第14話 せめての親心の話 その2

前回までのあらすじ。


 サクの正体はサナの生みの親だった。

 しかし、サクはその事実を隠したままサナの元を去るつもりだという。

 よりよい解決策があるのではと考えたコンは、サクとバイクの二人乗りで出かけることに。

 その道中、サクはある住宅の前でバイクを止めると、無理やり鍵を開けて侵入するのだった。


「お邪魔しまーす」

 サクは堂々と家の中に入り、コンもそれに続く。

 家の中は物が多く、埃っぽく、蒸し暑く、カビ臭い。

 無言のまま廊下を進み、一番奥へ。

 そこはダイニングキッチンになっていた。

 シンクの上に、微かに錆が浮いた包丁が置かれている。

 床に初老の女性が倒れていた。

「やっぱり」

 サクは残念そうにつぶやく。

 女性からは微かに腐敗臭がした。

 サクは長く息を吐き、天井を見上げる。

「あの、あなた方は……」

 おもむろに声がした。

 サクとコンが視線をむける。

 一家での食事に使われていたであろうテーブルとそれを取り囲む四脚の椅子。そのうちの一つに、不安げな表情の女性がいた。

 その女性は、床に倒れていた人物と全く同じ外見だった。

「ごめんなさいね。勝手にあがらせてもらってます。私は化けギツネの長尾サク。こちらは、幽霊の八重垣コンちゃん」

 サクは簡単に自己紹介した。

「キツネと、幽霊……。じゃあ、私は……」

 椅子に座ってた女性は戸惑うようにサクとコンを交互に見る。

「あなたは亡くなられたんです。そして、体と魂が分離したんですね」

 サクはしゃがむと、床に倒れている女性の体まぶたを閉じた。

「死んでしまった……やっぱり……どうしよう。あの子が、あの子は」

 女性の幽霊は大きく息を吐いた。

「お子さんがいらっしゃるんですね」

 サクは天井を見上げる。

「はい。今年三十五歳になる息子が。お恥ずかしながら、十五のときから、いわゆるニートでして」

 サクはまっすぐに女性の幽霊を見つめる。

「死んだヒトの魂は死者の国へと行かなければなりません。でも……」

「あの子をおいてなんていけません!」

 女性の幽霊は強い口調でサクの言葉を遮った。

「ですよね。だから、私たちに手助けさせてもらえませんか? 残した“想い”を無駄にしない為に」

 サクの言葉に、女性の幽霊は小さくうなずき、語りはじめる。

「あの子、昔から真面目で、ちょっと不器用だけど、優しい子だった。でも、高校に上がったときにクラスに馴染めなかったみたいで、それ以来引きこもっちゃって」

「旦那さんは?」

「あの子が引きこもりはじめた頃に家を出ていって、離婚届だけが郵送で……。私は体が弱くて、なんとかパートをしながら食いつないでいたのですが、それも厳しく、最近は生活保護をもらっていました」

 女性の幽霊はうなだれ、長く息を吐く。

「あの子が、あの子だけが心配なんです」

 女性の幽霊はうつむいたまま、うなるように言った。


 サクは家の二階のある一室の前にやってきた。

 木製の扉は固く閉ざされ、静まりかえっていた。

 サクは扉をノックした。

「こんにちは。ちょっとお時間いいですか?」

 しかし返事はない。

 サクはもう一度ノックする。

「こんにちは。いますよね」

「おばさん……誰?」

 部屋の中から声がした。擦れた男性の声だった。

 サクは頬を膨らませる。

「おばさんって、あなた三十五でしょ? 私と三つしか変わらないよ」

 すると、ドアのむこうはシンと静まりかえった。

 サクはため息をついて、埃がたまった床に座る。

「私は偶然通りかかって、臭いがしたんでお邪魔させてもらっただけ。お母様が亡くなられたの、気付いてるよね」

 返事がない。

「まあ、どうしていいかわかんないよね。私も、お父さんが死んじゃったときも、お母さんが死んじゃったときも、どうしようって不安で、結局必要なことは全部、お兄ちゃんとお姉ちゃんがやってくれた」

 サクは閉ざされている扉にもたれかかる。

「少し、お話ししませんか?」


 一方その頃、コンは台所にいた。

 コンと女性の幽霊。二人でむかい合い、テーブルをはさんで座る。

「そう。あなたは殺されちゃったの」

 女性の幽霊は自分のことのように悲し気に言った。

「死ぬ瞬間、苦しかった?」

 問いに、コンは首を横に振る。

「お腹が熱くて、見たら包丁が刺さってました。私、料理好きやから、包丁をそんなふうに使われたことに腹がたって、それから私を刺したヒトが自分の子供を抱きしめているのが見えて、うらやましいなって思いました。そこまでです」

 コンは自分の腹部に手を当てた。あの日、包丁で刺された場所。

「……そう」

 女性の幽霊は長く息を吐いた。

「私、何度かあの子を殺そうとしたこと思ったことがあるの。私が死ぬ直前も、殺しにいこうとしていた」

 女性の幽霊はシンクに目をむける。

 そこには微かに茶色い錆が浮いた包丁が置かれていた。

「幸せに生きてほしい。でも、私にはあの子がこのまま幸せになれる未来が見えない。ならいっそ、殺してしまう方がいいんじゃないかとも思う。あの子は、私がいないと何もできないから」

 コンはため息をついた。

「お子さんを思う気持ちは立派だと思います。でも、あなたは傲慢です」


 一方その頃、二階。

 サクは固く閉ざされた扉にもたれかかるように座り、内側の男性に言葉を投げかける。

「お母さん、お料理上手だった?」

「……普通」

「私の家は、お料理屋さんだったからとってもご飯美味しかった」

「……もう、帰ってください」

 男性はやや不機嫌なようだ。

「やだ」

 サクは子供っぽい口調で言った。

「乗りかかった船だから、無事に港に着くまで降りないよ。だから、ねえ、教えて。あなたの想い」

 しばしの沈黙のあと、ゆっくりと男性は語り始めた。

「ガキの頃から、両親には頑張れって言われ続けた。だから頑張って勉強した。小学校でも、中学校でも、一番の成績をとった。やりたくないけど学級委員もやった。遊びに行きたいけど、ボランティアに参加した」

 ドンっ、と大きな音がした。

 男性が壁を殴ったようだ。

 しかしサクは動じる様子無く静かに問いかける。

「それから?」

「小学校で頑張れば、中学校は楽しくなるって言われた。中学校で頑張れば高校で幸せになれるって言われた。だから頑張った」

 男性は「なのに」と言葉を繋ぐ。

「高校に入ったら、明るくて誰とでも話せるヤツがクラスの中心だった。勉強すればするほど、ガリ勉とからかわれて……」

 サクは無言でうなずく。

「今日頑張れば明日は幸せになれると思ってた。それをずっと続けてきた。なのに、ボクは幸せになれなかった」

 サクは長い溜息をついた。

「あなたはバカだね」

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