第48話 伝令来る

 その日、このあたり一帯を治める領主から村長のエゴンさんに伝令が届けられた。馬に乗って伝令を届けに来たのは革の鎧を着こんだ小柄な男性だった。この世界に来て初めて会ったクリストフさんとエグなんとかさんも革の鎧を着ていたが、その鎧よりも高級品に見える。さらにあまり使い込まれていない鎧は綺麗にも見えた。


「大型魔獣討伐のための協力……だと?!」


 小柄な男性の話す内容は、増えてきている大型魔獣を一気に討伐する作戦が立てられているというものだった。そのために拠点のように補給所となる場所が必要であると。その補給所の候補地として、外堀のあるこの村に白羽の矢が立ってしまったようだった。作戦は土地を治める領主直々の指示によるため、村民に拒否権はない。


 数日後には討伐隊がこの村に到着し、討伐準備が始まる。作戦実行は数日から数週間を予定しており、その間村人たちは村を宿屋代わりに丸々明け渡し、邪魔にならない場所で待機させられる。討伐隊の食事の世話などは村人たちがしなければならず、村から逃げ出すことは許されない。さすがに討伐隊の食料は運び込まれるようだが、そこに軟禁状態の村人の食料が含まれているかは明言されなかった。


「村の奴らの家を、見ず知らずの討伐隊が好きに使うって事か?!」

「基本的に討伐は昼から夕方にかけてになりますので、朝夕の食事の手配と寝所の提供となります」

「じゃあ村の奴らは野宿しろってか?!」


 村長の怒気交じりの問いに、小柄な男性はさも当然のように頷く。その男性の態度からは、村の人達を下に見ている気配がにじみ出ていた。この村の人達は奴隷ではなく平民のはずだが、この男性は平民より上の立場の人なのだろうか。


 小柄な男性は、村長の細かな問いかけに対してはただの伝令であるので詳細は分からないと答えつつ、領主の要求とやらはしっかりと伝えてくる。「領主様が今回の成果に多大な期待を寄せられている」と言い残し、町へと戻って行った。討伐隊の全員が揃うまでは安全なレーメンの町に滞在するらしい。




「森の中にいる大型魔獣を退治してやるから村を丸ごと使わせろ、って事ですか? 村の人達で今でも倒せてますよね?」


 全身から怒りをまき散らしている村長のエゴンさんに恐る恐る話しかけると、意外にも弱り切った声で返答があった。


「建前はそうだろうよ。だが実際は、この村の魔獣素材の収益を見て、税として徴収するだけでは物足りなくなったんだろう」

「村の利益を全部奪い取りたいってことですか? でも討伐隊の人件費とかありますよね?」


 その問いには、クラウスがしゃしゃり出てきて説明をしてくれた。この村に外堀が作られていることはレーメンの町で噂になっているらしい。おそらく商人のドミニクさんやその付き添いの冒険者あたりから漏れたのだろう。それを聞きつけた領主がこの村の収益を調べ、魔獣の討伐数が飛躍的に伸びていることが発覚した可能性が高いという。


 そしてここからは推測ですがと前置きをしつつ話は続く。村の収益を独り占めしたくなった領主は、外堀のある村が補給所となるので極めて安全で快適であると触れ込んで人員を集めた。それまで大した実績も残せていなかった貴族の子息などはそれを聞き、いい機会だと実績を作るために参加する。爵位を継げない予定の貴族の次男や三男は、支払われる手当よりも名誉が欲しい。だがいきなり戦争で手柄を立てる自信はなく、ソロで魔獣討伐に出る勇気もない。領主は支払いを抑えながらも人手を確保する事に成功したのだろうと。


 もしも偶然にも名の知れた大型魔獣を討伐できれば、一気に名を上げることが出来る。名の知れた魔獣というのが良く分からなかったが、ドラゴン系を倒せれば竜殺しドラゴンキラーなどの異名がつくとの説明を受けた。


「……ドラゴンいるの?」

「竜というよりも蜥蜴トカゲといった小型の魔獣ですが、それでも珍しいので万が一にでも発見して討伐できれば大変な名誉になるはずです」


 爬虫類や両生類はこの世界にきてから見ていないはずだ。トカゲがどちらに属すのかを考えようとしたが、今はどうでもいい。討伐隊はこの近くにいるのかも分からない魔獣を、どのように討伐するつもりなのだろうか。森の奥深くを闇雲に探し回るのは危険な気がする。見つけたとしても実績を上げられていない人達だけで討伐可能なのだろうか。


「それにしても、この村は領主に目を付けられるほど魔獣で儲けているんですね?」

「お、おう。まあな……」

「俺、この村に来てから分け前を貰ったことないんですけど」


 儲けたお金を何に使っているのかとジト目で村長のエゴンさんを見つめると、目を逸らしながらも土地と食事を分けてやってるだろと言われてしまった。土地は領主のものだと聞いているし、食事だってたいした金額にはならないはずだ。そのほかの村人たちに詰め寄って売り上げのことを聞こうとしたが、近づくとさっと人がひいていくし目を合わせようとしたら逸らされる。


 何かがおかしいと思う俺の思考を戻すようにクラウスがまた追加の説明を話し出す。全て噂から推測しただけですがと言いながらも、本当のように聞こえるのは話し方のせいだろうか。


 町で仕入れた噂によると、別の土地でも同じようなイベントが行われたことがあったという。その際には討伐隊が快適に過ごせるようにと村の周りに臨時の柵が作成され、夜間の安全が確保されてから作戦が実行された。村は一時的であったが他の村に比べると立派な造りになったという。


 しかし討伐隊が自由気ままに使用した村の家々や畑は終了後には損傷がひどく、そのままでは住めない状態で返却されてしまった。家を丸ごと提供するのだから多少の損傷は分かるが、畑は何があったのか不明だ。農地が被害を受けたというのに、討伐隊は気にする様子もなく帰って行き、その後領主から村へ対する恩赦や減税などはなかったという。


「え、その人達その後どうしたんだ? またその領主の下で管理されるの嫌じゃない?」

「領主を恨む者もいたでしょうが、平民にはどうすることもできないでしょうね。土地を捨てて移動するというのは案外難しいものですよ」

「そういうもんなの?」

「そういうものです。その村も相当苦労したようですが、数年越しで何とか持ち直せたそうです」


 エゴンさんのこの村がどうなるかは噂を聞いただけではまだ分からないが、クラウスの話を聞く限り家や畑が元の状態で戻ってくることはないのだろう。村の立て直しも必要だろうに減税もないとか、領主は強盗か盗賊の末裔なんだろうか。


「領主が強盗の末裔なら、討伐隊組まずに村の売り上げをぶんどったらいいのに」

「それはそれで問題あるだろ」

「我々の知らない法があるのですよ、きっと」


 村のメリットを必死で考えてみたが、たまに村に来るような大型魔獣を倒してもらえる事しか思い浮かばなかった。しかしそれに関しては腕利きの村人たちで間に合っている。どれだけ考えても協力する程の利点が思い浮かばなかった。


「利点云々は関係ありません。あの伝令の男も言っていましたが、領主直々の指示なので拒否権はないのです」

「そこまでしてお金が欲しいのか? 領主は今でも裕福なんだろう?」

「領主様は貴族だからな。貴族からしたら奴隷上がりの平民なんて人として認識できないんだろうし、そういった者が金を持つのを良しとしないんだろ」


 村長のため息交じりの言葉に、アマーリエはビアンカの陰に隠れて気まずそうな顔をしていた。そういえばアマーリエは貴族だった。村長にそのことを言うの忘れてた気がする。バレたらまた怒られるかもしれない。でも訳ありだと話してあるし、村長ともなると言わなくても気づいているはずだ。だから俺悪くない。




「村長、すみません。俺がクラウスに土を掘らせなければこんなことには……」

「カナタか、いやいいんだ。村の位置からして、外堀がなくとも選ばれてた。それにあの外堀がなけりゃ今頃村は壊滅していたかもしれん。見ただろ、堀に嵌まり込んだ魔獣たちを」


 いつものようにおまえが余計な事をしたからだと怒られるかと思ったが、村長のエゴンさんは俺の言葉を否定した。確かに外堀がなければ手こずっていただろう大型魔獣もいたけれど、罪悪感がひどい。何か挽回できるチャンスはないだろうか。


 そうだ、討伐作戦中は村人たちが野宿だって聞いたし、あの露天風呂付客室を貸し出そうか。


「罪悪感の払しょくのために、みなさんの寝る場所を提供しようかと思います」


 俺の考えを村人たちに話して相談した結果、作戦の間は村の外れにあるスキルで出した家を使って貰う事になった。最初の頃に村人が家族風呂や足湯に入ろうとしても入れなかった事実や、大きな蜂たちを無傷で倒し切ったことなどから、俺のスキルは安全面で信頼があるようだった。どのレベルの攻撃まで結界が有効であるかは分からないけれど、野宿やただの木造の家に籠るよりもいいと判断された。


 隅のほうに固まっていろと言われているし、西の端に追いやられるようにして建てた家族風呂と露天風呂付客室は位置的にちょうどいい。そもそも大金をかけて設置したあの家を討伐隊とやらに明け渡す気はさらさらない。貴族の快適に過ごしたいという欲の為にこのスキルを利用されてなるものか。


「家は外観が木造だから結界諸々誤魔化せるとして、足湯は見た目とかまずいかな?」

「ごまかせるわけないだろ!」

「結界が誤魔化せるとは到底思えませんが。そうですね、あの土に埋まった二階建ての家と平屋の家を足しても、村人全員が生活するには狭そうです。いっそのこと足湯を消してしまい、その跡地に目立たない大きさの平屋を新たに建てるのはどうでしょう?」


 クラウスの提案に、村長も村人たちも頷いている。足湯は壁がない事もあって外から丸見えで、なのに中に入れないのは明らかにおかしいと言われてしまった。足湯よりも木造の建物の方が、外から見た場合には疑問を持たれにくいとクラウスが説得してくれたのもよかった。


 平屋タイプのものであれば新しく立てるのを許可すると、条件付きではあったが村長からお許しが貰えた。入りきれない村人は当初の予定通りテントのような簡易の家を近くに建てて交代で利用するらしい。


 温存してあった大金を使う時がやっときたのだ。


 そうか、平屋タイプが許されるのであれば、家族風呂じゃなくて露天風呂付客室の平屋の和室タイプを設置してみようか。そうすれば和食が毎日食べられる可能性がある。懐石料理みたいなのが出てきてくれたら嬉しい。欧風タイプのワインや紅茶のようなおもてなしサービスは、和室の場合どうなるのだろうか。家族風呂でまんじゅうだから、露天風呂付客室ならきんつばとか餅系の何かとか……いやその場合は数が少ないだろうから毎日奪い合いになるか? なら平屋でありながらも大人数用の客室を選択すれば……。


「おいカナタ! 目立たないやつって言ったよな?!  聞こえてるか?!」

「…………」

「聞いちゃいねえ!」


 作戦までは数日あるらしいので、その間にじっくりと選ぶことにしよう。室内の装飾や設備については不思議な点があるだろうが、この村の人達ならばサウナも足湯も見ているし少しくらい奇抜なものを選んでも突っ込まれないだろう。


 沈んでいた気分が一気に上昇する。根が単純なのかもしれない。


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