハゲェ!」

「ハゲてなんか無いディ! いいから! 変身して戦うディ! みんなを守る為に!」

「はぁ!?」


 皇居に入る。人の流れに逆らって、奥へ進む。ドラキュラ男を見付けた時には、男の口や手に血が付いていた。


「こんのボケがァ!」


 咲枝は怒り心頭し、ほぼ無意識に叫んだ。


「『ウインディア・レボリューション』!!」


 直後、咲枝の身体から光が放たれて、彼女の着ていたレディーススーツがインナーや下着ごと全て弾け飛んだ。

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