『真夜中の水族館』

朧塚

夜のアクアリウムの喫茶店。

 私の通っている大学の近くには、深夜二時まで営業しているBARのような雰囲気の喫茶店がある。学校帰りに何度か寄ってみたが、どうもお酒は出さないらしい。

 BARの中は水槽が並んでおり、熱帯魚やらなにやらが飼育されている。亀やエビなど、も飼育している。さながら小さなアクアリウムといった感じだ。

 そこで出されるカレーライスやパスタ、ハンバーグ定食などはとにかく絶品だった。飲み物やケーキ類もボリュームがあってお得感がある。店内には本棚が多く、漫画なども置かれている為に居心地の良い空間として私はその喫茶店でレポートやレジュメなどを書いていた。

「貴方、そこの大学に通っている子?」

 五十は過ぎている、優しげな表情の女性が私に訊ねる。

「はい。そうですけど」

「そうなのね。大学生なら話してもいいわね。このお店、深夜0時を過ぎたら、特別なメニューが出されるの。もし、終電を逃したりしたら、よければいらしてね」

「そうなんですね。覚えておきます!」

 私はボリュームのあるカルボナーラのパスタを口にしながら、アイスティーを口にした。パスタとドリンクがセットで800円。パスタにはサラダとデザートも付いてくる。中々に安い。


「じゃあ、もし、夜中に立ち寄ったら、特別メニューを注文しますね!」

「あいよ。若い女の子がレジをしていると思うけど、よろしくねっ!」

 おばちゃんは、とても元気な笑顔をしていた。

 

 それから、一か月くらいした頃だった。

 私はサークルの仲間達と飲んでいた。

「サキ、終電逃しちゃったね……」

 マリサはぐでん、ぐでんに酔っぱらっていた。


 例の小さな水族館をモチーフにした喫茶店を見かけた。

「あ、あそこ、開いているんだ」

 私は呟く。

「えー。何処?」

 マリサはふらふらとしながら、空ろな眼で私の見ている方角を見た。


 店の中に入ると、美人で私達より少し年上の店員さんが、レジを担当していた。髪の毛を桃色に染めていて、何処か白人のハーフのような顔立ちの品のある女性だった。

「こんばんは」

 私は店員さんに話し掛ける。

「こんばんは。深夜メニュー、ありますよ。良ければ、地下も見ますか?」

「地下?」

「はい。深夜だけ、地下は開いているんです」

 店員さんは柔和な笑みを浮かべていた。

「それに、深夜メニューも見ますか? 魚料理なのですが」

 そう言って、店員さんはメニュー表を取り出す。

「大丈夫です。飲み物だけでいいです」

 先ほど、サークルの集まりで飲んでいる時に、ツマミとして大量にパスタやらピザやらを口にした。お腹はいっぱいだ。それにこれ以上、食べたら太るかな、と私は考える。

「そうですか」

 店員さんは、何故かとても残念そうな顔をしていた。


「じゃ、じゃあ、飲み物、注文してから地下を見ますね!」

「はい。ご注文は、何にします?」

 私はぐでん、ぐでんに酔っぱらっているマリサをソファーの席に着かせると、二人分の紅茶を注文した。それと、マリサの為に水を頼んだ。

 水をがぶ飲みしていたマリサは、店のトイレを借りて、沢山、吐いてきた。

 マリサはようやく、落ち着きながら、席に置かれている紅茶を飲んだ。

 私はゆらゆらと水槽の中で揺れている魚達に見とれていた。

「そう言えば、地下に何かあるって言っていたっけ?」

 マリサはまだ少し酔いが覚めない顔で、私に訊ねる。

「そうだね。私、此処、常連なんだけど、夜に来た事ないからなあ」

 そう言えば、あの店員さんは、一体、何処に行ってしまったのだろうか。

 紅茶を飲み干すと、私はふらりと、席を立った。

 店員さんはいない。

 ふと、地下室へと繋がる場所を見つけた。そこは普段は本棚が置かれている場所だった。本棚の下は滑車になっており、本棚を動かせば、地下へと続く扉が床にあり、床は開いていた。地下へと続く、階段が開いている。

 まるで。TVゲームに登場するようなダンジョンをイメージした。

 ゆらゆらと、マリサが近付いてくる。

「ねえ、サキ。この先に行ってみない?」

「そうだね」


 私達二人は、地下へと下っていった。

 地下にも、水槽が置かれている。

 水槽の中には、見た事の無い魚が泳いでいた。

 

 桃色の魚が泳いでいた。

 よくよく見てみると、魚の表面は、鱗ではなく、まるで哺乳類……いや、人間の皮膚のようになっているように見えた。魚の眼の形も、何処となく人を思わせる。

「なに? これ…………?」

 私は息を飲む。

 そして、他の水槽にも眼をやる。

 桃色のクラゲか何かが浮かんでいる水槽もあった。

 特徴的な、背びれや尾びれをしている魚の入っている水槽もあった。


「店員さん、何処、行ったんだろうね。お勘定、どうしよっか。このままだと、食い逃げしてもバレないぞ」

 マリサはまだ酔っているみたいだった。

「そうだね。先にお会計、払っておこっか」

 私は地下から地上へと続く、階段を登った。

 背後では、マリサが何がおかしいのか、大声で爆笑していた。


 私はレジに、マリサの分のお会計を置く。

 店員さんは、いない。


「マリサ、そろそろ、帰ろう」

 私は地下のマリサに向かって、叫ぶ。

「私、もう少し、此処にいたい。魚がとても綺麗」

 マリサはそんな事を言う。

「……分かった。後でメールするね」

 私は自分のバッグを手にすると、外へと出た。


 私は地下の水槽で見ていた魚達…………。

 あれらは、人間の臓器が浮かんでいるように見えた。心臓や肺、肝臓、胃といったもの……。それから、奇妙な背びれや尾びれを持つ魚達、それらは背びれや尾びれが、人間の指や耳になっていた。

 まだ開いているネットカフェを見つけると、私はあのアクアリウムの喫茶店へと戻る事にした。マリサはまだいるのだろうか。電話やメールをしても返ってこない。

 私は喫茶店に戻る事にした。

 すると、あのハーフのような容姿の店員さんがいた。

「あの、友達がいたと思うのですけど」

「お友達か? 先ほど、帰られましたよ」

「そうですか…………」

 私は仕方なく、一人でネットカフェに泊まる事にした。

 

 それから、私はマリサと連絡が取れなくなった。

 友人知人、サークルのメンバーに訊ねてみても、彼女とは連絡が取れず、大学にも来ていないのだと言う。


 一週間くらいが経過して、マリサのメールアドレスから何かが添付して送られてきた。

 それは、水槽だった。

 水槽の中には、魚が泳いでいた。

 桃色の身体の魚だった。ゆらゆらと泳いでいるように見える。

 魚のその瞳は、何処かマリサに似ていた。

 添付されている画像は何枚かあり、何匹かの魚が水槽の中に泳いでいた。明らかに人間の心臓や腸の一部に見える魚もいた。ある魚の写真を見つける。人の耳が生えていた。その耳には、マリサがいつも耳にしているピアスが付いていた。


 そういえば、あの変わった……何処か不思議な雰囲気のハーフの店員さんが見せようとしていた深夜メニューは何だったのか。魚料理と言っていたが……。私はそれが何なのか想像するのを止める事にした。


 私はあのアクアリウムの喫茶店に、二度と行っていない…………。


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『真夜中の水族館』 朧塚 @oboroduka

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