第28.5話 居残り組(式神+サボり神主)
「やぁ――っと行ったねぇ」
肩をいからせてずんずん歩く葉月の後ろをひょこひょことついて行く慶次郎を見送って、金色耳のおパがホッと胸を撫で下ろす。
「これで少しは変わってくれると良いんですけどねぇ」
腕を組み、はぁ、と大きなため息をつく白色耳の麦の肩を叩いて「無茶言うなよ」と苦笑したのは焦げ茶耳の純コである。
そんな中、
「さすがに今日いきなりすべてが上手くいくとは限らないさ」
腰に手を当てて、歓太郎が、あっはっはと笑う。
「そういやさっき葉月、ぼくらに後で話があるって言ってたね」
「あの感じからして――お説教でしょうか」
「考えられるな。おい、お前達、葉月に何したんだよ」
「何でぼくらなんだよぅ。純コの可能性もあるじゃん!」
「少なくともおれはねぇ! おれは味噌汁のおかわりがどうこうとか、吊り棚から茶葉を落とすようなトラップを仕掛けて慶次郎をいじめてねぇもん」
「ぼくだって別に慶次郎をいじめてなんかないよ!」
「心外ですよ、純コ。私だってトラップを仕掛けているわけではありません」
二人がそう反論するのを、歓太郎はただ目を細めて見守っている。
葉月の話なのではなかったのか、なぜそこで慶次郎をいじめているか否かの話になるのかなどと、突っ込むこともない。
「大体さぁ、純コは慶次郎に過保護なんだよね」
「はぁ? そんなことねぇし」
「過保護ですよ。慶次郎が残したピーマンをこっそり食べているでしょう? 私が気付かないとでも思ってるんですか?」
「だ、だってお前、可哀相じゃねぇか、毎日毎日さぁ」
「そうやって純コが甘やかすから、慶次郎はいつまでもピーマンを克服出来ないんだよ!」
「もっとやり方あんだろ!」
「まぁまぁおパも純コも落ち着いて」
耳と尻尾をぴんと立てて、ぐるると唸りながら向かい合う二人の間に立った麦が、疲れたような声を出す。
「おパは一番お兄ちゃんでしょう。もっと弟に優しく」
「ぼくは優しいよ! 純コがぼくに優しくないんだ!」
「純コ、あなたは末っ子なんですから、もっと兄を敬いなさい」
「はぁ?! 末っ子ったって数日の差だろうが! だいたいこんなふわふわしたやつ敬えるか!」
「ぼくはふわふわしてないよ!」
「してんだよ!」
間に
こほん、と咳払いを一つして、麦に避けるよう促すと、二人の間に割って入る。すぅ、と大きく息を吸い、「まぁまぁお前達」とにんまりと笑って二人を交互に見た。
そして、
「あんまりうるさいと――消すぞ?」
と、その笑顔のまま、一際低い声を出すと、おパと純コはぎくりと肩を震わせた。耳と尻尾がしょんぼりとしぼむ。
「アレが俺の手元にあるということを忘れるな」
二人の肩に手を乗せ、そこにずしりと体重を乗せつつゆっくりと睨みつける。おパは「そんな、それだけは……」と身体を震わせ、純コは「神職の癖に
そのやりとりを見ていた麦は、はぁ、と大きなため息をついて――、
「たかだかゲームのセーブデータごときで」
と冷ややかに言う。
「たかだかじゃないよ! 酷いよ麦!」
「そうだぞ! あの面まで行くの大変なんだからな!」
「そんなに難しくないじゃないですか」
「あーもー! ムカつくぅ~! 自分だけ全クリしたからってさぁ!」
「ちくしょう、歓太郎! 何か裏技とかねぇのかよ!」
「裏技とかそんな卑怯なこと神主の俺が教えるはずないじゃん。あっはっは」
「てことは知ってるんじゃん! ゲームの裏技くらい神様も見逃してくれるよぉ~、歓太郎ぉ~」
「そうだそうだ! 何たって日本の神様は八百万だからな! ていうかおれらも式神だし! そのおれらがオーケーって言ってんだから!」
「おパも純コも正々堂々とプレイなさい、私のように!」
麦がビシッと決めたところで、とりあえず、
「……にしてもさぁ」
社務所のテーブルにお菓子を広げ、それをちょいちょいとつまみながら、おパがぽつりと言う。あっお前その指でコントローラー触んなよな、という純コの指摘に、麦から差し出されたウェットティッシュでそれを拭った。その隙をついて、純コがコントローラーを奪還する。
「慶次郎、ぼくらのこと手懐けるつもりなのかな」
「……そうなんじゃねぇの。だぁぁ、クソ、また落ちた!」
「純コは動きが大きすぎるんですよ。そこはふわっと飛ぶんです。そのための
私がお手本を見せましょう、と手を出すも、いいやもう一回、と純コは譲らない。その様子にやれやれと苦笑してから、麦は言った。
「手懐けるだけじゃなくて、どうやら消したいみたいですよ」
「――えぇっ!? そうなの!?」
「――んなっ!? まじかよ! あぁっ! また同じところで!」
ああもう麦が変なこと言うから! と苛立たしげにコントローラーをテーブルに置き、冷めた茶を飲む。
「変なことではありません。慶次郎と葉月がそんなことを言ってました」
「えぇぇ、葉月もなのぉ〜?」
「むしろ最初にそう言ったのは葉月でしたね」
「うへぇ、マジかぁ。でもまぁ葉月は
おんなじのがほいほい出せるもんだと思ってるんだろ、と言って、再びコントローラーを持つ。次はぼくの番! とそれをおパが奪い取った。
「そうだよ。葉月は悪くないよ」
「随分葉月の肩を持つじゃありませんか」
「え~? だってさぁ、ぼくのこと撫ででくれたもん。絶対良い子だよ。可愛いしさぁ」
にへ、とだらしなく笑いながら、ぽちぽちとボタンを連打する。
「可愛いよなぁ。おれはさ、なんといっても声が元気だから好きだな。はきはきしてて気持ちが良い」
「わかるー! 何かつられて元気になっちゃうよねぇ」
「まぁ私も、あの快活さですとか、切れ味鋭いツッコミは見ていて大変清々しいです」
「だよねだよね」
サロペット姿の修理職人キャラを何度も谷底に落としつつ、三人がわいわいと盛り上がっていると――、
「わかってないなぁお前達!」
と、歓太郎が再び割り込んで来た。
「うわ、また来たぞ、サボり神主」
「サボり神主言うんじゃねぇ。お守りやら御札やらの発送手続きしてきたっつーの。岩手と千葉と三重に発送したっつーの。休憩よ休憩」
いや、そんなことより、と証拠である発送伝票控えをひらひらさせながら、お前達は全然わかってないな、と繰り返した。
「何がわかってないんだよぅ」
「そうですよ、何がわかってないんですか」
「そんで歓太郎に何がわかるってんだよ」
三人がそう反論する。
「いいか、お前達。はっちゃんの一番可愛いところはだな」
もったいつけるように、一度そこで区切り、そして――、
「おれのことを生ごみでも見るかのような目で見つめてくるところに決まってんだろ――!」
うおお、と伝票を持ったまま拳を振り上げて吠える歓太郎に、彼らもまた、締め切った室内(しかも真夏)に一週間ほど放置した生ごみでも見るかのような視線を向けたが、どうやらそれには何も感じないらしかった。
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