第2話 第一章 1 医学用語
約束の時間10分前に約束のカフェに入り、これも私にはお約束の夏でも冬でものアイスコーヒーを飲んでいると約束の時間ほぼ丁度に奴が現れた。
「よっ、久しぶり、どう?」
と聞かれたので、
「ぼちぼちというところかな」
と定石通りに答えておいた。
彼、梅本一義がホットコーヒーを頼み終えたのを見計らって、私は尋ねた。
「で、知らせたいことって何だい?」
「うーん、そうだねー、高校時代の同窓会でもやってみようかと思ってね」
「同窓会のお知らせくらいなら往復はがきでも済ませられるのじゃないか?」
「あー、其れなんだけどねー、まだ決まった訳じゃなくて、やってみようか、みたいな話になってね」
「みたいな話になったって、誰かと話でもしたのかい?」
「そー、あいつなんだけどね、あいつ、あいつの娘が僕の勤めてる病院に入院してきてね。其れでそういうことになったんだよ」
「なんか話の筋道が分かり難いが、そういうことになったんだな?」
「うーん、でねー、丸山のやつがさぁ、同窓会やろうって言ってね」
「あいつとは、高校時代、てか予備校のあの丸山のことなんだな」
「そうだねー、でさぁ丸山の娘がさ、軽ーい腫瘍が出来ちゃいましてね」
「おい、出来ちゃいましてねって何!。しかも軽ーいって何!。っていうか、もうちょっとまとまりのある話し方をしてくれないか?」
「ああー、言いたいことはよく分かるよ。でね、僕が担当医になってね、取り敢えず切っちゃおうか、って話になったのよ」
「おい!確かめておきたいことがあるんだが、癌になったのは確かにあの丸山の娘なんだな! っていうか、とりあえずって何! 癌を切除するんだろ! そこに軽ーいとかあるのか! お前と話をしてると生命の尊厳が感じられない」
「まーねー、今はちょっと落ち着いてさ、僕の話を聞いてよ」
「なんかお前と話をしていると時々イライラしてくるんだが、今が初めてじゃない様な気がする、昔にも同じような事があった様な気がする」
「なんだろうねー、まぁ話を戻すとさ、腫瘍には上皮と非上皮があってね」
「腫瘍にも上品と非上品があるのか?」
「んー?。最後の「ん」、は要らないんだけどね。話を変えよう、腫瘍には悪性と良性があることぐらいは知っているよな?」
「当然だ」
「でさー、悪性腫瘍のことを癌って言ってさ、良性の場合は良性腫瘍って言って癌とは言わないんだよね」
「なるほど、そういう分け方なら理解できる」
「うーん、それは良かった。でさ、丸山の娘さんの場合は良性腫瘍なんだけど念の為に切除しておこうってなったのよ。まだ病理検査に出してみないと分からないんだけどね」
「調理検査って何だ?」
「ほほー、そうきたか。ちょうり、じゃなくて、びょうり、なんだよね。医者によっては最終診断って言う奴もいるが、僕らは外科病理とも言って、手術で摘出した臓器の一部を顕微鏡で見て貰って、臓器の組織構造の異常や、細胞質、核の異常が無いかを調べてもらうんだよ。其処で異常なし、と言われれば不幸中の幸い、めでたしめでたし、で術後状態をみて退院、若しくは退院後に通院して貰ってる間に病理の結果が出る、入院中に病理の結果が出る場合もあるけど、今の時代は長期入院しない限り此方の方がよくあるパターンかな」
「何となく分かってきた」
「おおー、でねー、今の様な話を丸山にしたわけ」
「なるほど」
「そー、そしたらね、丸山の奴がね喜んでね、久しぶりにみんなに会いたいなって言うわけよ」
「娘の良性腫瘍とはいえ、丸山も命に限りがあることを一瞬でも悟ったか」
「どうだかねー、死ぬ前に一目会っておきたい、みたいな事じゃないとは思うんだけど、其れは兎も角もね、どうせ会うなら、あの時に連んでた連中だけで会いたいなって言うんだよ」
「こじんまりした会を作りたい、っていうことだな」
「そうそう、でね、僕もみんなの行方を知っている訳じゃないからさ、お前の知ってる範囲内でさ、連絡取れる奴っているかな?」
「私は、天涯孤独の身だ。卒業しても此方から連絡を取っている奴もいなければ、誰からも連絡なんか無い」
「それねー、それだよねー、自分から連絡もしなければ、連絡してくる奴も減っていくよね。でもさ、あいつとは連絡が取れるんじゃない? リンとはさ」
「あいつは、一方的に手紙をよこして来るだけだ。然も定住していないらしく色んな地方から寄越して来る手紙が年に一回くらいだ」
「そっかー、でもあの時の連中で若しも連絡先の分かる奴を思い出したら、連絡するか僕に教えてくれるとか、そうしてくれないかな?」
「分かった、約束しよう」
「おーそうか、ありがとな」
「いや構わんが、ところでお前、いつから標準語で話をする様になった?」
「んー、そうだねー、いつからだろうか、こっちに転勤してからだと思うけど、まぁ、お前の標準語と同じくらい、いつからか分からないね」
二人とも関西生まれの関西育ち、生粋の関西人である。
兎も角も、これで同窓会をやろうというだけの短くて済む長い話が無事終わった。
店内のスピーカーからは、スティングのイングリッシュマン イン ニューヨークが心地よく流れていた。
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