第76話 ここに村を建てよう

「カナタ、ここからあのメイドがいる場所まで足湯の設置をお願いするでござる」

「はいはい、じゃあとりあえず大金貨一枚もらっとこうかな」


 サウナカーの中でござる兄さんから大金貨を受け取り、タブレットに投入する。村の復興には国から支援金が出るらしく、それでも足りない費用はござる兄さんの実家から援助してもらう約束を取り付けたらしい。その為の賄賂に使うのか、売店の商品をコソコソと購入していたのを見た。


 ござる兄さんはケチだと思っていたけどそれは自分で稼いだお金に限定されるようで、国の支援金は躊躇いなく渡してくる。ベネディクトが躊躇なくお金を渡してきたのも、自分で稼いだお金じゃなくてお小遣いだったからだろう。この兄弟と俺、なんか根本的なところが似てるような気がして嫌だ。


 当初は元々ある砂漠の村の周りを足湯で囲むことを検討していたけれど、そっちは追い出された悪人用に置いておくことにして、その真横の更地に新たに村を造っている。


「屋根があるなしで値段が変わるけど、どうしようか?」

「屋根があれば目隠しにもなりそうでござるな。金に糸目は付けぬ。屋根ありを所望する!」

「人のお金だと躊躇がないな」


【小型足湯・屋根有(保護付き)の設置が完了しました】

【小型足湯・屋根有(保護付き)の設置が完了しました】

【小型足湯・屋根有(保護付き)の設置が完了しました】

【小型足湯・屋根有(保護付き)の設置が完了しました】


 タブレットにお願いすると、見たことのある屋根付きの足湯が一直線になるように設置されていく。ござる兄さんは当初村全体が円形になるように設計していたけれど、角度とかが難しそうだったので真四角の村にさせてもらった。村の中の建物の設置もバームクーヘンのようなイメージから、碁盤の目状へと変更になった。


 言われるまま次々と足湯を設置していく。一つの村の周りをぐるりと囲ってしまうのだから相当な数の足湯が必要になる。俺が村と聞いて思い描いていたのは学校の運動場くらいの広さだったけれど、最終的に決定したのはどこかのドームが丸ごと入るくらいの広さだった。サウナカーで移動しながら設置していると、最初に設置した足湯が遠すぎて見えない程に広い。


「楽で良いでござるな」

「こんなに広くしなくてもいいんじゃないか? 旅の人が泊まるための村だろ?」

「ゆくゆくは温泉街にするつもりでござる。旅のついでではなく、温泉宿を目当てに客が集うように仕向ける。何台もの馬車を引き連れてくる客が増えるだろうし、何泊もする客も出てくる見積もりでござる」

「観光地、というよりテーマパークか」

「それらから金を搾り取るためには様々な種類の宿と大勢の従業員が必要で、従業員の寝泊まりする場所や馬小屋も大量に必要になるでござる」

「まあいいか、俺のお金じゃないし」



 ござる兄さんの計画を聞いた時、疑問点を質問しながら気づいたことがある。この人は口では復興やら国のためやら家の名がと言ってはいるが、結局は自分が楽しければそれでいいんだ。俺のスキルで出てくる色々なものを、いかに自分の懐を痛めずに堪能するかに全力を注いでいるように見える。本人も面白い事がしたいとハッキリ認めているし。


 でもそれは俺からしたら気が楽だった。誰かに縛られることもなくスキルが使えて、喜んでくれる人がいる。軍事利用されたり人が死ぬこともない。しかも自分の所持金はどんどん増えていく。ござる兄さんが言葉通り俺を束縛するつもりがなさそうなのも嬉しい。気づいたら絡めとられて動けなくなってるとか、ありませんように。


 恵まれすぎた待遇を疑っていたけれど、結局全面協力することにしたのはこういった理由があったからだった。


「村の入り口に設置する温泉宿についてでござるが」

「セキュリティチェック用の宿の事?」

「それでござる。入り口の扉を、手動の扉に変えたい。自動扉は印象に残るだろうが、しょっぱなから見せてしまうのもどうかと思うでござる」


 入り口が自動ドアじゃない温泉宿なんて今どきあるんだろうか。老舗の旅館とかなら手動で横にガラガラと開けるタイプのものもあるだろうけど、最近はあまり見かけない気がする。防犯やバリアフリーのために改築する温泉宿が多いのかな。


 ござる兄さんの話によればセキュリティチェック用の宿には客を泊まらせるつもりはなく、入り口をくぐれた人を村の中に招き入れるためだけに使う予定だという。なら温泉宿じゃなくても、同じ価格帯の銭湯でもいいんじゃないだろうか。


 銭湯のイメージは入り口は暖簾がかかっていて扉が開け放ってあって、その先に靴箱が並んでいる。自動ドアがついている銭湯は少しお高めの所だけだと思う。靴を脱いだらまた入り口があって、番台に座っているおばちゃんに男女別で料金を支払って脱衣所へと入るはずだ。宿泊ができないのになぜ温泉宿と同列に表示されているかは不明だけど、何らかの理由があるんだと思う。そして何より俺が新しい種類のものを設置してみたい。


「温泉宿の代わりに銭湯を設置してみるか?」

「せんとう? それは温泉宿とどう違うでござるか」

「えっと、宿泊は出来なくて風呂しかないんだけどその分料金は安くて、でも風呂は熱々で広い!」

「よく分からんが一度見てみたい。それにするでござる。使えなければ消すまでよ。あと村人を迎えに行くためのサウナカーを十個ほど頼む」


 ござる兄さんは国のお金だとガードがだいぶ緩い。サウナカーを十個も購入すれば、一千万リブルになってしまう。それでいて乗れるのは一台八人だ。いつか見た送迎バス付の温泉宿を思い出すと、バスは二十人は乗れそうな大きさだったし補助席を使えばかなりの人数が乗れるだろう。異世界だから法律はスルーする事にする。小さなサウナカーよりも、宿泊もできる送迎バス付温泉宿の方が断然お得に思えてきた。


「サウナカーを十個も買うんなら、ほんの少し高くなるけどバスが付いた温泉宿なんてどうだ?」

「じゃあそれで」


 ござる兄さんは画像や値段を見もせずに許可した。俺の事を全面的に信頼してくれているのか、国のお金だから何も考えていないかだ。たぶん何も考えていないんだと思う。


【温泉宿 大浴場・露天風呂付 宿泊用客室六室(和室) 館内施設あり(送迎用シャトルバス) 朝食あり・夕食あり(一部保護付き)を設置しました】


「あっ、バスの事ばっかり考えて内容全然見てなかった! 和室になってしまった……しまったなぁ」


 目の前に出現したのは、瓦屋根が特徴の純和風な温泉宿だった。壁の素材は分からないけど、京都を思わせる古風な建物で雰囲気がある。外観の注文を付けるのをすっかり忘れてたけど、タブレットさんはもうお願いしない限りは自重してくれないようだった。古風な建物なのに入り口はやはり自動ドアになっている。


 タブレットの画面上で見る限りでは部屋も和室らしい。食事が和食と洋食で選べるかはまだ分からないけど、和食は懐石料理が出てくるだろう。狙ってやったわけではない、断じて狙ってない。


 農村の別荘にある温泉宿に宿泊する費用は出してもらえないけど、ここならいけそうだというわけでもなく……あれ? 中で支払った宿泊費が俺の懐に入るなら、自腹を切ったところで全額返ってくるんじゃないか? じゃあ泊まっても泊まってもプラマイゼロじゃないか。料理が出る分プラスじゃないか。なんで今まで気づかなかったんだろう。


 ということはアマーリエのために露天風呂付客室を新たに立てる必要はなかったんじゃないか。俺がマッチポンプ形式で宿泊費を都合してやれば何の問題もなかったはずだ。そうか、うん、ござる兄さんには内緒にしておこう。


「同じ温泉宿でも随分と印象が変わるな。あの変わった装飾の箱がこのサウナカーのように動くでござるか?」

「そうそう、サウナカーよりも大人数が乗れて座席も柔らかいはずだ」


 サウナカーを降りて送迎用シャトルバスに乗り込むと、バス特有の何とも言えない匂いがした。このにおいで酔うんだよな。


 ござる兄さんは座席に座ったりカーテンを開け閉めしたりなどせわしなく動いている。運転席を見ると、オートマチック車のようだった。バスでオートマチック車というのも珍しい気がするけど、スキルが俺の腕前に合わせてくれたんだと思う。


 エンジンをかけてアクセルペダルを踏むと僅かな振動と共に車体が動き出し、宿から離れても問題なく作動した。温泉宿の備品扱いで持ち出せないかと不安だったけれど、"送迎用シャトルバス"と名乗るくらいなのだから遠くまででも行けるのだろう。距離の検証は誰かに任せよう。


「これは良いな。しかし外観が目立つ……人攫いとしては困るでござる」

「人攫いを自称すんのか。なら次に設置する時は外装を変えるように頼んでみるよ」

「ではこれと同じ箱で外装が木造のものをあとみっつよっつ頼むでござる。せっかくなので温泉宿の外観も全て違うものをお願いしたい」


 ござる兄さんは適当な指示を出してきた。適切ではなく適当な感じだった。でも色んな種類の温泉宿を設置するのには賛成する。ござる兄さんの指示通り、温泉宿自体の外観は全部違うものにして送迎バスの外装のみ全て木造にしてもらおう。タブレットさんが優秀すぎて困る。



「でもさ、この温泉街が有名になったらデンブルク王国の悪い商人とか悪い貴族とかも来そうじゃないか?」

「すぐに寄って来ると予想しているでござる」

「そしたらそいつらは悪人だから入り口で弾かれるだろ? 貴族が護衛とか使って暴れ出したら村人たちで抑えられるのか?」

「飛んで火にいる夏の虫だってばよ!」


 全然意味が分からなかったけど、ござる兄さんには考えがあるようだった。まあこの人は公爵家の息子だし、どこかから力を借りたりするんだろう。最悪足湯に逃げ込めば、中から攻撃し放題だしな。


 そして他国の貴族対策として、村の復興にトワール王国は一切関わらせていないらしい。支援金だけ貰っておいて、国の関与を全て断ったという。これはデンブルク王国の貴族が権力を使っていらんことをしてきた場合、国同士の争いに発展するのを防ぐためだとか。


「表では、カナタ一人が勝手にやっていることにしたでござる」

「えっ、俺が!? 守ってくれるって……」

「もちろんカナタの名は伏せてあるが、とある人物が勝手に村を造り上げたことにする。支援金の事もちょちょいと誤魔化しておいたでござる」

「俺、悪役じゃん……」

「拙者からすれば善人でござるよ。いらぬ争いを避けるためだ。カナタは温泉街が完成したら村人の中に紛れて日陰者としてじめじめと過ごしてほしい」


 木を隠すなら森の中、とござる兄さんは言った。やはり意味が分からなかったけれど、俺は一村人として従業員に紛れて過ごさなければならないらしい。聞いてない。でもそう訴えてみてもござる兄さんは言うのを忘れていたでござるとか適当に流してきた。確信犯じゃないか。今後は逐一契約書を作成するべきだな。もう温泉街の外側がほとんど出来上がってしまっているのが恨めしい。



 言われるままに設置しまくった砂漠の村の温泉街は、外堀の代わりとなる足湯は全て設置済みになった。温泉街の入り口になる銭湯と、そのすぐ裏側に送迎バス付の宿が数軒並んでいる。これから設計図通りに温泉宿や露天風呂付客室などを配置していく。ライトアップのついた足湯やオシャレな外観の露天風呂付客室などを等間隔で設置して、温泉のテーマパークのようなものになる予定だ。


 俺のスキルで設置した宿だけでは利益が上がらないので、低価格帯の宿屋や土産物屋、飲食店などもいちから建設する予定になっている。それらは村人を隣国から奪い返してから建て始めるそうだ。


「今日はここまでにしておいてやるでござる。サウナカーで別荘に戻ろう」

「疲れた。はやくティモに会いたい……」

「バスは既に隣国へ出発した。数日後には第一陣の元村人が到着する予定でござる。元村人には従業員としてすぐに働かせたい。カナタは元村人たちの従業員登録と、ついでに手を握りまくって欲しいんだってばよ!」

「足湯に入るための握手会かぁ……あれ? 会ったことない元村人が送迎バスに乗れるんかな?」

「実証済みでござる。先ほどその辺を歩いている商人を捕まえて乗せてみたら乗れた」


 いつのまに実験したのだろう。忍者部隊とやらが動いたのかな。怪しすぎる。


 ござる兄さんは国境に近い村から順番に攫ってくる計画を立てているという。誘拐も俺が勝手にしたことになるらしい。個人になすりつけておけば諸々が上手くいくんだろうけれど、何故にむさくるしい男どもを誘拐した犯罪者にされねばならんのだ。変な趣味の奴だと思われるじゃないか。いや、村人の中には綺麗なお姉さんがいる可能性もあったりして。


「ちなみに誘拐予定の村人の性別は」

「だいたい男」

「ですよねー」


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