第24話 卑怯な奴らなんかに負けないわ!
「ティア様……おかえりなさいませ」
「マリー! ケガはない!?」
「は、はい。私も今帰ってきたばかりなので……」
もしかしたらマリーの身にも何かあったのかもしれないと思ったけど、ケガが無くて一安心だわ。
ただ……家の方は無事とは言えないわ。壁には『底辺作家』『ただの運でベストセラーに選ばれただけ』『作家辞めろ』といった、誹謗中傷がペンキを使って書かれていた。
なんなのよこれ……一体誰がこんな事を……って、考えるだけ無駄か。こんなふざけた嫌がらせをして得する人間なんて、あいつらしかいないわ。
「ティア様、あまり見てはいけません。このような心無い言葉は……」
「私は大丈夫よ。それよりもマリーこそ大丈夫? 顔色が悪いわ」
「申し訳ございません……あまり大丈夫ではありません。私は……怒りでどうにかなってしまいそうですわ」
身体中を赤くしながら怒りを露わにするマリーの事を、私はそっと抱きしめた。少しでもマリーの怒りを和らげてあげたかったの。
「ティア様……」
「気持ちはよくわかるけど、一旦落ち着きましょう。中は無事なのかしら」
「まだ確認してないので何とも……私が確認してまいりますので、ティア様は外でお待ちください」
「いいえ、私も行くわ。もし誰かが潜んでた時に外にいたら、マリーを助けられないもの」
私はいつもイズダーイに行くときにいつも持っていくカバンを武器にして、マリーと手を繋いで中に入る。薄暗い家の中は……特に変わり映えは無かった。
リビングはとりあえず大丈夫。寝室は……うん、こっちも何の変化もないみたいね。
「よかった、何か盗られたりって感じもなさそう」
「あくまで落書きだけをしていったようですね。何とも質の悪い……」
「……マリー、私ね……犯人の目星はついてるの」
「え? それは本当でございますか!?」
「ええ」
私はアベル様の本の事や、私の本が非難されている事をマリーに伝えていなかった。マリーには心配をかけたくなかったから。でも……ここまで来たら隠すのも難しそうだし、正直に言った方が良いと思った私は、マリーに全て打ち明けた。
「なるほど……そのような事が」
「だから、多分この落書きもアベル様とニーナが差し向けた事だと思うの。私を精神的に追い詰めることで、二冊目を出すのを阻害して、本の売り上げで勝とうとしてるんだと思う」
「卑怯な方々ですわ。自分達がそのような事をしないと勝てない小物と言っているようなものです」
あはは……確かにそうかもね。凄い人だったら、卑怯な手を使わずに、実力でねじ伏せてきそうだし。どんな物語でも、主人公は努力して正々堂々と勝負をして、悪役は卑怯な手を使うって物語が多いわ。そして、勝者は必ず主人公だ。
でも、これは物語じゃなくて現実の話……正義が必ず勝つとは言えないわ。だからこそ、悪に屈さないで頑張らないといけない。ちょっと大げさかもしれないけどね。
「……もしかしたら、また嫌がらせをしてくる可能性もありますね」
「そうね」
「……ティア様。大変身勝手なお願いと重々承知のうえで、それでもお願いしたいことがあるのです」
身勝手なお願い? 急に何かしら……とても真面目な雰囲気だし、重大なお願いをされるかもしれないわ。な、なんかドキドキしてきた……。
「この家を守るために、仕事を辞めてもいいでしょうか?」
「え?」
「私はこれでも、エクエス家を守るために、過去に武術を学んでいた時期があります。ですので、そこら辺の不良相手なら余裕で勝てます。この力で、再びこの家に来た不埒な輩から、家を守りたいのです」
「マリー……」
マリーは生活を支えるために、今までずっと働いてきてくれていた。それは本が売れても変わらなかったの。本当はマリーを楽にさせたいって目的もあったから、これを期にゆっくりしてもらうのに、丁度いいかもしれないわ。
とはいえ、問題が解決しなかったらずっとマリーは家で神経を張り巡らせてないといけないし……どうしたらいいのかしら……そうだ、こういう時は、ユースさんに相談してみよう。あんまり迷惑をかけたくないけど、本の事が関係してるだろうし、協力してくれると思う。
「わかった。家の事は任せるわ」
「ティア様……ありがとうございます。私にお任せください」
「無理だけはしないでね。危なくなったら逃げるって約束して」
「かしこまりました。さて、このまま壁を放置しておくわけにも参りませんし、パークスの街でペンキを購入してきますわ」
「あ、私も行く!」
マリーの申し出を了承した私は、彼女と一緒にパークスの街へと歩き出す。
うーん……了承したとはいえ、マリーの事だから多分……いえ、絶対に無茶しそうよね……。
これ以上変な事が起こりませんように。私はそう願わずにはいられなかった――
****
「家に落書き、か……随分と直接的な嫌がらせに出てきたな」
いつものようにユースさんに原稿を見てもらいに来た私は、家に落書きをされた事を打ち明けると、ユースさんは忌々しそうに舌打ちをしながら、眉間に深いしわを刻んでいた。
あっ、ちなみに家の壁はペンキでなんとか修復したから、誹謗中傷の言葉はもう見えなくなってるわよ。
「とりあえず、それっきり音沙汰はないけど……」
「だが、いつまたやってくるかわからん。不安な気持ちはわかるが、今は執筆に集中しよう」
「そうね。ビクビクしてたら、それこそ相手の思うつぼだものね」
「そういう事だ。よし、原稿の話に戻るぞ」
「ええ。それで、どうかしら」
「完璧だ。これを次の会議に出す」
「っ……!」
やった! 無事に二つ目の物語も完成させる事が出来たわ! この感覚は何度味わっても凄い達成感ね! あー……本当に良かった……。
「今回も本当に頑張ったな、ティア。これもとても面白い。担当編集者として、俺も鼻が高い」
「えへへ……そう言ってもらえると、頑張ったかいがあったなって思えるわ。それで、そのー……」
「ご褒美、か?」
「っ……!」
前にもご褒美をおねだりしたことがあるおかげか、すぐに察してくれたユースさんは、椅子から立ち上がって私の方に来ると、控えめに両手を広げてくれて――私はその中にダイブした。
「っと……もう少し静かにできないのか」
「それは無理な相談よ。ギューってしてもらえるって思うと、嬉しくて力が入っちゃうから。あー……やっぱりユースさんにギューってされると安心するわ……もう離れたくない……」
「別に構わないぞ、このままずっとくっついても」
「え?」
「とはいえ、俺はこの後も仕事があるからな。このまま仕事をする事になる。編集部の連中に見られてからかわれたりするかもしれんが、まあティアのためなら仕方がないな。一人一人に俺の彼女だって自慢して回らなければ」
ず、ずっとくっつけるのは魅力的な提案だけど……編集部の人に見られる!? しかもからかわれるし、自慢して回る!? そ……そんなの恥ずかしくて耐えられる自信がない!
「あ、えっと……これ以上はまた後日に……」
「それが賢明だな。そうだ、これからしばらくは仕事でかなり忙しくなるから、しばらくは会えそうもない」
「そ、そうなの?」
「ああ。休み返上で動き続けなくてはならなくてな」
私の確認の言葉に、ユースさんは静かに頷きながら答えた。
うー……前に出版が決まった時に忙しくなってたし、出版前は忙しくなるのかしら……でも仕方ないわよね、頑張って耐えるしかないわ。
「わかった。私、ユースさんと会えなくてもへっちゃらだから! 多分! きっと!」
「自分で言ってて自信を無くしてないか?」
「き、気のせいよ。それで、次はいつ来ればいい?」
「今の段階では何とも言えないな。こちらから連絡するから、それまではゆっくり休んでいてくれ。じゃあまたな」
そう言いながら、急ぎ足で部屋を出ようとするユースさんと会えなくなるのがやっぱり寂しい私は、大きな背中に抱きついてしまった。
「ティア?」
「……………………よしっ。ユースさん成分をたっぷり貰えた!」
「……悪いな」
「ううん、大丈夫。仕事頑張ってね」
背中から離れた私は、まるで仕事に行く旦那さんを送り出す奥さんのように、手を振りながらユースさんを見送った――
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