第45話 いたんだ?!
「それで、あの……」
わざわざ席を変えてまで話したかったことがこれなのだろうか。だとしたら話はこれでおしまいだ。そう思ってそわそわと身体を揺らす。慶次郎さんとの関係を疑うというのなら、いまのこの状態だって同様である。まぁぶっちゃけ加賀見部長とはこれまでこうやって二人きりで話す機会もそんなになかったし。
そろそろあたしは、と空の湯呑を手に腰を浮かせると、「待って待って」と焦ったような声を出す。
「いや、本題は違うんだ」
「あ、そうなんですか」
なぁんだ、と再び腰を落ち着ける。
「あのさ、磯間のことなんだけど」
「リク先輩が、どうかしました?」
「うん、たぶん蓬田は知らなかったんじゃないかと思うんだけどさ」
「何がです?」
えっと、ううん、実はさ、と言いながらも、ちっともその先が出て来ない。よほど言い難いことなのだろう。何となく予想がついた気がして冷や汗が流れる。
「あの、さ。あいつ、彼女いるんだよな」
「えっ、あ、そ、そう、なんですか」
全く知らなかった。
ていうか、彼女いるんなら、いくらサークルの後輩でも頻繁にメッセージ送ったり、一緒に出掛けたりしちゃまずくない? そりゃあ加賀見部長もいたけどさ! あっ、何、もしかしてそのためにいっつも部長同伴だったってこと!?
「やっぱり知らなかったよな?」
「は、はい」
一言言ってくれれば良かったのに。
そうしたら、ここまで好きにならなかったかもしれないし。
告白だって。
「あ――……、でもさ」
ずぅん、と沈み、額が卓に接しそうなくらいに肩を落としていると、再び、とんとん、という卓を叩く音が聞こえて来た。つい、それにつられて顔を上げてしまう。もう条件反射ってやつだ。
「正直なところ、あんまりうまくいってる感じじゃないんだよ。結構長いんだけどさ。ずっと遠距離だし。それにほら、あいつ、休みの日も野鳥ばっかり撮りに行くだろ?」
「まぁ……確かに」
野鳥ばっかり撮ってるし、あたし達と家電屋さん巡りとかしちゃうし?
普通は――って、あたしはその普通のカップルってやつを実はよく知らないけど、だけど、普通は休みの日には彼女と会ったりするものなんじゃないだろうか。まぁ、どれくらいの遠距離かにもよるけど。
「ま、そう見えるってだけだから、本当のところはわかんないんだけどね。あいつと結構付き合い長いんだけど、彼女の話とかほとんど聞かないしさ。まぁ、別れたって話は聞かないし、たまに電話してるのを見たりするから、付き合ってはいるんだろうけど」
「はぁ」
もしかしたら、『機』っていうのは、彼女さんと別れたタイミングでやってくるのかもしれない。
そんなことを考える。
こう言っちゃなんだけど、遠くにいてなかなか会えない彼女よりは、やっぱり近くにいる方が良いと思うし。それにほら、あたしだったら、一緒に写真撮りに行けるしさ。
告白した時に彼女がいるって言わなかったのだって、もしかしたら、ほんっとーに、もしかしたらだけど、もうすぐ別れるつもりだから、かもしれないじゃない。
我ながら、嫌なことを考えてるとは思う。自覚はある。
だけど、あたしだってリク先輩の彼女になりたい。
もしあたしだったら、どんな事情があって遠距離になったかはわからないけど、絶対についていく。離れたりしない。ずっと近くにいて、何なら同棲なんかしちゃったりして、そしたら料理だって頑張るしさ、先輩を飽きさせないようにあの手この手で――、
なんて一人で妄想を爆発させていると、そんでさ、と部長が身を乗り出した。
「蓬田、明後日誕生日だろ」
「――へ? いきなり何ですか?! ていうか何でご存知なんですか? あたし言いましたっけ」
「聞いたわけじゃないけど、入部届にさ」
「あぁ!」
書いた書いた。そういや書くところあったわ。えー、何。お祝いでもしてくれる気なの? いやー部長に祝われてもなぁ。
そんなあたしの心を読んだのだろうか、部長は顔の間で手をパタパタと振ってみせた。
「違う違う。俺一人が祝うとかじゃなくて」
「へ?」
「ほら、磯間も一緒にさ。飯とかどうかなって」
「うぇっ!?」
「いや、もしあの店長さんとってのがあったらやめようかと思ったんだけどさ。だって、蓬田も磯間とこのままなんて気まずいだろ?」
「それは……まぁ」
いくらいずれ確実に縁を結べる時が来るとわかっていても、だ。
あまりうまくいっていない(らしい)彼女さんと別れるのだって、数ヶ月、いや、数年先のことかもしれないのである。それまで悶々と過ごすより、出来ることなら告白前の関係に戻りたい。最初は多少(多少どころじゃないけど)気まずくても、だ。
「実はさ、磯間には先に話してあるんだ。もし蓬田が他の友達とか家族と祝うってんなら無理にとは言わないんだけど、あいつも快諾してた」
「か、快諾ですか」
「まぁ、あいつもこのままぎくしゃくしてんのは嫌なんだろ」
「何か気を使わせちゃいましたね、あはは」
「これをきっかけにさ、また三人で遊びに行けたりとか出来れば良いよな、って俺も思うし」
まぁあたし的には部長はいなくても全然、うん。
「ってなわけなんだけど、どう?」
「どうって……、いや、むしろお願いします、っていうか」
「よっしゃ、決まり。二十歳のお祝いだから、酒も解禁だな」
「あー、そっか。そうですね」
「蓬田、飲める方かな?」
「どうでしょ。一応、両親がどっちも飲むタイプなんで、全く飲めないってことはなさそうですけど」
「ほう、てことはちゃんと法を守ってたんだな? 感心感心」
「という口ぶりからして、部長は未成年でも飲んでましたね?」
「いやー、ノーコメントで、ハハハ」
互いに軽口で笑い合い、それじゃそろそろお暇するかな、と立ち上がる。
「それじゃこの後磯間と場所決めて、明日の夜にでも集合場所とか連絡するから。あっ、彼女の話、俺から聞いたって内緒だぞ」
そう言って会計を済ませ、部長は店を出て行った。
最後のお客が帰ったということで、本格的に店じまいである。けれども時刻はまだ十八時。どう考えてもカフェが閉まる時間ではない。
「はっちゃん、ご飯食べて行きますよね?」
「あー、うん、良いの?」
「もちろん。おパはずっとそのつもりですよ」
「それじゃあ食べないわけには行かないなぁ」
今日のご飯何だろ、と何の気なしに呟くと、「何だか嬉しそうですね」と聞こえてくる。いつもと変わらない、落ち着いたトーンだ。そう思うのに、どことなく寂しそうに聞こえたのはなぜだろう。ちらりと表情を伺うと、やはりどこも変わらない。ふわっとした優しい笑みを浮かべた慶次郎さんだ。
「んー、明後日の誕生日、先輩がお祝いしてくれるって」
「先輩って、あの?」
「そ、リク先輩。と、あと、さっきの部長」
「それは、良かったですね」
あぁまただ。
いつもと変わらないはずなのに、ほんの少しだけ、声に陰りがあるように聞こえる。その文句なしの笑みだって、どこも引き攣ってなんかいないし、無理をしているようにも見えないのに。それが何だかざわざわする。
「あ――……でも、大丈夫なのかな」
「大丈夫、とは?」
「その、『機』ってやつに影響とかあったりしない? 何ていうか、勝手に動いたせいで運命が変わっちゃう的な。だったら別に断わっても――」
「そんなことはありません。人が動いたところで、星の動きは変わりませんよ」
「星? 『機』って星関係あるの?」
「あります」
す、と天井を指差すが、もちろんそこに星があるわけもないし、そもそも外だってまだ暗くもない。
「そんじゃ、星占いとかもあながち間違いじゃないってこと?」
「もちろん。ですが、あれはあくまでも個人に向けたものではありませんからね。その期間に生まれた人全員に向けて、ですから。そうなると当たり外れも当然出てきます」
「成る程ねぇ」
そりゃそうだわねぇ、と呟く。
あらかた片付け終わり、そんじゃ
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