第66話 温泉宿入館
所持金 0円 390,500リブル 【4,000,000リブルが使用されました】
【温泉宿 大浴場・露天風呂付 宿泊用客室六室(洋室) 館内施設あり(ショップ・ゲームコーナー・エステティックサロン) 朝食あり・夕食あり(一部保護付き)を設置しました】
「おお、けっこう大きい! 大金出した甲斐がある!」
「おっきい!」
「どうしよう、僕の家が霞んでしまいそうだ……」
「立派な建物でござるな!」
「何よコレ! 思ってたよりすごいじゃない!」
別荘の裏手に温泉宿が出現した。上空から見れば、別荘と露天風呂付客室と温泉宿が縦一列に並んでいるはずだ。
建物の外観は自重しなかったので、リゾートホテルのような堂々とした雰囲気が出ていた。壁面は白く屋根は赤で、黒い枠の出窓がオシャレに配置された鉄筋コンクリートの建物だった。
ベネディクトのために出した露天風呂付客室で一夜を明かし、朝一番に温泉宿を設置した。場所が変わったといえど、客室の内装は色の変更程度で前とほとんど同じ造りだったので、特に変わりのない夜でよく眠れた。深夜の室内には男しかいなかったし。
アマーリエとビアンカは、目先にエステ付き温泉宿がぶら下がっている状態だったので文句も言わずに別荘で一晩過ごしてくれた。別荘も貴族のものだから設備とか十分すぎるほどなんだろうけど。
怨霊の佐久間はまだ帰ってこない。面白いものを見つけたか、どこかで除霊されてしまったかだ。佐久間の目的は痛みなく安らかに浄化してもらう事なので、もしも運命の出会いがあったのならそのまま天に召されて欲しい。
「じゃあとりあえず入ってみようか」
「メイドを何人か連れて行っていいでござるか? アマーリエがここで生活するならば、彼女たちも一緒に入って身の回りの世話をすることになるでござる」
「メイドさんなら大歓迎!」
ござる兄さんが適当に選んだメイドさんが俺たちのあとに付いてくる。よく訓練されているのか、温泉宿を見て驚いた顔はしていても騒ぎ立てたりはしない胸の大きなメイドさんたちだった。メイド服の裾が足首まであるのだけが欠点だ。
入り口は自動ドアだったのでそこでひと騒ぎあったが、見慣れれば問題ないだろう。電気がどこから来ているのかはもう考えないようにしている。自動ドアをくぐった正面には受付カウンターがあり、右側には売店、左側にはゲームコーナーがある。
「化粧水だわ! とりーとめんともあるわ!」
「まんじゅう!」
「酒はどこでござるか!」
ビアンカとアマーリエとティモとござる兄さんが売店目掛けて走って行って、見えない壁にぶつかって額を押さえている。ベネディクトは意外にも俺の横でじっとしていた。
「入れないってことは、受付済まさないと利用できないのかな? あからさまに受付カウンターがあるし」
先に言いなさいよというビアンカたちを呼び戻して、改めて受付カウンターを見てみる。つるりとした大理石のカウンターの上には、見慣れたタブレットと同種類のものが埋め込まれていた。設置型タブレットには数部屋の客室の画像が映っていて、好きな客室を選べるようだ。
「ラブホテルみたい……」
「なにそれ?」
「何でもない」
部屋の種類は少なく、スイートルームとスタンダードルームのどちらかを選べるようになっている。試しにスイートルームの画像を指で押してみると、人数を選ぶポップアップが出てきた。
「登録制っぽいな。スイートルームは四人まで泊まれるみたいだ。じゃあ、とりあえず……男四人を登録するか」
本当はビアンカとアマーリエと一緒の部屋が良かった。けれどござる兄さんが横にぴったりとくっついているので、仕方なく男女でチームを分けた。設置型タブレットは人数を選ぶまでもなく俺の声に反応し、人数が“四”と選択される。この設置型タブレットは声とタッチの両方で操作できるようだった。
「あれ? なんか金額が出てきたんだけど」
「一人大銀貨一枚で、四人で大銀貨四枚?! 金いるの?!」
「あれだけむしり取っておいて、まだ取るつもりでござるか?!」
「そんなつもりは……って、ベネディクト文字読めるのか?!」
いつも俺が操作しているタブレットの文字が読めないはずのベネディクトとござる兄さんが、文字を読めている。確認したところ、設置型タブレットに表示される文字はこの世界の文字で書かれているようだった。
俺は言語翻訳スキルがあるので目を凝らさないと日本語に見えてしまう。ござる兄さんによると、売店に置いてある商品も遠目から見る限りでは読める文字で書いてあるとのことだった。
館内丸ごと翻訳されてしまってるのだろうか。もしそうなら、ビアンカとアマーリエが今まで読めずに苦労していたシャンプーなどの表記も問題ないと思える。文字の読めない二人にドヤりながら説明するの、けっこう楽しかったのに。
異変はそれだけではない。気づけば初対面のメイドさんたちが俺たちの真後ろまでついて来てしまっていた。今までは初めて家に入る人は俺が手を引かなければ入り口の扉を開けることもできなかったのに、メイドさんたちは無言でアマーリエの後ろに控えていた。というかこのメイドさん達、全く気配がしないしさっき忍者走りしてたように見えたんだけど、目の錯覚かな。
お金払わないと先に進めなそうだし、文字はこちらの世界の字だし、誰でも施設内に入れるし。これはもしかして温泉宿で一儲けしろという暗示なのだろうか。でもどうやって。
俺は自分が温泉に入ってぐうたらしたいだけで、経営したいわけじゃないのに。
「見た感じお金を支払わないとどこにも入れないっぽいな。ベネディクト君、お金ください」
「ちょっとだけ残しておいて良かったあ!」
「待つでござる。こちらの部屋の方が安いんだってばよ!」
ござる兄さんは目ざとかった。スイートルームよりも二人用のスタンダードルームの値段が安い事に気づいて、そちらにしろと迫ってくる。
リブル換算になおすと、スイートルームが一人一泊50,000リブルで、スタンダードルームが一人一泊15,000リブルだった。朝食と夕食がついているのだから、こんなもんだろう。東京にある有名ホテルのスイートルームだと一泊で10万20万はざらだと聞いたことがあるし、安く設定してあるのかもしれない。
そしてもしも俺の勘が正しければ、50,000リブルを毎日支払わなければこの宿から追い出されてしまうのだろう。ござる兄さんがうるさくなりそうだから今は黙っていよう。
「でも安い部屋を選んだら、高い部屋には泊まれないのかもしれない。妹のアマーリエに安くて狭い部屋を使わせるんだ……」
「むむっ、それはそうでござるな。ではアマーリエだけをこちらの高い部屋に」
「はいカナタ、六人分の大銀貨6枚渡しとくね!」
「まいどありぃ!」
設置型タブレットの上部にも硬貨投入用の穴が開いていたので、ベネディクトから受け取った大銀貨を流れるように投入する。設置型タブレットは優秀なようで、ふたつあるスイートルームにそれぞれが正しく割り振られた。
スイートルームの画像の上に、どこから撮影したのか分からない顔写真が表示される。一部屋目の白とライトグリーンのスイートルームにはビアンカとアマーリエが、二部屋目の白と茶色のスイートルームにはティモ含む男四人が泊まることになっている。
「ベネディクト、勝手な行動はやめるでござる! 金の使い方を勉強しろってばよ!」
「メイドはどうするの?」
「メイドさんなあ。メイドさんは泊まるわけじゃないしなぁ……」
差別するわけではないが、身の回りの世話をする予定の彼女たちのために数万リブルを支払うのもどうかと思う。予想では毎日お金がかかるだろうし、そこまでベネディクトにたかれない。何かいい方法はないか。客室が六部屋もあってお金を取るし、売店などもあるのだから、館内を管理するスタッフだって必要だろう。彼女たちが客としてではなくスタッフとして中に入れるシステムみたいなものはないだろうか。
受付カウンターをぐるりと回り込んで、通常の宿では関係者以外立ち入り禁止の内側に侵入する。俺の後をついて来たティモは見えない壁に阻まれて入れないようだった。これは俺がスキル使用者なので入れて、客であるだけのティモたちは入れないのかな。
カウンターの内側のデスクにはまた別のタブレットが埋め込まれていて、横に大量の紙製マニュアルが置いてあった。冊子は数種類あって、それぞれの区域名が書かれている。
「タブレットさん、スタッフを登録するようなのありますか?」
埋め込み型タブレットが俺の声に反応し、画面が切り替わる。表示されたのは従業員登録と書かれた一覧表だった。デッキ型ゲームのパーティーメンバーを決めるような感じで、フロントスタッフやフロアスタッフ、売店、ゲームセンター、脱衣所など様々な場所に従業員が配置できるようになっている。脱衣所を選択すると画面が切り替わり、その従業員が行動できる範囲が館内マップに表示された。
「どこに登録するかによって、入れる場所が変わるのか。脱衣所スタッフや売店スタッフは客室には入れないみたいだなぁ。タブレットさん、客室に入れるのはどれですか?」
タブレットに再び問いかけると、画面がルームスタッフに切り替わってその行動範囲が表示される。メイドさんに適しているのはルームスタッフのようだった。一番後ろにいるメイドさん達をルームスタッフにと口頭で指示すると、従業員登録画面に顔写真付きで表示され登録が完了する。本当にいつの間にどこから撮影したのか分からない。
入れるのが客室だけでは不都合があるだろうから持ち場を兼任できないかとタブレットに聞いてみたところ、ルームスタッフに加えて脱衣所やフロアの従業員登録画面にも顔写真付きで登録された。ワンオペが出来てしまいそうだ。
「ヨシ! これでメイドさんは無料で入れる。無料で宿泊……? いや、従業員なんだから宿泊は無理か」
よく分からないことばかりだったけれど、室内に入れるようになったんだから確認はあとにしよう。埋め込み型タブレットの横に置いてあった紙製マニュアルの中からルームスタッフ用のものなどを選んで抜き出して、待っている彼らの元へと戻った。
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