第25話 全ては愛する彼女のために
「ではこれで会議を終了する。解散」
無事に会議が終わった俺は、編集室にある自分の机に戻ると、大きく身体を伸ばした。
会議というのは何度やっても肩が凝っていけないな。高い役職持ちだと、どうしても高齢が多く、役職持ちで一番年齢が低い俺は周りに気を使わなければならない。いくら実力主義と言っても、多少の年功序列は仕方がない事だ。
「もう外が真っ暗じゃないか。随分と長引いたな……ティアは今頃マリーの飯でも食ってるのだろうか……」
「ユース先輩、まーた恋煩いっすか?」
「あ? なんだソルか……まだ残ってたんだな」
「うっす。オレの担当してる人と意見交換をしてたら白熱しちゃって! いや~オレの担当も若いせいか、エネルギーがすごいのなんの! 若いっていいっすよね~オレもあの頃に戻りたいっすわ〜」
部屋の明かりでツルピカの頭を光らせながら、ソルは高笑いを編集室に響かせる。
なに年寄りみたいな事を言っているんだこいつは。俺達はまだ二十代……まだまだ若者に分類される立場だと思うんだが。
「それで、先輩の愛しの彼女さんの作品はどうだったんすか?」
「お前、わざわざ俺をからかいに来たのか? そんな暇ならさっさと帰れ」
「そんな怒らないでくださいよ~。ベストセラー作家の二作目が出るのかが気になったのと、ちょっと報告があって来たんすよ」
ならからかったりせずに、それだけを言いにきてほしかったんだが……まあ言ってても始まらんか。
「通った。上の連中もベストセラー作家の二作品目という事で、前回よりも盛大に告知をするし、初版の数も増やしてくれるそうだ。かなり期待されていると見て良いだろう」
「おお! やったっすね! おめでとうっす!」
「ありがとう。とりあえず通ってホッとしている」
「あ~その気持ち、メッチャわかるっす。原稿を完成させてから会議の結果を聞くまでって緊張するんっすよね~」
そうなんだよな。原稿は作家が書いたものだし、話も作家が考えたものだ。そうして作られた作品を俺達は読み込み、瞬時にその作品を直すべきポイントを見抜いて伝える。それを繰り返して作品を良くする努力をしていると、気付いたら編集者にとっても、その作品は大切なものになっている。
どうしても出版にまで持っていってやりたい――その一心で頑張るが、結果は通らなかった。その時の悔しさは計り知れないものがあるし、通った時の喜びは、なにものにも形容しがたいものだ。それは作者も編集者も同じだろう。
実際に俺も表には出さないだけで、通った事はとても嬉しいし、今すぐにでもティアに会いに行きたいくらいだ。
でも、今の俺にはそれをしている時間はない。まだまだやるべきことがあるからな。
「とりあえず彼女さんのところに行って報告してあげたらどうっすか? ついでにそのままいちゃいちゃ――」
「よしそこに正座しろ。躾がなっていない後輩に、俺が直接教育してやる」
「じょ、冗談っすよーやだなーもう!」
「まったく……教えるなら発売されるのが確定した時だ。何かの問題があって販売中止になる可能性もあるだろ。そうなったら……」
そうなったら、ティアは……きっと俺の前では強がって見せるが、俺がちょっと優しくしたら感情が爆発して……大泣きするだろうな。そんなの……させたくない。
「あっち~! ここだけ常夏の国かって思うくらい暑いっすわ~」
「なら帰って涼んでろ。それとも俺が恐怖で身体を冷やしてやろうか?」
「遠慮しておくっす。ていうか、まだ用があるんすよ。はいこれ」
「あ? なんだこの紙は。お前のラブレターか? 破り捨てるぞ」
「俺に男趣味はねーっすよ!」
「冗談だ。なになに……」
ソルから手渡された紙には、ここ最近のアベルの作品の売上数をグラフ化されたものが書かれていた。
これを見る限りだと、じわじわと伸びてきている。日によっては異常なほどに一気に伸びる日もあるが、その次の日には、異常な日より前の日のグラフに戻っている。
「例の作品のデータか。ソルはこのグラフを見たんだろ。どう思う?」
「やらせっていうか、自作自演もいいとこじゃないっすか? だって明らかに売り上げがおかしい日がありますし」
自作自演……つまり自分で出した本を、自分で大量に購入して売り上げが伸びてるように見せて、売れてるなら買ってみようと、読者に思わせようとしてる……ってところか。俺もソルの意見とほぼ同じだ。
「オレ、社交界の情報を結構持ってるんすけど……この主人公って、ベルナール家の坊ちゃんと同じ名前だし、性格も瓜二つなんっすよね」
「そうだな」
「あれ、知ってたんっすね。じゃあこっちのヒロインも知ってるっすか? あのワガママ娘で有名な、エクエス家のお嬢様っすよ。今は結婚してベルナール家に嫁いでるっすけどね」
「それも知っている」
「おお、結構情報通っすね! それにしても、こんな連中をモデルにして、ここまで面白く書いたもんっすよ。この作家さんに拍手を送りたいくらいっすね」
……この物語を書いた作者は、一体どうしてあの二人をモデルにした話を書いたのか、それがわからない。金で買収されたか、脅されてるのか……今調べてもらっているところだが……他にも頼んだ量が多いから、全ての準備が整うのには時間がかかりそうだ。
「まあもし自作自演だったとしても、本を出したところは金が稼げて喜んでるんじゃないっすか?」
「かもな。だが……俺としては、こんな自作自演の作品のせいでティアの物語の売り上げに影響が出る可能性や、いまだに
最悪、これだけだったらまだ許せた。ティアに勝つために汚い事をしているとはいえ、本には本で対抗してきてるって思えるからな。
だが、奴らは過去にティアに酷い事をしているし、つい最近も卑怯な事をしてきた。そう考えると、怒りが際限なく込み上げてきて、頭がどうにかなってしまいそうだ。
「先輩、彼女の作品はこんな不正作品に負けるようなもんなんっすか?」
「そんな訳ないだろ。ティアの物語は面白い。次もベストセラーを取れると信じている」
「なら、そんなにイライラする必要はないじゃないっすか。卑怯なものなんか、面白さという名の、圧倒的な力で潰せばいいんすよ。そもそも、小物なんかに構っていられるほど、作家も編集者も暇じゃないっすよ」
「……そう、だな」
ソルの言う通りだ。ティアの物語なら、あんな連中に絶対に負けないと信じている。そんな俺が今するべき事は、イライラするよりも他にあるな。
「ありがとう、ソル」
「いえいえっす。ところでユース先輩、明日休みっすよね。今日のお礼に一杯奢ってほしいっすー」
「悪い、明日もそれ以降も忙しくてな。休み返上で動かないといけないんだ」
「うーわっまじっすか。働くっすね~なんでそんな急に予定をぎゅうぎゅうに詰め込んでるんすか?」
「愛する人を悪者から守るため……かな。奢りは一通り落ち着いたらな」
俺はソルにそう言い残してから、荷物を持ってイズダーイを後にすると、近くにとまっていた馬車に乗り込んだ。
「すまない、会議が長引いた。出発してくれ」
「かしこまりました」
俺の声を合図に、馬車はとある場所を目指して走りだす。
あの書状を出してから初めて面会するが……何か良い情報を得ていると良いんだが……そればかりは俺にはどうこうできるものではない。今はただ祈っておこう。
「はー……先輩って、真面目で大人しくて無愛想で、指摘は良くも悪くもズバズバ言うから、いろんな作家を潰した、作家殺しの異名を持ってたのに……女が出来るとあんなに変わるんっすねぇ……その調子で、オレへの扱いも優しく……ならないっすよねぇ……はぁ、オレも彼女欲しいっすわ……」
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