第23話 お強い魔王様


 いくら結界にはばまれてもまるでこたえていないのか、何度も何度も牙をぶつけている。

 どうやらウルの魔法で大事な仲間を根こそぎ殺られてしまったのが、相当頭にキテるらしい。

 コイツだけ巣穴が別で無事だったことを考えると、この個体は一族の親かボスなのかもしれない。


 そんなことを考察している内に、なんとモナの最大硬度を誇る結界にヒビが入り始めてしまった。


「ちょっと、嘘でしょ!? 魔王の魔法さえ防いだ私の結界なのよ!?」

「くっ、なんかムカつく言い方だなぁ。……おそらく、あの牙に突破の魔力を一点に込めているんだろう。それであの破壊力を作っているのかもしれない」


 確かにあの立派な牙からはウルほどではないにしても、かなり強い魔力を感じる。

 あの突破力があれば、農園の防御柵や堀なんて豆腐のように簡単に崩されてしまうだろう。


「このままじゃ、私の結界もすぐに破壊されるわね……」

「――その前に俺がカタをつけよう」

「でもどうするの? また魔法でも打ち込む?」

「いや……せっかくだ。結界を破られた腹いせもねて、コイツは剣でやろう」


 さっき、魔王であるウルは剣より魔法が得意と言っていたはず。魔王城で戦った時も魔法ばかりで、剣や体術といったものは殆ど使ってはこなかった。


 だが彼は剣でやると言った通りに、腰元に差していた勇者の片手剣をシャラリと抜いた。

 対するモンスターはあの硬い牙に厚い毛皮である。

 いったい彼はどうするのだろう、とモナは思っていたが、その答えはすぐに出た。


「これって……もしかして、魔法剣……!」


 モナの見つめる先には、ウルも右手にある海よりも深いブルーに光り輝く勇者の剣。

 つまり彼はイノシシのモンスターが牙に魔力を込めたように、剣に同じことをやってのけたのだ。

 ただし彼の場合、ただ魔力を込めるだけではなく、その剣を魔法杖のようにして氷の魔法を発動させたことだ。


 先ほどの炎魔法の時とは違い、ピシリと空気が張るような冷気が周囲に漂う。

 あまりの寒さでカタカタと凍え始めたモナを、ウルが空いている片手で抱き寄せる。


 なぜか、彼に抱かれていると身体の震えが収まった。むしろとても暖かく、モナも彼にすり寄っていく。


 そして最後の攻撃の準備が整ったウルはそのままモナを連れて結界の前まで来ると、未だ突進を続けるモンスターに向け、縦に一閃した。


『グォオッ!?』


「嘘でしょっ!?」


 ズドォン、という音と共に左右に倒れ伏すイノシシ。


 なんと、ウルは結界ごとモンスターを両断してしまったのだ。

 そして切断面からパキパキと音を立て、次々と凍っていくという異様な光景が広がっている。

 終わってみればたったの一撃。

 ウルは何の苦労も見せず、援護も求めずに一人で倒してしまった。



「ふぅ……大丈夫か?」

「う、うん……痛いっ……」


 戦闘も終わり、いつまでもくっついていたのが流石に恥ずかしくなったのか。ウルからササッと離れようとしたモナだったが、彼女の左足首に突然痛みが走った。

 何でだろうと思ってその痛みの原因がした方を見てみれば、どうやら先ほど親が不意打ちした時にビックリして足をくじいてしまったようだった。


「キミは本当に勇者メンバーなのか……?」

「う、うるさいわね! 英雄だって人間なのよ! たまには怪我だって……するわよ」


 強がっていてもやはり痛いのか、左足を庇って片足だけで立っている。修道服のスカートを上げて見てみると、やはり赤く腫れているようだった。


「まったく、仕方がないな……」

「えっ、ちょっと!? 気にしなくて大丈夫だから……きゃあっ!?」


 慌てるモナも問答無用とばかりに、彼女の身体をひょいと片手で脇に抱え上げるウル。

 キョロキョロと辺りを見回した後、岩場の方へと向かい始める。


「ねぇ、放してよ!! せめてもうちょっと、マトモな持ち方ってあるでしょう!?」

「あぁ、もう。うるさいな。いちいち文句言わないでよ。治療するんだったら、ちゃんとしたところでした方がいいでしょ?」


 ジタバタと暴れ回りながら文句を叫び散らかしているモナは完全に無視だ。

 腰をかけられそうな場所に来ると、子どもをイスに座らせるようにモナを優しく置いた。


「もう! これでも私はれっきとした女なんだからね!?」

「はいはい。次があったら気を付けるよ。それより早く治療した方がいいよ? ほら、結構腫れてきてる……」

「うううぅ……わ、分かったわよ……ヒール」


 心配そうに眉を下げたウルに申し訳なくなったのか、モナは素直に呪文を唱えた。

 彼女の持っている杖の先端から優しい白い光が生まれると、患部に向かってふよふよと飛んでいく。その光が足首を包み込んだかと思えば、数秒もしない内に腫れは治まり、元の白い足首に戻った。


「ふふふ、どんなもんですか。この程度の怪我なら、私の魔法であっという間よ?」

「本当? ちゃんと動くか試してみて」

「ふえぇっ!?」


 まだ安心できなかったのか、ウルはモナの足元に屈むと、患部を優しくペタペタと触り始める。

 それもただ触れるだけじゃなく、両手に氷魔法の魔力を集めているのか、ひんやりとしていて気持ちが良い。彼はいとも簡単にやってはいるが、魔力を纏わせて何か効果をもたらすなんてこと、普通の人間にはできない。そんな器用に魔法を扱えるのは、さすが魔王といったところか。


 ともかく腫れはとっくに引いているのだが、モナはこのまま触っていて欲しいと思ってしまっていた。


「って、違うわよ! もう治ったから大丈夫だって言ってるでしょ!?」

「……つまんないの」


 モナはペシッペシッとウルの手を雑に振り払うと、さっさと立ち上がって帰る準備を始める。ウルは名残惜しそうにモナの脚を見てくるが、視線と目付きが完全に変質者のソレであった。


「変態! えっち! 魔王!!」

「魔王は間違ってないと思うけど……でもまぁ、モナに対してはそうかもね?」

「そんなことを言っても、今日は何もさせませんからね?」



 毎晩あんなことをされてたら身体がもたない。

 今日はゆっくり一人で寝たい気分なのだ。



 お断りを告げたはずなのに、影の差した恐ろしい笑みを浮かべる魔王様。


 彼に捕まってしまった悲劇のヒロイン、モナはこれから自身を襲うだろう彼の暴虐を想像し、ブルブルと震えていた。






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