第10話 乙女の夢

 あの魔王の恥ずかしい事件の後。

 モナはぐったりしていたレオを家に送り届け、自宅のある教会へと歩いていた。


 ちなみに魔王ウルは身体の持ち主であるレオの家に住まわせることになった。

 モナがウルの吐精を手伝ってからの彼は何となくしおらしかったので(単に疲れていたのかもしれないが)、取り敢えず今日のところは何か悪事を働くということもないだろう。


「うーん、念のために監視でもしておくべきだったかしら? ……でも私が居たところで、結局は何もできないのよね」


 何となく不安になったのか一度歩みを止め、振り返ってその心配の種の居る方角を見やる。

 独り暮らしをしているレオの小さな家に明かりが点いたのを確認し、ふぅと溜め息をひとつ。そしてまた視線を帰り道に戻す。


(日本に居た頃だったら、監視カメラのひとつでもつけてやるのに)


 前世の知識をモナがこの世界でも活かせられたことといえば料理ぐらい。

 あとは孤児院で子ども達に算術を教えるのに役立った程度だ。


 なにせこの世界にはパソコンもスマホも無い。

 知識チートにも元々のスペックが良くないと活かせるものが無いのだ、という事をこの十九年の人生で酷く痛感している。



 孤児といえば、レオも孤児院の出身だった。

 元々身寄りがなく、十六歳で成人するまで教会の孤児院で育てられたのだ。

 彼は親が居らずとも一切腐ることが無く、昔から他の孤児たちの面倒を見るくらいに優しい青年で、周囲の大人からの評判も良かった。

 当時からシスター見習いとして孤児院の手伝いをしていたモナも、レオの陽だまりのような温かさが大好きだった。



『このまま彼と夫婦になって、一緒に孤児院の経営をするのもいいなぁ』


 モナのそんな淡い乙女の夢は、とある事件によって呆気なく潰えてしまった。



 彼が成人になると同時に、女神から『レオが魔王をたおす勇者である』という宣託が降りたのだ。

 その宣託を受けたのは、先代の聖女だったモナの母であるレジーナだった。

 彼女は娘のモナに聖女の座を渡し、勇者のサポートをするように命じた。

 そうして彼らは平凡な生活に別れを告げ、世界を救う役目を果たすことになってしまったのだ……。



「まさか転生先の人生でこんなことになるなんてね。せっかくみんな無事に帰って来れたって思ったのに、挙句の果てにこんなことまで……」


 やっと落ち着いてレオとの愛を育めると思った矢先の魔王である。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう、と思わず頭痛がしてきたこめかみを押さえながら自宅へと向かう足を速めた。



 彼女達が住むこの王都はルネイサス王国の中でも最も治安がいいとされているが、それでも女性が夜中に一人で出歩くのは決して安全であるとは言えない。

 それは例え聖女であれど例外ではないだろう。

 むしろ母親譲りの美貌を持った彼女を目当てに、隙を狙って来る人間がいてもおかしくないくらいだ。


 魔王も恐ろしいが、人間の悪意はもっとタチが悪い。

 モナは背後を振り返り、暗闇に向かって叫んだ。


「――いい加減、私の後をつけるのは止めてくれない? 私、今日は非常に疲れているの。手加減出来ずについうっかり、貴方の息の根を止めてしまうかもしれないわよ? 今なら半殺し程度で許してあげるわ」


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