第15話 よし、この場から逃げよう!

「はいはい、落ち着いてはっちゃん。お前達もあんまり慶次郎を甘やかすんじゃないよ」


 歓太郎さんがそう言うと、ケモ耳ーズは、耳をへにょりと伏せた。おお、どちらかというとこっちの方が主っぽいじゃん。


「だからさ、何ていうのかな、ジジィ共はそういう感じで慶次郎を使いたかったんだろうな。式神なんかもそこまで大っぴらに使う感じじゃなくて、ここぞって時に大掛かりな儀式っぽいことしつつお披露目~、みたいな。普段は出さなくてもさ、ほら、ガチの陰陽師がいるってだけでもかなりの箔だし」

「箔とかあるんだ……。何か聞きたくなかったなぁ、そういう世界」

「あるある。結構ね、ギラついてるジジィもいるんだから。いや、祈祷とかはね? ちゃんとやってるんだろうけど。でもさ、やっぱ何にしても先立つもんがないと経営ってのは出来ないもんでね?」


 そりゃあ、俺もお守りだの御札だのをネットで売るわけよ、と言って、歓太郎さんは、はぁ、とため息をついた。


 いやマジで知りたくなかったわ、そんなこと。

 えー、何、神社ってのもそういうもんなんだ。何かそういう儲けとかそういうものとは無縁なイメージだったっていうか……。でも確かに御賽銭だけで経営は難しそうだしなぁ。


「でも確かに、そんなすんごい陰陽師がいるってんなら、もっとアピールすりゃあここももうちょっとどうにかなるだろうしねぇ」


 と言って、社務所内をぐるりと見回す。どうやら居住スペースでもあるらしいここは、それなりに大きい建物ではあるんだろうけど、大きな台風でも来れば飛ばされてしまいそうなほどに古い。


「うーん、まぁ、それはそうなんだけどさ。でも、俺にしてみればこれくらいがちょうど良いんだよなぁ。はっちゃんは知らないかもしれないけど、慶次郎で稼がなくたってこれでも地元の人はちょいちょい来てくれんのよ? お参りもそうだし、結婚式だってぜひともここで、ってカップルも来るしさぁ」

「ここでぇ~?」


 いや、さすがにここはどうなの? 

 あたしだったらやっぱりそうだなぁ、チャペルかな。そんでウェディングドレスでさぁ。あーでも先輩なら洋装より和装かな? まぁ白無垢ってのも悪くないけどさぁ。


「いやいやはっちゃんね、ここはさ、縁結びでは実はちょこーっと名の知られたトコなのよ?」

「は? マジ?」

「マジマジ。まぁ、ボロいのは事実だから結婚式の件数は少ないんだけど。だから、ウチのお守り、縁結びとか恋愛祈願のが一番売れてるわけ。これこれ、このピンクのやつ。そんで、ピンクはちょっとベタすぎるんだよなー、って人のために、白、黒、グレーも出してみたんだけど、これがまたウケてさ。次はアースカラーなんてのもどうかなって考え中~」


 そう言いながら例の通販ページを見せて来る。うん、確かにこの年になるといかにもっていうピンクのお守りとか正直恥ずかしいから、そういう配慮はありがたい……って、買わないけどね?! 何だよちくしょう、こいつ商売上手かよ!


「ていうか! 話逸れすぎだから!」


 まぁ流されてるあたしもあたしだけどさ。


「慶次郎さんが何でここを継いでないのかって話じゃなかった?」

 

 どうにか話を戻そうとすると、ケモ耳ーズと慶次郎さん、そして歓太郎さんは揃って「そうだっけ」と首を傾げた。


「はっちゃんに、週二でここに通ってもらうための話じゃなかったですか?」と慶次郎さんが言って、ケモ耳ーズが頷き、


「違うって。はっちゃんと俺がいつここで祝言を挙げるか、って話だろ?」と歓太郎さんがあたしの肩を抱く。


 それを振り解いて、その横っ面をばっちーんと一発。


「い、痛い! うっそマジで?! いま俺ひっぱたかれた?!」

「ひっぱたくわ! 触んな! 誰が祝言なんて挙げるかぁっ! ていうか何、いまの話って最終的にそんなオチに着地するやつだったわけ?! 真剣に聞いて損した!」


 もう付き合ってられるか! 帰る! と立ち上がると、待ってぇぇぇ、と服の裾に縋りついたのはおパさんだ。ぐぬぬ、卑怯だぞ。一番振り解きにくいやつを寄越しやがって。


「放しておパさん。ちょっと長居しすぎたわ。とにかくまぁあれよ。升にコーヒーは淹れんな、以上。そんじゃあね」


 と振り払おうとしたけど、おパさんなかなか強情だな、全然放さねぇでやんの。


「お願い! 行かないで! ねぇ、お願いだよぉ!」

「ええい放せぇ! 伸びる! 服が伸びるから!」

「いいや放すな、おパ! いまおれも加勢する!」


 と、純コさんまで裾を掴む。いや、マジでやめて。この素材、シフォンだから。薄いんだって。その割に高いし。


「二人共、葉月が困っているではありませんか」


 お、おお、麦さんはさすが冷静だ。


「掴むなら腕です。それなら服は伸びません!」


 はい、馬鹿――! そういう問題じゃねぇよ!


「待ってみんな!」


 おお、慶次郎さん! やっぱりアレだな、式神では話が通じねぇ。やっぱ人間じゃないとな、うん。


「はっちゃんの手なら僕が!」


 てめぇ!


「仕方ないなぁ、そんじゃもう片方は俺のためにあけとけよ?」


 こンの馬鹿兄弟いいいいい!


「りょうかいっ!」

「さぁ、慶次郎!」

「来い!」

「ちょ、俺は?!」


 こうなるとやっぱり主は慶次郎さんなんだな、みんな歓太郎さんはスルーだ。じゃなくて。


 三人がパッと手を放したところで、あたしはその隙を逃さずに走り出した。そんなみすみす捕まって堪るかぁっ!


「あぁっ、はっちゃん!」

「わぉ、足はっやー! 良いなぁ、ますます俺好みだなぁ」


 うええん、待ってよぉ、というおパさんの泣き声には正直後ろ髪ひかれる思いではあったが、それを振り切って走った。ゲリラ豪雨の後の地面はぬかるんでいて正直走りづらかったし、靴擦れが痛い。石段を数段降りたところでちらりと後方をチェック。誰も追ってこないのを確認して手すりに凭れて恐る恐る靴を脱いでみる。アキレス腱の下に貼った絆創膏は、さんざんに擦れたらしく半分ほど剥がれており、ほぼ機能しなくなっている。仕方ない、貼り直すか。


「うーわ……。痛いはずだわ」


 ゆっくりとそれを剥がすと、赤く熱を持っていて、しかも水膨れまで出来ている。こんな足でよくもまぁここまで走ったわあたし。


「えっと、水膨れって、潰した方が良いんだっけ……?」


 どうせジーンズだし、と石段に座る。ぶよぶよしているところを押してみるとかなり痛い。中の水を抜いてから貼るべきか、そのまま貼るべきか。


 と。


「――潰しちゃ駄目です」


 そんな声が頭上から降ってきた。


「おあ?」


 と見上げると、声の主は慶次郎さんである。やべぇ! 追いつかれた! 拉致られる! と慌てて腰を浮かせるが、急に立てば危ないです、と肩を押さえられた。その力が案外優しくて、何となく、抵抗出来ない。


「えっと、すみませんでした。長々と引き止めてしまって」

「いや、まぁ良いんだけどさ」

「あの、貼りましょうか。貼りにくくないですか」


 そう言って、あたしのアキレス腱を指差す。まぁぶっちゃけ貼りにくい位置ではある。


「あの、えっと、その、下心とか、そういうのは決して……」

「いや、大丈夫。わかるって、それくらい。そんじゃよろしく」


 と、絆創膏を託す。

 歓太郎さんわいせつ神主なら下心丸出しでエヘエヘしながら貼りそうだけど、慶次郎さんは大丈夫だろう。ていうか、何であんな好かれたんだろうな。まぁ、昔から変なやつに好かれる質ではあるんだけど。


 たぶん、この、胸のせいでな!


 何だよ! みんな乳目当てで近づいてきやがってよぉ!

 なのに本命は見向きもしねぇってどういうことだ! むしろ本命こそ見ろよ! そのための乳だよ! ちくしょう、そのための乳じゃねぇよ!


「……あの、どうかしました?」


 いつの間にか再び込み上げてきた謎の怒りで鼻息をフスフスさせていると、明らかにドン引きしたような表情の慶次郎さんが心配そうに問い掛けて来た。その手には絆創膏がスタンバイされている。


「別に」


 ぶっきらぼうにそう返して、ほい、とアキレス腱を慶次郎さんに向けると、耳まで赤くなった彼は、小声で「失礼します」と言いながら、それを貼ってくれた。


 が。


「あんな、慶次郎さんや」

「は、はい」

「その誠実さ? は買うけどさ。ちゃんと患部を見て貼ってくんない? ニアピンとかそういう位置でもないしね? 掠ってすらいないっつーか、思いっきり、ジーンズの上な。そんでここね、脹脛ふくらはぎっていうんだわ」


 あまりじろじろ見るのは失礼とでも思ったのか、はたまた、余程ウブな質なのかは知らないが、彼はしっかりと目を瞑っていたのである。にしても感触とかで気付いてほしいところだったが。


 ていうか。


 だったら貼りましょうか、とか言うなよ! 無理すんな!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る