第23話 森の中の家 (sideエグモント)

 オレはエグモント。依頼を受けて開拓村の見回りをしている中流冒険者だ。


 最近魔獣の数が異様に増えていることもあって、見回りの回数が増えた。収入が増えるからそれはいいんだけど、大型魔獣に遭遇してしまうと相方のクリストフと二人がかりでも手こずるから少し厄介だ。こんなにも増えてるって事はまたデンブルクの国王が何かやらかしたんだろうな。


「何だこりゃ? 鍵なんてついてないのに扉が開かない。引っ張ってもビクともしないぞ?」

「この壁も、木で造られているように見えてひっかき傷一つ付けられません。特殊な結界が張られているのでしょうか?」


 前回の見回り時に開拓村の近くに不思議な小屋をみつけた。その前に見回った時には何もなかったのに、突如その小屋は現れたんだ。小屋の中には細い体をした黒髪の男がいて、会話は通じたが常識は通じないようだった。これはもしかすると国王がやらかした影響で、この世界に引きずり込まれた異世界人かもしれない。そう思ってクリストフと目くばせし合ったのを覚えている。


 今はその不思議な小屋に再訪し、入り口の扉を開けようと奮闘している。オレは隣にいるクリストフに小さな声で話しかけた。


「小屋の向こうに井戸のような見慣れない小さな建物があったが、そこにも入れなかった。目の前に壁があるように中に入れないんだ。ドミニクに知られたら厄介だ。クリストフ、どうする?」

「小屋の中に人はいなかったとだけ伝えて誤魔化し、エゴンの村へ急ぎましょう。以前ここにいた男は村に向かった可能性が高いです。村で保護されていればいいのですが……」


 国がどういった儀式を行っているのか詳しい事は知らないが、魔石を買い集めて数年に一度大規模な魔術を行使している事は知られている。儀式が成功すればいいのだろうけど、大半は失敗していて数年前は小さな町の廃墟の中に異世界人が数人出現していた。その時はオレもクリストフも経験が浅く、領主様に事実をありのまま報告した。報告してしまったんだ。


 廃墟を整えて暮らそうとしていた異世界人たちは、領主様の息のかかった者に無理やり連れ去られ、その後どうなったかは分からない。王国に売られて酷使され続けているか、もう死んでいるかだ。この国のやることだから丁重にもてなすなんて考えられない。


 その後も王国が何かをするたびに、異世界人が各地でちらほらと現れるようになった。最初の頃は領主様に逐一報告を入れていたが、彼ら彼女らがその後どうなったのかを領主様に聞いてみても返答はなかった。数年で10人以上の善良な異世界人を犠牲にしてしまったんだ。オレ達の他にも各地を見回る依頼を受けた冒険者はいるから、実際にはその数はもっと多いのだろう。


 その後オレとクリストフは、異世界人らしき人を見かけても気づかないふりをして逃がすようになった。律儀に報告したところでオレたちが得をするわけでもないし。



「ドミニクさん、この家は今は無人のようです。扉には鍵がかかっていて入ることができません。諦めてこのままエゴンの村に向かいましょう」

「壊して中に入れないんですかねえ? こんなオンボロ小屋なら扉くらい壊しちまっても構わんでしょう?」

「それでは盗賊と変わりませんね。私達冒険者をどのようにお考えですか? それに今は留守にしているだけで、戻ってくる可能性もあります。私達に手荒な真似をさせるようでしたら、これまで目を瞑ってきた事を全て領主様にご報告しますが」


 クリストフの冷たい物言いに、商人のドミニクは不満そうな顔をしながら村へ向かう準備を始めた。このドミニクは領主様子飼いの商人で、金や権力が大好物だ。金が絡むと道徳観念が吹っ飛ぶが、それ以上に領主様には逆らえない。


「それに人が居なくなっているならそれでいいじゃないですか。ブラッディベアの代金も宙に浮きますし」

「あ、ああ。そうですな! すぐ次に向かいましょう! こんな場所で休んでなんていられやせんぜ!」


 黒髪の男から預かったブラッディベアは、大きな魔石が取れたこともあって高値で取引されたらしい。外傷が少なかったのも大きい。解体専門の奴がどうやって倒したのか分からないと首を捻るほどに綺麗な状態だったそうだ。水を要求した時に澄んだ水を大量に用意された事と併せて、あの黒髪の男が異世界人だった可能性がますます高まる。




 エゴンの村に到着すると、村人総出で魔獣の解体をしていた。


「ドミニクか。ちょうどいいところに来たなあ! ついさっき大型のグレートゴートが二匹も捕れたんだよ!」

「おおこりゃあ上物ですなあ! 解体までしてあるとは、手間が省けて助かりますぜ!」


 村長のエゴンとドミニクがいつも通り売り買いをしているのを眺めていると、見たことのある黒髪の男が村の奥から歩いてきた。元気そうな茶色い髪の小さな男の子と手をつないでいる。そうだった、子供を預けたんだった。オレの勘だが、あの子もこの世界の生まれではない気がする。


 小さい子供とはいえ、領主様に報告したら連れ去られてしまうのだろう。気づかなかった事にしたい。


「こんにちは。あの、以前ここから南に行ったところにある家に住んでた者なんですが……」

「お久しぶりです。クリストフとエグモントです。遅くなりましたが見回りに来ました。あの後こちらへ移住を?」


 黒髪の男から話を聞くと、預けた男の子と二人で生きて行こうとしていたが、エゴンと知り合う事で半ば強引に村に連れて来られたという。村民とも良い関係を築きつつ生活を始めたとか。あの小屋の中に他にも人がいると言った事を、この男はすっかり忘れているようだった。もっと危機感を持ってほしい。


 ドミニクに会話が聞こえない場所へ誘導して詳しい話を聞く。


 家に張られていた結界については本人も良く分からないと言う。今日もオレたちが来る前にあの小屋に戻って、どうにか言い訳してオレたちを追い返そうと考えていたらしい。質問すれば何でも答えてしまうこの呑気な男を放っておくと、ドミニクにも結界の事を話してしまいそうだったので、クリストフが必死で注意喚起していた。バレていないからそのまま秘密にするようにと言い聞かせていたが分かっているのか。油断しすぎだ。改めて話してみて分かったが、この男は異世界人だ。


 オレもクリストフも、数年前に多くの異世界人を領主様に引き渡して見殺しにしてしまってたことを後悔している。助けることは出来なくても見なかったことには出来る。


「それとティモの事なんですが……」

「ティモ? 誰ですかそれは。その子の名前でしょうか? その子は以前にこの村で見かけたことがあるような気がします。道具屋の女性から産まれた子ですよね?」

「え? えっと、どういう……」

「子供の話題で思い出しましたが、以前預けたはどうなりましたか? あの衰弱ぶりだと持って数日だったかと思っております。この国での弔いは土葬になりますが、もう済ませましたか?」


 クリストフの強引な話に黒髪の男は戸惑っている様だったが、ハッと気づいたような顔をした後は話に乗ってきた。ティモという名の男の子に一人で家へ帰るように言いきかせ、その後も現状について話し合い始めた。


 カナタと名乗った男は、この村で当分の間暮らすことに決めたらしい。この村は西隣の国から村ごと違法に連れてこられた人々の集まりなので、仲間割れなどが起きる心配もなく良い判断だと思う。


「魔獣が増えてきているみたいなので、この村の周りを囲うように堀を作ってみようかと思っているんです。そういうのって勝手にしてもいいんでしょうか?」

「大きな街であれば堀を作っていたりもしますが、村の規模では見たことがありませんね。もちろん作れるのであれば防衛のために築くのは良い事だと思います。しかしあまり目立ちすぎますと、領主様に目を付けられて村に良くない事が起こる可能性がありますね」

「ああ、やっぱり目立つと良くないんですねぇ……」


 小さな村に堀を作る事自体が目立つことなんだが、この男は分かっているのだろうか。その後もいくつか質問を受け、村長のエゴンとドミニクの取引が終わったようなので近くの町へ向かう事にした。



「ああそういえばドミニクさん! 以前こちらの男性からブラッディベアとホーンラビットを預かっていましたよね? 代金はもうお支払いしましたか?」

「そうそう! 傷が少なかったから大銀貨10枚以上になったって聞きましたよ! 運搬料と利益分を差し引いても大銀貨9枚は固いですよね!」


 クリストフとオレのわざとらしい大きな声に、守銭奴のドミニクが嫌そうに顔をしかめた。これは踏み倒す気だったに違いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る