第71話 プランB
「さぁ、誰とデートする? ぼくだよね?」
「いいえ、私に決まってます」
「こりゃあもうダントツでおれだろうな!」
ずずい、と近付いてくる顔面偏差値七十超えを「だーから、全員却下だっての!」とぐぐーっと押し戻す。ちなみに、ダントツでお前ではない。
なんでぇ? と垂れ耳をさらに寝かせて瞳をうるうるさせるおパさんにはちょっと絆されそうになるけれども、もちろんそれは胸キュン的なアレではなく、母性の方である。坊や、泣かないのよ、おーよしよし。
「別にただの散歩とか、本屋立ち読みとか、買い食いくらいなら付き合うけどさ、その後にちゅーとかすんのは絶対駄目! 何なの今日?! 何でそんなにがっついてんのよ!」
もうね、尻尾がすごいことになってんのよ。
これね、あたしにしか見えてないけどね? もふもふとかじゃないから。ばっふんばっふんだから。そんな勢いだから。発情期かよ! いや、発情期ってこんな風になんの? ていうか、獅子はまだライオンだからわかるけど(ライオンだよね?)狛犬って発情期とかあんの?
ついつい最後のお客さんの存在を忘れてそんなことを捲し立てると、ばっふばっふと元気いっぱいの尻尾の勢いがほんの少し緩んだ。そして、似てるようで似ていない三人は、一様にきょとんと眼を丸くして首を傾げる。
「だってさ」
最初に口を開いたのはおパさんだ。おお、さすがは一番お兄ちゃん。
「慶次郎に全然届かないんだもん」
「はぁ?」
「せっかく我々があれこれ動いているのに、全然響いてないんですよ」
「何のこと?」
「おれ達だってな? 別にいままでも好きで散歩だの立ち読みだのしてたわけじゃないんだぜ? まぁ、いまはもうライフワークになっちまったけど」
「ううん? どういうこと?」
だーってさぁ、と頬を膨らませて、純コさんが語り出す。
「慶次郎、全ッ然外の世界に目を向けねぇんだもんよぉ」
「だからぼくら、一生懸命外の世界を伝えようと思ってさぁ」
「我々のプレゼン能力が未熟だったのは認めますが」
いやいやいやいや。何? プレゼンだったわけ? あのね、そういうのプレゼンって言わないからね? 未熟とかそういう次元じゃないから!
ていうか、プレゼンだったとしても逆効果だから! 慶次郎さん、めっちゃ迷惑がってましたけど?! 言うこときかねぇ、全然帰ってこねぇって。こんな言い方じゃなかったけど。
「今日も葉月とお出掛けだっていうから、いよいよか!? って期待してたんだけどな」
「どうせほんとにご飯だけ食べて終わりなんでしょう? 情けない」
「絶対仲良く手ぇ繋いで帰って来ると思ったのに! 慶次郎はほんとヘタレだよねぇ。信じらんない」
「だからさ、おれ達がぐいぐい迫れば、『ちょっと待ったー! 葉月はおれのだー!』ってなるかな、って」
「これがプランBです」
雑過ぎる! 麦さん、いくら眼鏡をきらりとさせても駄目だから! 何かものすごい作戦っぽい雰囲気出してるけど、全然だから! 中身ザルだから! これがプランBです! じゃねぇわ! あと純コさん、慶次郎さんは自分のこと『おれ』とか言わないから!
己の式神達に囲まれて、馬鹿でかいため息を吐き出されている慶次郎さんは、どこからどう見ても年の近いアルバイト達に舐められまくっている若店長である。どうする、どう出る? とついつい他人事のように見てしまうけれども、一応あたしも渦中の人なんだよなぁ。
「ちょっと待って。あの、手、手は繋いだよ! 繋ぎましたよね、はっちゃん?」
「ちょ、あたしに振る? そこ?!」
傍観者の振りをしてたらとんだ流れ弾なんですけど!
「えっと、まぁ、うん、一応」
ゴニョゴニョと返すが、式神達はまだ納得がいかない様子である。「でも!」とおパさんがさらに一歩前に出た。
「じゃ、ちゅーは?」
「ええっ?! し、してないよ!」
「何でさ! だって歓太郎があと一歩のところまで来てるって言ってたよ!?」
「そうだそうだ。こないだ抱き合ってたって言ってたもんなぁ」
あンのわいせつ神主! ペラペラしゃべりやがって!
次に会ったら鈍器で殴ってやる! 大丈夫、殺意はないからセーフ!(※アウトです)
「慶次郎、いまからでも遅くはありません。男らしくびしっと決めなさい」
「そうだよ慶次郎。うかうかしてると歓太郎にとられちゃうよ?」
「何ならいますぐあのお客さん帰らせるし」
「ちょ、ちょっと待って!」
じりじりと迫って来るケモ耳達を必死に押し返し、慶次郎さんは尚も「待って」と声を上げた。
「男らしくびしっと決めたい気持ちもあるし、歓太郎にはっちゃんをとられるのだって絶対嫌だけど――」
そこまで言うと、ケモ耳ーズはそろって「おお」と感嘆の声を上げた。気持ちはわかる。あたしも「おお」って思ったもん。
嫌だけど、の続きは一体何だろう。
ケモ耳達がごくりと唾を飲む。
何となくあたしも飲む。
たぶんお客さんも絶対聞き耳立ててるから飲んでるはず。
何この店、カフェなのに飲んでんのコーヒーじゃなくて唾かよ。
「お客さんを無理やり帰すのは駄目だよ。ゆっくりしていってもらわなくちゃ」
そこか――いっ!
いや、まぁ、大事よ?
その気持ちは大事!
お客さんは大事だもんね? 偉いぞ店長!
そうなんだけど、そうじゃなくてね?
あのね、慶次郎さん、見えてるかな? 当のお客さんもね? ちょっとズコーってなってるの。私かーい、ってたぶん心の中で突っ込んでると思う。
いやあたしもね?
確かにお客さんの存在は気になってたよ?
それにもちろん、店を私物化すんじゃねぇって気持ちも途中まではあった。
だけどね、なんだろ、多分なんだけど、そのお客さんもね、恐らくいまのこのやりとりの続きが気になってたはずだと思うのね? 違ったら申し訳ないけど。もしね? あーもーいたたまれないわぁー、って思うような人ならね、前の二組がお会計した時点で帰り仕度始めてるはずなのよ。それなのにほぼほぼ溶けた氷で薄まったアイスミルクティーか何かをちびちび飲みながらこっちチラチラ見てんだから、こっちの様子が気になってんのよ確実に。確実にって言っちゃったけど。あのね、サングラスかけててもこっち見てるのバレバレだからね?
そんで正直あたしとしてはね? ちょっとだけ期待したのよ。
そりゃあこんな場で? とは思ったけどさ。
「だから、三人共……」
「ほえ?」
てっきりいまので話は終わりかと油断していたあたしの手を、慶次郎さんがぎゅっと握った。あいている方の手でしゅるりとエプロンの紐を解き、手早く脱ぐと、それをおパさんに押し付ける。
「ごめん、やっぱりもう少しだけ時間をもらう。はっちゃん、すみません」
「――おわぁ!?」
何がすみませんなんだ、と尋ねるより早く、ぐい、と手を引かれた。
ととと、とよろめいて、体勢を立て直そうとするけれども、何だか足がふわふわして妙な感じである。かろうじて爪先が地面についている程度というか、爪先で地面を搔いているというか。これはもうアレだ、確実に数センチ浮いている。
するり、と滑るように引っ張られ、独りでに開いた勝手口に吸い込まれるようにして、あたし達は外へ出た。
「ちょ、ちょっと慶次郎さん?! てんめぇ、これアレだろ! 何か式神的なアレだろ!」
「すみません! もう居ても立っても居られず」
「居ても立っても居られずって何がよ! いたたまれない、の間違いでしょ!?」
確かにあれはあたしもいたたまれなかった。あの場からどうやって逃げ出そうかな、あたしだけならこっそり消えても良いかなとか、そんなことよぎったもん。
「違います。合ってます。だって」
あっという間にここは神社である。風のように石段を上り、鳥居を潜って、参道――もちろん真ん中は神様が歩くところだから端っこだ――を通り抜けたのだ。そしてあたし達はかなり年季の入っているお賽銭箱の前に立っている。参拝客も一人もいない。
だって、何よ。
まだ繋がれたままの手を、くい、と引く。
あの日、みかどから連れ出したのはあたしの方だったのに。今日は逆だ。だけどまだここは彼の結界の中だ。それがちょっと落ち着かない。
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