第57話 旅立ち

 運転はベネディクトの連れてきた護衛達に任せることになった。サウナカーはオートマ車だからペダルを踏むだけで進むし、この世界には標識も法律もないから切符を切られることもない。彼らが運転を覚えるのは早かった。地球の子供だって、二歳くらいからおもちゃの車に乗るしゲームで遊んだりするんだ。足でペダルを踏みながらハンドルを操作するくらい、難しくない。


 俺が運転席に座って横からナビをしてもらうよりも、彼らに運転してもらった方が効率がいいし何より楽だ。それに運転席に俺が座って助手席にナビ役の黒ずくめの男を乗せるよりも、後部座席でビアンカとアマーリエたちとわいわい過ごしたい。


「アイツら簡単にお金出したな。さっすがお貴族様だな。バカなのかな」

「村の人達、大丈夫かしら? 貴族から攻撃受けないかしら?」

「何回も念押ししたし大丈夫だろ」

『湯浅先輩の職業がペテン師になる日は近そうですね!』


 ビアンカは心配そうに言うけれど、結界付きの家があるんだし、いざとなったら村人が客室内に立てこもれば問題ないと思う。仮に補給を断たれたとしても食事が一日一回山盛り出るし、それが二軒もあるから何とかなりそうだ。家族風呂と欧風の客室もあるし。


「アンタねぇ……村長が頭を抱えてたけど、帰ったら怒られない?」

「それは考えないようにしてる」

『いつも通りですもんねっ!』


 護衛二人が運転席と助手席に座り、残りのメンバーは後部座席に座ってレーメンの町へ向かっている。もちろん薪の火は消してある。火は消しているのに室内はほんのり暖かく快適だった。


「じゃあレーメンの町で待機してる護衛達に知らせて、あと食料の調達もしないとな」

『他の護衛の人達、何人いるんでしょう? 彼らはここには乗れないから馬車になるんでしょうねえ』

「だなあ。ベネディクトはもうお金ないって言ってたし、乗り心地の良いこの車を譲る気にはならんな」

「僕の金貨を奪っておいてよく言う……」


 ベネディクトに馬車についてのアレコレを聞いたけれど、揺れるし冷えるし音がうるさいし速度は遅いしで好んで乗りたくないらしい。特に国境越えは足場の悪い山道や荒れ地を通るので、単純に町から町を移動するよりも辛いという。


 サウナカーは見た目は小屋だけど、乗り心地は車そのものなので振動が少ない。外の騒音も車の中に居る時と同じくらいの聞こえ方だし、速度も結構出る。後部座席はサウナとして利用するためなのかシートベルトなどが取り払われているが、揺れないからベルトをしなくても安全に思えた。異世界だから捕まらないし。


「このさうなかーっての、本当に揺れないな。小金貨一枚でこれが買えるのだとしたら、クレーメンス兄さまたちにも同じものを……」

「営利目的はご遠慮ください。あと偉い貴族と関わりたくないからな」


 ベネディクトが皮算用を始めたので忠告しておく。今回ベネディクトと一緒にトワール王国へ行くにあたって念を押したことは、俺は国や貴族に囲われて利益のために利用されるのは嫌だということだった。


 営利や軍事目的で利用しようとしたら速攻で逃げると言ってある。村に帰ると言ったらエゴンさんに迷惑がかかるかもしれないので、誰も知らない土地にティモと一緒に逃げると言った。なぜかビアンカとアマーリエがその時は連れて行ってくれと申し出てきたが、アマーリエはせっかく戻れた母国から動いたら不味い気がする。


 今回はあくまでもベネディクトの友人として、私的なプレゼントをする為に行くのだ。


「あっ、あれ? スピード出てないか?」

『護衛の人が血走った目でアクセル踏んでます! あの人スピード狂じゃないですか?!』

「うわっ、揺れないって褒めたばっかりなのに!」

「大きな石を踏めば揺れるのは当たり前でしょう?! バカなのかしら?!」

「ティモ舌かみそう」

「そうだ姉さま、クレーメンス兄さまが床下とか天井裏とかメイドとか難しそうな話を父さまに報告してたけど意味分かりますか? あまり聞き取れなくて良く分からなかったんです」

『ベネ君、空気よんで! みんなの様子見て!』

「それ後でよくないいいいいぃぃ?!」



 スピード狂の護衛の人たちのおかげで、歩いて半日かかるレーメンの町まで一時間かからずについた。この速さだと、もしも村から貴族が追いかけてきたとしても簡単に振り払える。


 町の外にサウナカーを止めて後部座席で座って待っているだけで食料が運び込まれ、またすぐに出発した。護衛の人達は運転の楽しさに憑りつかれたようだった。狭い運転席側に三人がギュウギュウに乗り込んでハンドルを奪い合っている。


 出来れば本職の護衛の事も忘れないでください。


 馬車で国境越えをした場合、難所と呼ばれる深い森を越えるのに三日はかかるらしい。馬の休憩や夜間の休息があって実働時間が短いのが原因だ。魔獣は頻繁に出るし、足場も悪い。休み休み走ると、どうしても数日はかかってしまうと聞いた。


 けど多少ぶつかっても大丈夫な結界と車のハイビームと護衛の人たちの気力で真夜中の山道をかっとばした俺たちは、次の日の夕方には難所を越えてしまった。


「おえっ、きもちわるい……」

「何でアタシたちも徹夜なの……」

『眠れない私は暇が潰れてラッキーでしたけどねっ!』

「ベネディクトの護衛だろ? 食事と睡眠は大事だって言ってくれよ……」


 丸一日ほどで国境を越えることが出来た理由はサウナカーの性能だけではない。護衛の人の完徹に付き合った俺たちのおかげだ。簡易食なら走行中の車内でもとれるが、板張りでシートベルトもなく安定しない席で睡眠をとることなんてできない。床や座席に寝ころんでも揺れに合わせて体がごろごろと転がる。


 ビアンカとアマーリエは寝不足で機嫌が悪いしティモは車酔いするしで散々だ。


「何か問題でもある? 馬車で移動した時は野宿だし、魔獣が怖いから全然眠れないんだよ。それに比べたら明るく快適な室内で起きて話しているほうがいいじゃないか。早く着いたし」


 護衛に命令できる立場のベネディクトがこうだった。休憩をとれとか食事を摂れとか全然命令しない。こいつはアレだ、KYだ。シスコン属性にKYも追加だ。KYって最近聞かなくなったけど死語なんだろうか。


「簡単に国境越えしたみたいだけど、検問とかはないのか?」

「あったよ」

「えっ?! いつ?!」


 ベネディクトは検問があったと言うけれど、検問っていうのは普通後部座席とかも確認するような気がする。覗かれた記憶がない。


 サウナカーの後部座席には窓がなかった。付いているのは運転席側に通じる小窓だけだ。なので外の様子が全く分からず、検問を受けたと言われても実感がない。確かに途中何度か揺れが少なくなった時があったが、その時だろうか。ベネディクトが貴族の特権かなにかで後部座席を確認されずに通れたのだろうか。でもこの見た目が物置小屋の車で検問を通過できる気がしない。


「揺れが大きくなって、そこの金髪の女が頭をぶつけた時があっただろ? その時に検問をしている奴らの死角を走り抜けた」

「ああ、そんなこともあったなぁ。ってことは検問受けてないってことか」

「そうだよ。カナタが鼻の下を伸ばしながら金髪の女の頭をさすっている時に……ぐはっ! なんで僕?!」


 そんな事もあった。頭を思い切りぶつけたというビアンカの傷の確認をしたのだった。幸いにも小さなたんこぶが出来ていただけで、出血はなかった。たんこぶよりも出会った頃と比べて明らかに艶やかになっている金髪の触り心地のほうが気になった。どちらかというと今ビアンカに殴られているベネディクトの方が重傷だ。


「それからカナタ。言おう言おうと思っていたが、姉さまの顔を凝視するのはやめてくれない?」

「ちょっとしか見てないし」

「いや見てるから! そこの金髪の顔の数倍は見てるから! 姉さまが綺麗なのは事実だけど、弟としてはすぐにやめてもらいたい!」

「……あっ、あのっ……わた……わっ……、わたく……っ」

「アマーリエは無理して喋らなくていいんだよ」


 だからコメントはお控えください。ほらベネディクトがそんなことを言うから、最近丸くなってきたビアンカがまた尖ってきたじゃないか。アマーリエも顔を赤くして何か喋ろうとしている。ベネディクトには普通に話せるみたいだけど、やっぱり男の俺がいる場では言葉が出てこないようだ。


「そうだベネディクト、さっき何か言ってなかったか? それってアマーリエが元いた屋敷のメイドさんのこと?」

「今は話す気分じゃない」

「あまのじゃく成分も追加、と」


 出発してすぐにベネディクトが何やら言っていたけれど、しっかりと聞けていなかった。思い出した時に聞いておこうとしたのに、ビアンカに殴られた事で機嫌を損ねてしまった彼は不貞腐れて話してくれなかった。


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