schiller0短編集

野林緑里

月は見ている

「アキラは、これから何を見つけるのだろうな」


 子供たちを寝かせ終えた虎太郎は、縁側で空を見上げていたアキラの隣に座るなり、日本酒を一口飲むなり、どこか遠い目をしながら、つぶやいた。


「珍しいな。日本酒苦手じゃなかったか?」


「しょうがねえだろう?冷蔵庫の中には日本酒しかなかったんだよ」


 そう言いながら、虎太郎はお猪口をアキラに差し出した。


「ほれ、飲め。祝いの酒だ」


「虎太郎。俺、まだ未成年だぜ」


「いいんだよ。このご時世。法なんてあってないようなもんじゃないか」


 確かにそうかもしれない。


 最近の日本は、混沌の中にいた。


 いまから25年前、政府が打ち出した《かぐや郷建設事業法案》の可決をきっかけに日本の情勢は悪化の糸をたどることになった。


 それは《かぐや郷》という月面基地の開発には多くの費用が掛かり、それを税金で賄おうとしたために、莫大な税を払うことになり、国民の暮らしは圧迫した。同時に当初の首相の独裁的な政治体制は政府内の混乱のみならず、民間にも大きな影響を及ぼし、国を根本から変えようとする勢力が誕生したという。


 その勢力と政府との激突は、泥沼化し、日本国における内戦状態はもうずいぶん長いこと続いていた。


 それにより、法律は成り立たなくなっており、国民は好き放題している始末だ。


 いわば、幕末の動乱さながらの革命の嵐の中にいた。


 そんな時代だから、動乱に巻き込まれた一般市民に犠牲者が出て、多くの孤児を生んだ。


 虎太郎は、そんな孤児を引き取って育てていた。アキラもその一人であり、虎太郎の第一子にあたるとともに、整備士としはての虎太郎の一番弟子でもあった。


 そんな彼が、虎太郎が立ち上げた孤児院兼整備工場から旅立つことになった。


 とまどいながらも、アキラは虎太郎に進められるまま、お猪口いっぱい分の日本酒を口に入れると同時にむせた。


 なんだ。この味は……。


 初めて飲む酒は、正直うまいとは言えない。ただ苦いだけだ。どうして、こんなものをうまそうに大人たちは飲むのだろうかと、その時アキラは思った。


「アキラには、早かったかな。それじゃ、残りは俺が飲むとするか」


 そう言いながら、いかにもおいしそうに虎太郎は、日本酒を飲みながら、ぽっかり浮かぶ月を見上げた。


「あそこになにがあるか知ってぃるか?」


「知らねえ。虎太郎は、知ってぃるのか?」


「まあな。おれも昔、月で働いていたからな」


「知っている」


「ただの虚像さ」


「虚像?」


「お前はどう見えるのかはしらねえ。俺にしてみれば、虚像だった。足もついていない宙ぶらりん。結局のところ、俺の居場所じゃなかったということさ」


「よくわからない。てめえのいうことは……」


「はははは。そうだろうよ。俺はお前じゃねえ。お前もおれじゃねえ。互いにすべて腹を割っているわけじゃないからな。意味なんて、てめえで見つけろということさ」


 そういいながら、再び酒に口をつける。


 この男に拾われて十年になるが、いまいちわからない男だ。


 いったい、この男はなにものなのか。


 アキラは、再び月を見上げた。


 あそこに答えがあるのかもしれないと思った。


 なぜなら、あの月は、隣で酒を飲んでいる男が毎晩のようにもの寂しげにみていたものだからだ。



 

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