第8話 魔王の懇願

 

「ちょっと、それってどういうことよ!?」


 突然脂汗をかきながら、慌て始めたウル。

 彼の身体に起きた異変を問いただしたは良いものの、返ってきた答えは突拍子もないものであった。


「だ、だから理性が「痛いっ、その手を離してよ!」……す、すまない」



 突き刺すような聖女モナの叱責に、掴んでいた手を思わず反射的に離したウル。

 さっきまでの傲岸不遜ごうがんふそんな態度から打って変わって、弱々しい表情をしている。


 さすがにこの状況で冗談を言っているわけではないのは彼女も分かるのだが、中身が憎き魔王なのである。

 理性が崩壊する、だなんて言われてもどう返したらいいのか分からず、思わず拒絶するような反応をしてしまった。


「どうやら勇者の神力と魔王の魔力、つまり二つの力が混ざり合い、この容れ物いれものには収まり切らないほどにまで高まってしまっているみたいなんだ」

「はああっ!? だからって何で……ああっ。まさか、なんてことなの……」


 この世界にある魔力というのは生命力、魂そのものである。

 体調や病気になれば魔法の威力も下がるし、逆に良ければ劇的に上昇するのは子どもでも知っている一般的な常識だ。


 しかしその力は容れ物である身体以上のキャパシティーを越えることは、本来絶対に有り得ない。

 まれに許容量を強制的に超えさせる魔力ポーションがあるが、この国では禁忌扱いとなっている。



 ともかく、今レオとウルに起こっているのは一つの容れ物に二つの魂、生命力が単純計算でも二倍になってしまっているのだ。


 それもよりによってこの世界の最高峰の力が、である。

 溢れ出る生命力は身体に良い影響を及ぼすだけではなく、今のウルのように本能に近い衝動に駆られやすくさせてしまう。


「ずっと我慢して強がっていたんだけど、キミを見ているとどうしても抑えきれないんだ。この身体の持ち主である勇者クンが暴れているのか、はたまた魂の反発なのか……」

「しっ、知らないわよ!! そんなこと、私に言われたって……ど、どうすればいいの!?」


 もはや敵同士だという事も忘れ、夜中の墓地で若い男女がアタフタしている様は滑稽だ。


 だがそんなことをしているうちにも、ウルはどんどん弱ってきてしまっている。

 ただの魔王だったならそのまま見捨てる一択なのだが、そうも言ってはいられない。

 かといって、モナはどうしたらいいのか分からない。



「くっ……この昂りを鎮めないと……ううっ、きっと容れ物であるレオのカラダも、この俺の魂も……きっと崩壊してしまう、だろう……」

「ちょっと、なんでそんなことに……ど、どうすれば……」


 何もしないわけにもいかず、まずは癒しの魔法を掛けてみるも彼の容体は一向に良くなる気配がない。

 モナにもたれ掛かるようにしてゼェゼェと荒い息を吐いていて、呼吸をするのもかなり辛そうだ。こんな状態じゃ医者に連れていくことも出来ない。


(すごい熱……それに脈も。汗も止まらないみたいだし、いったいどうすればいいの……)



 このままでは二人とも魂が壊れてしまう。

 そんなことは絶対に許容できない。

 しかし世界きっての癒し手である聖女のモナですら彼を救う方法が見つからなかった。

 どんなに上級の回復魔法も、壊れてしまった魂を修復することまではできないのだ。


「お願いだ、モナ。せめて、魔力の暴走さえ押さえてくれれば……ああっ、後は俺が……っっ」

「魔力の暴走!? そうよ、魔力を発散させれば良いのね。発散の方法は……って、貴方まさか……!!」



 魔法があるこの世界で魔力の発散の方法とは二つの方法しかない。


 ひとつは魔法の行使。

 魔力を使って発現する魔法を使えば、その分のコストは消費することが出来るのだ。


 しかし、その方法は今ここでは使えない。

 さっきのやり取りでも言った通り、こんなところで魔王が魔法なんて使ったらこの王都が綺麗さっぱり吹っ飛んでしまう。



 そしてもう一つの方法とは。

 魔力の源である生命力を体外に放出するという手段である。

 生命力、もしくは生命の塊そのもの……つまりは。


「ちょっと、アンタ……!!」

「頼む、自分でどうにかするから……モナにはただ、俺に触れていて欲しいんだ……」







――――――――――――――――――――――――――――――

お待たせするのは申し訳ないので次話を21時に投稿します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る