第73話 兄の提案

「カナタよ、今日は二人でじっくりと話し合おうではないか。苦しゅうない」

「えっ、いきなり何? 真面目な話は苦手なんだけど」


 唐突にござる兄さんことクレーメンスに呼び止められた。そのままベネディクトの住むオレンジの露天風呂付客室に引きずり込まれる。一軒家、男二人、密室……今回はちゃんと室内にベネディクトとティモがいた。ビアンカとアマーリエも続いて客室に入って来た。良かった、変態と二人きりを免れた。


 アマーリエたちも話を聞きたそうにしていたけれど、ござる兄さんは口を出さない事を条件に同席を許していた。嫌な予感しかしない。ベネディクトとティモは仲良く露天風呂で遊んでいる。ティモの友達問題を気にした事もあったけど、ちょうど良いのがいて助かった。


 麗らかな日差しがさしこむ庭ではしゃぐ二人の美少年、ソファーセットには優雅に紅茶を飲みながらくつろぐ二人の美少女、俺の前には悪い顔をした美青年。組み合わせを変更したい。


「カナタのスキルを拙者のために使って貰いたいでござる」

「もう一軒何か建てろって事?」

「そうではない。デンブルク王国とトワール王国の国境に、砂漠の廃村があっただろう。そこに温泉宿を大量建設してもらいたいんだってばよ」

「営利目的はご遠慮……」

「まあ最後まで聞け。拙者の考えを話すので、最後まで聞いてから嫌だと思ったら断ってくれて結構」


 そう前置きをしてからござる兄さんは語り出した。


 ござる兄さんの最終目標は、砂漠と森の境目にあった廃村の復活と復興。あの村は廃れる前は結構栄えていたらしい。豊かな小麦畑があったとベネディクトから聞いたような気がする。確か国境を越える商人たちの休憩所代わりになっていたとか。


 トワール王国からデンブルク王国へ通じる道はいくつかあったけれど、天災が起きてほとんどの道が通れなくなってしまったという。かろうじて残ったのはあの廃村を経由する道を含むごく少数。その少数の道も災害で厳しい環境になり、現在はあまり使われていないらしい。


 トワール王国はあの砂漠の村から隣国へのルートを重要視して、その保護のために人と金と物資を大量投入した。しかし投入するそばからことごとく盗賊や人攫いの被害にあってしまったという。商人が国を行き来しなければ経済が回らないのに、誰かが横から邪魔をしてくる。


「あの村の復興は国の悲願なのでござるよ」


 ござる兄さんは俺のスキルについてくる結界を見て、これなら盗人たちに対抗できるかもと思ったそうだ。あの結界は赤丸で表示される悪人は通ることが出来ない。そして青丸で表示される善人は中に入ることが出来る。


 結界スキル持ちも探せばいるそうだけれど、善人だけを通すというスキルは見たことがないという。砂漠の村に温泉宿を設置する事で、セキュリティチェックのような事をしようと考えているようだった。


「俺のスキルは設置だけだから、弾かれた人をどうするかとか中に入って来た人の世話とかは出来ないぞ?」

「それについてはまた後で話すでござる」


 おもむろに紙とペンを取り出したござる兄さんは、紙に大きな丸を書いてから中に四角をたくさん書き足していった。どうやら村を上から見た図を描いているようだ。


「この外側の線の部分全てに、隙間なく足湯を設置してもらう」

「村の周りを全部?! 十個や二十個じゃすまない数だぞ?!」

「心得ているでござる。金ならいくらでもある」


 紙に書かれた大きな丸は、村の外壁になるようだった。ござる兄さんは俺の浴槽購入画面を見て足湯が一番安価だと見抜いていたらしい。その一番安い足湯を村の周りをぐるりと囲うように、それこそエゴンさんの村で土堀を作った時のように村の周りに設置しまくれと言っていた。あの村にいた時はお金が足りなくて出来なかった技だ。


「カナタが手をつないで招き入れなければ、足湯を通り抜けることは不可能なんだろう?」

「今のところはそうだけど、上空から来たり土を掘って潜って来られたらどうなるかは分からん。あと結界破りみたいなスキル持ちの人がいるかもしれん」

「まあそれは今はいいでござる」


 ござる兄さんは、村の周りを全て足湯で囲ってしまい、出入りできるのは一カ所だけにするつもりのようだった。その一カ所にはセキュリティチェック用の温泉宿を設置して、入れる人と入れない人を分類する様だ。俺のタブレットがあればわざわざ温泉宿に入って貰わなくてもマップ画面で周囲をチェックできるけれど、そうすると俺が砂漠の村に張り付くことになるし、そこまで束縛するつもりはないらしい。


「たくさんお金が使えるんなら、スーパー銭湯という良い物件があるんですがねぇ、へへっ」

「それはこちらに置いといて」

「置いとかないで」


 村の入り口に設置した温泉宿の横にはわずかにスペースを開けて、そこから村へ出入りできるようにする。村の中には一般的な民家と俺のスキルで出した温泉宿を並べて設置し、村の中に入れた善人の宿泊客にはどちらかを選ばせる。


 温泉宿の宿泊費は高額なので、宿代の払えない人は普通の民宿に低価格で泊まってもらい、高くてもいいから温泉宿に泊まりたいという人には大金を支払って泊まらせる。セキュリティに引っかかって村に入れなかった人は追い払う。


「結界付きの足湯で囲んでいるので村の中は悪人が存在しない事になる。人攫いや盗賊は手も足も出せないでござる」

「入れなかった人はどうする?」

「悪人に用はない」


 ござる兄さんは冷たく言い放った。昔は悪かったとか、小悪党みたいなちょっと悪い人も追い出すのかと聞いてみたけれど、全て追い出すと返事が返って来る。


 話を聞くと、別荘で雇っているメイドさんや護衛たちは孤児出身が多く、幼いころは窃盗を繰り返していた人もいるのだとか。運良くござる兄さんの家族に拾われるなどして改心し、今では真面目に別荘で働いているそうだ。けれど別荘で働く人たちはタブレットのマップ画面で全員青丸だった。過去は関係なく、今現在の気持ちがどうかでタブレットは判断しているとござる兄さんは見抜いていた。なにそれ、俺より詳しい。


「余裕があれば囲いの外に普通の宿屋を建てる予定でいる。悪人は悪人同士で仲良くやればいいんだってばよ!」

「悪人同士のデスゲームだ」

「と、ここまでが一段階目でござる」


 一段階目はセキュリティチェックを機能させること。これが上手くいけばもう一段階進めて、囲いの中に温泉宿と民宿を大量に建築したいという。


「二段階目は世界一安全な宿場町という宣伝文句で安全性を前面に押し出して、話題と宿泊客を集めようと考えている」

「でも今は廃村に無料で泊まれてるのに、わざわざお金出して泊まるかな?」

「問題ないでござる。以前は村の宿屋が宿泊代をとっていた」


 絶対安全な宿だと分かれば宿泊費を出す商人は大勢いるらしい。身の安全のために護衛を雇って商いの旅をするくらいだから、それは本当なのかもしれない。


 ござる兄さんの計画では、結界のない普通の民宿を併設することで収益を上げるようだ。温泉宿は宿泊費がそのまま宿に吸収されてしまうので、その他の部分で収益を上げるつもりなのだろう。温泉宿の中での支払いが全部俺の懐に入ることはしばらく内緒にしておこう。


 第二段階には売店の商品を販売する事も含まれているらしい。売店が入った温泉宿も村に設置して、中で売っている商品を少量ずつ市場に流して話題に上げるつもりのようだった。転売ヤーが売れそうな商品を買い占めないかと思うけれど、そのあたりはどうにかするのだろう。


「もちろん販売数は調整して、滅多に手に入らない逸品にしようと思う。希少な商品を求めて各地から商人が集うと予想できるでござる」

「転売対策は?」

「転売して儲けようとする悪い奴は中に入れてやらないでござる」

「ああなるほどな。商品のパッケージとかは大丈夫かな? 箱の中の透明な袋とかポイ捨てされたら困るんだけど」

「詰め替えてからの販売などを考えているってばよ!」


 砂漠の村でしか買えないという謳い文句で商品にプレミアを付けて、善良な商人に少数ずつ売る。ここまでが二段階目。


「最終段階は、エステやマッサージなどで集客して村を町に変える」

「へえ、温泉街みたいにするのか」

「おんせんがい……温泉街か。そうでござる。砂漠の村を訪れれば女神のように美しくなれると噂を撒けば、裕福な家の女性どもがこぞって集まってくると予想できる」


 ござる兄さんの考えでは、その頃には村の規模が大きくなっているだろうし、人口も増えているとのことだ。人の目が増えれば犯罪は減る。村の土地が広がるのなら、また足湯を設置しなおすのかと聞くとそれは今の所必要ないと考えているらしい。まあ俺はお金さえ出してくれたらどちらでもいいんだけど。


「気になってたんだけど、そこまでしたら俺の存在が世間にバレないか? 誰がこの宿を設置したのかって怪しむ人が出そうなんだけど」

「カナタの隠匿には細心の注意を払うつもりでござる。もしもカナタが国に捕らえられでもしたら、トワール王国ならまだ良いでござるが、デンブルク王国にでも捕縛されでもすれば拙者の計画が水の泡になってしまうでござる。影武者も用意するつもりだってばよ!」


 ござる兄さんは本心から言っているように見える。そしてそれに追加する形で、もしも国に俺の事がバレたりござる兄さんが裏切るような行為をすれば、結界内に立てこもるなり逃げるなりしてもいいと言われた。建物も遠慮なく削除していいらしい。ここまで好待遇だと逆に心配になってくる。何故に俺のスキルにこだわるんだろう。


「何でそこまでするんだ? 影武者とかさ……」

「カナタの存在が悪い奴らに露呈して殺されでもしたら、良い酒の買える温泉宿が消えてしまうかもしれん。それは避けたい」

「ひどい」


 話を聞いていて思ったのは、この話は俺の理想の環境だということだった。座ってるだけで購入金額は用意されるし、言われた場所に設置するようにタブレットにお願いすればいいだけだし、自分を従業員登録すれば温泉や設備を自由に使うことが出来る。


 それに温泉宿で誰かがお金を使えば、それは全て俺の懐に入ってくる。誰かが泊まれば泊まるほど懐が潤う。そのお金を貯めればいつかは5000万リブル貯まるだろうから、スーパー銭湯も買える。ござる兄さんにお願いすれば土地は用意してもらえるだろう。


 夢の不労所得生活が目前に迫っていた。約束通り存在を隠して貰えるのであれば、何も文句はない。


「こんなに美味しい話があっていいものか。でも本当に何でそこまで? 村の一つや二つ、お貴族様には関係ないだろ?」

「あの村の復興は国の悲願なのでござるよ」

「それは建前だろ。本音は?」

「とにかく面白い事がしたい。温泉宿に入れない悪人たちを眺めながら美味い酒を飲んで高笑いしたい」


 金と暇を持て余した貴族の遊びは一味違うなとしみじみ思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る