第24話 村に足湯を

 商人のドミニクさん達が帰った後は、朝食のスープとふかし芋を貰ってティモと二人で食べる。グレートゴートの肉は村人の人数分だけ確保して、残りは素材と共に売り払ったそうだ。商人のドミニクさんは前回の熊のような獲物を期待していた様だったが、グレートゴートは熊よりも高く売れるらしくほくほく顔で帰って行った。倒した魔獣を置いておくように言われたのをすっかり忘れて守らなかったこと、追及されなくてよかった。


 今朝のスープにはホーンラビットの肉が入っているそうだ。キャタピラーだったら食べられない。この世界の人の価値観とか倫理観とかが分からない。ちなみにグレートゴートの肉は日中に処理を済ませて夕食に出してくれるらしい。


「ドミニクさんから大銀貨9枚も貰ってしまった。クリストフさんが言わなきゃ忘れてたな。あの人は良い人なんだろうか? ティモも見逃してくれたし。うーん……まあいいか。大銀貨持っておくの怖いからタブレットにいれておくか」

「ティモがいれる!」


 朝食を食べ終わったティモが、楽しそうな表情でタブレットに硬貨を投入していく。楽しい要素がどこにあるんだ。あれかな、娯楽がないからこんな事でも楽しいのかな。自分の幼稚園時代を思い出してみるが、運動場を走り回っていた記憶しかない。


 そうだ、走ってるだけでも楽しかったんだ。俺は何かを失くしてしまったんだな……。



 硬貨の投入が終わったタブレットを見ると、順調に所持金が増えている。異世界ってこんなにも簡単に金稼ぎが出来るのか。日本であくせく働くのが馬鹿らしくなってくるな。


 所持金 0円 1,280,500リブル 【1,200,000リブル入金しました】  


「おお、結構ふえたな! でも銭湯は300万リブルだからまだ買えないかあ。足湯なら設置できるって、あとで村長に相談しに行こう」


 穢れてしまった心の洗濯をするべくティモと朝風呂に入り、休みながら温泉まんじゅうを食べる。毎日食べても飽きることがない。朝に無意識で飲むコーヒーと同じように、ルーティンに組み込まれてしまった。


「今日の予定、特にナシ! 娯楽がないと暇だなあ……」

「はたらかないの?」

「武器も使えない俺に何かできると思うか? ああ、ルイスで遊ぼうか」



 食事の容器を返却するついでに、ティモを連れて村人たちの様子を見に行った。村長のエゴンさんはグレートゴートに荒らされてしまった畑を修復している。数人の村人が手伝っていて、ルイスは近くに座って眺めている。本当に何の役にも立たないなこいつは。


「村長、商人のドミニクさんから熊の代金を貰って思い出したんですけど、南の小屋から持ってきた熊とデスワームの代金、まだ村長から貰ってないですよね?」

「ちっ、カナタか!……畑を荒らされたから農具を多めに買いたいんだよ。鍋とかもいるし、貯金もしたいしさあ。そのうち返すからさ……今月だけさあ……」

「典型的なダメ男のセリフだ」


 元から期待していなかったが、それならちょっとお願いしてみようか。ふと思いついたことがあり、村長に提案をする。


「まあいいです。交換条件って訳ではないんですが、魔獣の代金はいらないので、俺とティモをこの村に受け入れてもらえたら嬉しいなと。今ってお試し期間のようなものですよね? この村はすごく居心地がいいので、もうしばらくお世話になりたいなと」

「ん? 何言ってんだ? カナタとティモはもう村の一員になってるぞ」

「えっそうなんですか? いつから?」


 村長のエゴンさんによると、ワーム系の魔獣をサウナ室で潰したあたりで、俺とティモを警戒していた村人たち皆が警戒を解いてくれていたらしい。あの頃から俺たちはこの村の一員となっていたようだった。税の関係で村民登録などはしないらしいけれども。知らない間に契約が更新されていた気分だ。


「俺たち戦えないですけどいいんですか? 見回りしたとしても倒せないですけど……」

「いやいやいや、大型魔獣を二度も倒してるじゃないか。あの二度で釣りがくるほどだ!」

「グレートゴートはオレだから! オレが液体を垂らしに走ったんだから! そこんとこ認識間違えないでくれよな!」


 戦闘しなくてもいいと村長からお墨付きをもらってしまった。しかし村人として認められているなら、これからも少しくらい迷惑をかけても前のように怒られないはずだ。怒られないならちょっとサービスしてみようか。スキルを披露するチャンスなのかもしれない。


「認めてもらえた嬉しさをスキルで表現したいと思います。お金も貯まったし、村のどこかに風呂みたいなのを設置しようかと思うんですけど」

「おう、打診してたやつだな。風呂を建てるのに金がいるのか? 家の中じゃないと出せないし消せないし、変なスキルだなあ?」

「ええまあ。それで場所はどのあたりがいいですか? 高さはそんなにないんですけど、広さが今の俺の家の二倍くらいあるんです。あっあと、村長が希望しているような全身浸かれるようなものじゃなくて、足だけなんです」


 場所をとると聞いた村長は途端に渋い顔になったが、村人たちと相談を始めて俺の家のすぐ隣のスペースを指定してきた。足だけという説明には不思議そうな顔をしていた。足湯文化はこの世界にはないのかもしれない。


「厄介事を全部、俺たちの家周辺に押し付けようとしてません?」

「そ、そんなことないぞ! カナタと村民の仲を深めてやろうとしてだなあ……!」


 村長はたじろいでいる。図星の様だった。村長からも村人からも許可は貰ったしスペースは十分あるし。お金なら町で塩を売れば手に入るし、村長からの依頼も達成できるし。ちょっと村人を驚かせてみようか。大金を手にした俺は気が大きくなっていた。



 家族風呂へ帰り、タブレットを見ながらティモと足湯を選ぶ。


「ふはははは、大型の足湯をプレゼントしてやろうか! ……うーん、簡単な更衣室が付いるのもあるなあ。ライトアップはいらないとして……足湯にジャグジーって必要なんだろうか。迷うなあ」

「まんじゅうある?」

「さすがに足湯におもてなしサービスはないだろう。あっそうだ、ひとつに絞らなくても小型か中型を二つ並べればいいんだ」


 悩みに悩んで、屋根と机付きの半円形に作られた小型の足湯と、屋根と足裏ツボ押しが付いている八角形の中型の足湯を並べることにした。小型が50,000リブル、中型が90,000リブルもする。これなら普通の浴槽にすればいいかと一瞬考えたが、狭めのユニットバスでも200,000リブルもするからもうこれでいいか。俺には家族風呂があるし。


 それに余計な内装が付いていない方が都合がいい。村人に風呂を開放するにあたって一番ネックだったのが、室内の装飾や家電の存在だった。足湯ならそれがほとんどない。


 マップ画面で人が居ない事を確認し、指定された場所に足湯を設置する。以前マップを見た時は村の中に黄色の丸もちらほらいたが、今はすべてが青だった。村長が言っていた事は本当だったのだ。



【小型足湯・屋根有半円・机有り(保護付き)を選択しました】

 所持金 0円 1,230,500リブル 【50,000リブルが使用されました】

【小型足湯・屋根有半円・机有り(保護付き)の設置が完了しました】


【中型足湯・屋根有八角・足裏ツボ押し有り(保護付き)を選択しました】

 所持金 0円 1,140,500リブル 【90,000リブルが使用されました】

【中型足湯・屋根有八角・足裏ツボ押し有り(保護付き)の設置が完了しました】


「ちょっと、かなり……場所取ってしまったかもしれない」


 実は一つめを設置した時に気づいてもいたが。また怒られるだろうか。


「ティモ、さっそく見に行こうか」

「あめちゃんある?」



 家族風呂の裏側に設置した足湯を見に行くと、想像よりもはるかに広い足湯がどどんと設置されていた。湯からはほかほかと湯気が上がっていて、ティモが大喜びで服を脱いでダイブしている。足湯はそういった使い方はしないんだけど。それにさっき朝風呂入っただろ。とかいいつつ俺も靴を脱いで足湯に浸かる。


 足だけとはいえ、一番風呂はやっぱり気持ちいいな。温泉になっているせいなのか、湯が少し茶色く濁っていていかにも効能がありそうだ。でも浸かるのは足だけだから、腰痛とか肩こりにはさすがに効かないよな。


 ああ、どうせこのあと怒られるんだろうなあ。


「おいカナタ! こんなでかさだとは聞いてねえぞ! 聞いてた大きさと全然ちがうじゃねえか!」

「ごめんなさい」


 俺が謝っている横からルイスが飛び出してきて、足湯の周りを走り回る。


「おおおお広くてふたつもある! オレも入っていい?! ってかもう入っちゃうもんね!」

「野外に風呂ですか? ルイスも外で全裸など……羞恥心というものはないのですか? それにカナタ、村民にはまだ解放しないと私と約束したではないですか! 私の存在意義が……」

 

 村長率いる村人たちがわらわらと集まってきた。村長やっぱり怒ってる。クラウスもまた文句を垂れ流している。そういえば気が大きくなってクラウスとの約束をすっかり忘れてた。クラウスのアイデンティティなんて知るもんか。大金を目の前にすると判断力が落ちるんだ、仕方ない。


「なんだこりゃあ? 井戸かあ?」

「いや、湯気が上がってるぞ。どういう仕組みだ?」

「ルイスが泳いでるぞ! これは裸になれば使えるのか?」

「おい、こっから先に進めねえぞ! どうなってんだ?」


 村人たちは大量の湯を目の前にして驚いていた。村長を中心に口々になにか喋っている。全員が結界に阻まれて入って来れないようだったので、目についた人から手をひいて中へと入れてやる。


「これは足だけ入れる浴槽なんで、靴を脱いで裾をまくって入ってください。周りに結界が張られているので、入れない人は俺に声をかけてください。俺が手を握ったら以降は何度でも入れるみたいです」


 おじさん達とおばさん達の手を握りまくる。何故お姉さんがいないのか。村人たちはまたもや突然現れた建物に驚いて騒いでいたが、隙間なく詰めて座って足を湯につけると落ち着いたようだった。温かい湯は心を落ち着かせる。


「ちゃんと伝えてなかったんですが、俺のスキルはこんな風に浴槽を建物ごと設置できるらしいんです。そして設置した浴槽を含む建物には自動的に結界が張られます。俺が許可した人しか中には入れませんので、もしも大型の魔獣が襲ってきたらここを避難所代わりに利用してもらって構いません」


「ここはいつでも使っていいのか?」

「なんか怪しいが、確かに疲れがとれていってる気がするな。足しかつけてないのに」

「服を脱いだルイスの使い方は間違いなのか?」

「中は絶対に安全なのか? 何でここだけ暖かいんだ?」


 村人たちは口々に言い合いながらも、全員足を湯に突っ込んだままこちらを見上げてくる。44人入ってもだぁいじょぉうぶっ! 数人の子供は全裸になって遊んでいる。そういえばティモと村の子供たちが遊んでいるのを見るのはこれが初めてだ。仲良く出来ればいいな。


「ここはいつでも利用してもらって構いません。夜でも結界の中は暖かいですよ。生活できるほどのスペースはありませんが、一時的に寒さをしのぐことはできるかと。ですが村の外の人達には内緒にしてください。もしもバレたら俺の身が危ないらしいので、建物ごと消す予定です。あと、最初に建てた家に勝手に入って来たとしても消します」


 建物ごと消すと言うワードで、村人たちの顔が引き締まった。温かい湯を手放したくなくなれば、村ぐるみで秘密を守ることだなふはははは。村の外れに設置してあるので余所者にはそう簡単には見つからないとは思うが、一応は注意喚起しておいた。


 既に足湯の魅力に取りつかれた村人たちが、この足湯の存在をどのように隠ぺいするかを相談しはじめる。いい傾向だと思う。



 所持金 0円 1,140,500リブル (手持ち40,000リブル)



(誤字訂正しました2021/11/23)



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