第49話 星が重なる日
何かもうどうでも良いや。
夜だしな、うん。
それくらいの部屋着着てる人なんて星の数ほどいるよな。いや、星の数ほどはいねぇよ。
そんなことを思いながら、コンビニまでの道を歩く。良い感じに人通りもない。日中も大して賑わっている通りでもなく、よくもまぁこんなところにカフェなんて建てたものだと思ったものだが、裏の神社ありきの立地なわけだから、仕方ないのだろう。そう考えると一日トータルで十組も入れば繁盛している方なのかもしれない。
慶次郎さんは例の『口八丁手八丁豆腐八丁』Tシャツと、ハーフパンツ姿である。ハーフパンツはあれだな、歓太郎さんとお揃いだな。兄弟仲のよろしいことで。だったらシャツもおんなじの選んでやれや、あの腹黒わいせつ神主!
さすがにコンビニは数回行ったことがあるだけあって、慶次郎さんはおろおろと涙目になることもなかった。せっかくだからと彼の分も買って、再び来た道を戻る。
「何か意外だなぁ」
「何がですか?」
「慶次郎さんも『ゴリゴリ君』とか食べるのね」
彼が選んだのはゴリゴリ君のソーダ味である。
「食べますよ。そんなに意外でしたか?」
「なんかさ、やっぱり『和』のイメージっていうか。抹茶とか、小豆とかそういうのかな、って」
「成る程。抹茶も小豆も好きですけどね。たまにはこういうのも食べたくなります。はっちゃんはイメージ通りですね」
「え? そう?」
そう言いながら袋の中を覗き込む。あたしが買ったのは
いや、これ美味しいのよ。いろんな果物がマジでごろごろ入っててさぁ。
これのどの辺がイメージ通りかわからないけど、真っ白いヨーグルトアイスに色とりどりの果物が埋め込まれた感じのカラフルなアイスバーである。あれか? 騒がしいって意味か?! よし、その喧嘩買った!
「色鮮やかで、可愛らしいです」
「――ぶふぉっ?! 何言ってんだ!」
「え? 何かおかしいこと言いましたか?」
「全体的におかしいでしょ!」
「そうでしょうか」
別にお世辞とか言わんでも、と言いかけて気付く。いや、慶次郎さんの場合、お世辞とか言えるタイプじゃねぇな、と。だとしても、あたしはそんな可愛いキャラじゃないのよ。アイスで例えるならそうだなぁ、もうガリッガリのナッツとか固いクッキーとかが混ぜ込まれた感じの岩山みたいなチョコアイス! 見た目もカロリーもアメリカーンなやつよ。どう考えてもこんな見た目も味も爽やかで『THE女の子』な可愛いやつではない。
「あーもー、何か
はっちゃん食べ歩きは行儀が……、という優等生の声を完全に無視して、彼が持っているレジ袋に手を突っ込み、アイスを引き抜いた。バリっと袋を開け、アイスバーを取り出す。もう出しちゃったもんね、と睨んでからがぶりと齧れば、口いっぱいに広がるのは甘酸っぱいヨーグルトの味だ。
おお、一口目は桃だ。と目を細めていると、隣から何やらガサガサという音が聞こえた。見れば慶次郎さんもゴリゴリ君の袋を開けている。
「おい、食べ歩きが何だって、優等生?」
「僕は別に優等生じゃありませんよ」
ちょっと恨めしそうにこちらを見つめつつ、ゴリゴリ君の角を控えめにかじる。何かそういうところもちょっと意外だ。
「慶次郎さんもがぶっといくんだね。一口があたしの半分くらいだけど」
「はい?」
「いや、ゴリゴリ君チョイスもそうなんだけど、慶次郎さんの場合さ、きちーんと正座してカップのアイスをお上品に食べるイメージだったから」
それもあの普通のスプーンじゃなくて木のやつね、と言うと、彼はぷっと吹き出した。
「僕はそんなにお上品じゃないですよ」
「いーや! お上品だね! 焼き鳥も串から外してちまちま食べそう」
「そんなことありません。がぶっといきます」
「フライドチキンとか手掴みで食べたことないでしょ」
「ありますって」
「ハンバーガーもナイフとフォーク使ったりして。いや、お箸かな」
「いいえ」
「えぇー、なぁんだぁ」
「というよりも」
「うん?」
しゃくしゃくとゴリゴリ君を食べていた慶次郎さんがぴたりと止まる。棒の周りをあらかた食べてしまい、あとは中心部分のみである。
「食べたことないです、ハンバーガー」
「えええ? 嘘ぉ!?」
あれって最早国民食でしょうよ!
「ハンバーガーってあれよ? シャレオツなカフェとかのやつじゃなくてよ? ほんともうその辺のファストフードのやつだよ?」
「はい」
「ドナルド・バーガー行ったことないの?」
「ないです」
「
「ないです」
「嘘だ!」
「嘘じゃないですって」
「まぁ、慶次郎さんは嘘なんかつかないだろうけど。えー、でも信じがたいなぁ。だってほら、ドナバなんかさ、学校帰りに友達とふらっと――」
そこまで言って、んぐ、と声を詰まらせた。
だからだ。
慶次郎さんはその『学校帰りに友達とふらっと』がないのだ。
軽く上を向いて、棒にくっついているアイスを齧っている慶次郎さんを見る。あぁやっぱり最後はそうやって食べるよな、なんて思いつつ。あたしもさっさと食べてしまわないと、と残りわずかのアイスに齧りついた。
棒をアイスの袋に入れて、慶次郎さんが手に持っているレジ袋の中に入れる。彼もまたその中に棒入りのアイスの袋を入れた。
「慶次郎さん、今度さ、ハンバーガー食べに行こうか」
「え?」
「お店閉めた後とか。おパさんには予め言っておいてさ。あっ、いっそ皆で行けば良くない?」
「行きたいです。でも……」
「たまには良いじゃん」
「あの、まぁ、そうなんですけど。そうじゃなくて」
「何? もしかして何かアレルギーとかあった?」
いやでもアレルギーでハンバーガーがアウトなのだとしたら、普段食べてるやつにも何かしら影響ありそうだけどなぁ、などとぶつぶつ言っていると。
「来たんです」
ぽつ、と囁くような声だった。
夜で良かった。
たまたま車も通ってなくて、虫の声くらいしかない、静かな夜で良かったと思うくらい、小さな声だった。
「来たって、何が」
「『機』です。先輩とはっちゃんの星が重なる時が来たんです」
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