第58話 砂漠の村

 難所と呼ばれる深い森を抜けたその先は、砂漠だった。見渡す限りの砂、砂、砂。


「どうなってんだ? 雪が降ってたはずだよな?」


 背後を振り返ってみると鬱蒼と生い茂る森がある。前方へと視界を戻すとやはり一面の砂漠だった。線で引いたようにきっぱりと領域が分かれている。


 そして気づいた。前方の砂漠はもちろん、背後にある森に見慣れた雪が積もっていない。


「雪、いつ止んだ?」

「室内にいたから見えなかったけど、森の途中から雪がなくなるんだよ。雪と砂漠は大規模災害の一部なんだ」

「……馬車で砂漠を走れるのか?」

「普通の馬じゃ無理だよ。だからスレイプニルを使うんだ。そう、スレイプニルならね」


 ベネディクトの説明によれば、デンブルク王国がやらかした影響で各地に異常気象が起きているらしい。村長のエゴンさんからも聞いたことがある。村長は天変地異が起こったのは国境付近だと言っていたが、ベネディクトによると俺たちが住んでいた村の辺りの長引く雪もその一環だという。例年通りであれば既に雪は解けて青々とした葉が生い茂る頃合いだとか。


「この砂漠も天変地異?」

「そうだよ。ここは数年前までは豊かな小麦畑だったんだ。大きな村もあって、国境を越える人の為の休憩所に利用されて栄えてた。でも今ではこんなんになっちゃった」


 ベネディクトが指し示すその先、森と砂漠の境目には、今にも砂に飲み込まれそうな村の残骸があった。木製の家々がかろうじて残っているが、住み着いている人はいないようだ。閑散としていて村として機能していない。ちらほらと人影が見えるが、どれも通りすがりの商人などが空き家を臨時の休憩所として利用しているようだった。井戸から水を汲んでいる人が見えるので、井戸は生きているのだろう。


 それでも以前は旅商人の宿泊所として成り立つようにと、トワール王国が支援したり人を送り込んだりなどして村を保護していたらしい。しかし送り込んだ人間はいつの間にか消えてしまい、物資なども盗難が相次いだため、現在トワール王国は様子見をしている段階だという。ベネディクトの予想では、トワール王国が逃げ出すような人を送り込むわけはなく、デンブルク王国の違法奴隷商人あたりが怪しいのだとか。


「カナタのさうなかーは結界があるんだろ? ならば砂漠も走れるし、この村で一晩明かしても安全だ!」

「盗難があるって聞いたばっかりなんだが。サウナカーの中で全員が寝るにはスペース足りなくない?」

「休息をとれと言ったのはカナタじゃないか」


 確かに車を停めて体を休めたいと何度も言ったけれど、こんなよく分からない場所でとは言った覚えがない。砂まみれになりそうだし、廃村には怪しげな商人たちがウロウロしている。ここで一晩過ごすのなら森の中へ戻って木々の陰に隠れて休むほうがマシな気がした。


「護衛の三人は野宿に慣れているから心配いらない。追い出そう。僕と姉さまがここで休むから、カナタと金髪の女はそっちの部屋で休んだらいい」

「ティモはきそう」

「金髪って呼ばないでよ! アンタだって金髪でしょ!」

「俺は運転席で寝るのかよ。それに護衛の人達かわいそうじゃないか……追加で何か出そうか? ベネディクト君、お金ください」


 サウナカーの内部でタブレットが表示されているのもあって浴槽設置スキルが使えると思い込んでいるが、実験はしておいたほうがいい。ベネディクトがいればお金使い放題だし、この機会に臨時の宿代わりの何かを設置してみたい。外観がボロ屋に変更できることは以前実践できているし、この廃村と同じレベルの外観をタブレットにお願いすればいいだろう。


「金はない。カナタに根こそぎ奪われた。あとは実家に置いてある」

「えええっ?! いくらでも出すって言ったのに! 嘘つき! 裏切り者! 自分勝手!」


 俺の罵りにベネディクトは口をへの字に曲げていたが、ないものはないらしい。実家に帰ればあるというのだから貸しにしておいてやろう。今だけ俺の懐から出して、あとできっちり請求しよう。


 タブレットの浴槽購入画面を表示すると、ティモが膝に乗ってビアンカとアマーリエが両脇にくっついてきた。


「そうそう、これこれ、こういうの! 美女に両脇を固められるとか、ロマンがあるなぁ!」

「アンタ、そういう事は黙ってなさいよ! いいからどれ買うのか教えなさい!」

『湯浅先輩、あとからベネ君が支払ってくれるなら、ちょっといいやつ買っちゃいましょうよ!』


 怨霊の佐久間は俺の頭の上にいた。佐久間の甘言に乗せられてついつい高級な露天風呂付客室を表示してしまう。


 でもよく考えれば一晩過ごした後はどうするんだろう。タブレットにお願いして外観をボロ屋風で設置して貰えれば目立たないし、元の村に帰るときにも利用できるからそのまま廃村に置いておけるかな。いや、結界があるしいつ村へ戻るか決まってないしで、いずれは誰かに見つかる可能性がある。ボロ屋に結界をかける意味が分からないとかいって不審がられるかもしれない。


 仮に見つかったとしても俺との関係がバレなければ問題はないんだけれど、もしもの場合がある。何らかの鑑定スキルとかで看破される可能性だってある。そう考えると一晩で削除したほうが安全だな。


「……厳選なる審議の結果、いつもの塩サウナに決定しました」


 外野はブーイングの嵐だったけど無視した。貧乏性でごめんなさい。でも一晩しか恩恵を受けることが出来ないものに大金を使う事は、俺には出来ない。


 確実にベネディクトからお金がもらえると決まったわけでもないし、無駄遣いはしたくない。最初は貸しにしといてやるとか思ってたけど、支払いがされなければ結局懐が痛むのは俺だ。ローンは嫌いなんだ。トワール王国には海があるので塩サウナの塩が売れにくい可能性もあるけれど、何も売れないよりもマシだろう。


 護衛の人に調査してもらって人が少なそうな村の端の空き家の横にサウナカーを止めて、塩サウナを設置した。


 所持金 0円 2,390,500リブル 【100,000リブルが使用されました】

【小型塩サウナ・温度調節機能有(保護付き)の設置が完了しました】




 簡易食を食べて塩サウナについているシャワーを順番に浴びた後は、全員でウトウトとしていた。まだ夕方だったけれど、昨夜はほぼ徹夜だったので護衛の人達も含めて気が緩みまくっていた。


 護衛の人達はそれでいいのかと思ったけれど、サウナカーで走っている時に魔獣が突進してきても木に激突しても傷一つ付かないサウナカーの結界を見て安心したそうだ。結界の張られているサウナカーと塩サウナの中に居れば絶対安全だと確信したらしい。目覚めた時にまたすぐ運転するためと言って俺たちよりも深い眠りに入っている。



 夜も更けた頃に外からの呼び声に気づいたのは、俺が一番扉の近くで寝ていたからだった。


「こんな夜中に誰だろう? 結界の事バレたかな……どうしよ」


 内側からトランク部分にあたる扉を細く開けると、そこには割と整った服装をした神経質そうな男性が立っていた。


「あちらにおられるヴィーザー卿が、結界について報告せよと仰っています」

「報告せよって……その人知らないし、何で? っていうか誰?」

「ヴィーザー卿が望んでおられるのです」


 神経質そうな男性の言う事には、このサウナカーに張られている結界についてどこの誰かも分からない人に説明しなければならないらしい。というか結界が張られていると分かっているという事は、サウナカーに侵入しようとしたのではないか。


 男性の服装と態度を見る限りではそのヴィーザー卿という人はある程度の地位がある人なんだろう。でも俺には関係ない。人の家に勝手に入ろうとしてくるような強盗みたいな人と関わりを持ちたくないし。


「眠いのでお断りします」

「なっ……! 平民風情が、貴族であるヴィーザー卿に対して何と無礼な……!」


 無礼者に無礼と言われてしまった。俺の断りの言葉は相手にとって心外だったようだ。でも夜中だし、眠いし、辺り真っ暗だし。夜中に外へ連れ出すとか非常識だと思う。


 神経質そうな男性は顔を歪ませて怒りをあらわにしている。ヴィーザー卿が貴族なのは分かったけれど、その使いをしている人がこんな態度で大丈夫か。でもその顔と態度を見る限り、断って正解だったようだ。


「お前のためを思って言います。貴族のお誘いは素直に受けておいたほうが身のためです。平民が貴族に目をかけられるという事は素晴らしい幸運なのですよ」

「お誘いって……俺なんも知らないんですけど。元からここにあったものを勝手に使ってるだけって伝えといてもらえます?」

「なっ……!」


 スキルの事を知らない人に話す気はないし、この男性が鬱陶しかったので追い払おうとした。でも神経質そうな男性は驚いた顔のまま絶句して動かなくなってしまった。そんなに驚くような事を言ったのだろうか。


 男性がピクリとも動かないので扉を閉めて二度寝しようとしたら、どこからともなく同じような服装の男性がすっとんで来た。知らない間に援軍を呼ばれたようだ。援軍が到着したところで答えは同じなのに。


「結界についてお話頂けないようであれば結構です。ですがお連れの女性お二人を、ヴィーザー卿がお泊まりになられている快適な天幕にご招待したいとのことです」


 後から走って来た男性は、先に来ていた男性よりも幾分か丁寧だった。平民だからと馬鹿にする気配はない。だがその内容が気にくわない。おそらく塩サウナとサウナカーを行き来した時に見られたであろうビアンカとアマーリエを、貴族のヴィーザー卿とやらはご所望だった。


 貴族が面倒くさいって言うのは今すごく理解した。最初から結界じゃなくて二人が目当てだったんじゃないのか。


「女を希望するって、何が目的なんですか? 怪しすぎるんですが」

「ヴィーザー卿が是非にと仰っておりますので。ああ、貴方様と他の男性達には来て頂かなくて結構です」

「平民風情は大人しく女を差し出せば良いのです。貴族相手に拒否出来るとでも?」


 男性二人は結界についてはすぐに引き下がったのに、ビアンカとアマーリエを寄越せという要求に関してはどんな言葉で断ろうとも一歩も引かなかった。


 しばらく言い合いしていたが全然帰ってくれない。どうやって追い払おうかと考えていたが、真後ろにいた怨霊の佐久間が耳元で囁いてくれた通りに男性たちに伝えて一旦扉を閉める。


 その内容は、二人の女性には準備させてから向かわせる、護衛を貴族の天幕の外で待機させるといったことだった。



「……本当に二人とも行くのか? 無視したっていいのに。そんなに貴族ってのは怖いもんなのか?」

「アマーリエとベネディクトってトワール王国の貴族でしょ? 顔を見られたんだとしたらこっちも相手の顔を確認したいって言ってるの。顔だけ見たらすぐ帰って来るから大丈夫よ!」

「えっでも……待ってる貴族の人って男だろ? 危なくないのか?」

「護衛も連れて行くから平気よ」


 ビアンカとアマーリエは俺が外にいる男性と話している内容を聞いていたらしい。ベネディクトはともかくアマーリエは隣国に嫁いだ身のため、もしもヴィーザー卿とやらがアマーリエの顔を知っていて呼びつけたのだとしたら不味い事になるという。


 アマーリエはその名前を聞いたことがないので上位貴族ではなさそうだというが、下位貴族であっても身元が割れるのは困る。既に顔を見られてしまっているのだから、こちらも相手の顔と爵位を確認して何らかの手を打ちたいという事だった。


 こんなに大事な時に肝心のベネディクトはスヤスヤと眠っている。寝顔は女の子みたいで可愛いんだけどな。


「そんな顔しなくても大丈夫よ! とにかくアンタ達はさうなかーから出ずに待っておけばいいの! 確認したらすぐ戻ってくるから、大人しく待ってなさい!」


 何故か自信満々にそう言い放ったビアンカは、アマーリエと護衛を引き連れて件の天幕へと歩いて行ってしまった。




 所持金 0円 2,390,500リブル (手持ち 0リブル)


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