第21話 ユースの反撃

「は……? マリーとユースさんを……?」


 自分の妹の事のはずなのに、何を考えているのか全く理解できない。この状況でまだ私の大切なものを欲しがるって、一体どういう神経をしていればそんな言葉が出てくるの?


「そうよ。お姉様のものは私のもの。だからちょうだい」

「嫌よ。マリーは私の家族のような人だし、ユースさんは私が世界で一番愛してる人なの。そんな人をあげるわけないでしょ?」

「は? なに一丁前に断ってる訳? バカ過ぎて話にならないわね。それに、その話を聞いたらますます欲しくなった! ねえマリー、こんな女に仕えてても仕方ないでしょ? あんなボロ小屋に住むよりも、こっちの方が快適よ」

「お断りです。一考する価値もありません」

「はぁ!? わけわかんないんだけど!」


 当然のようにマリーに断られたニーナは、よっぽど気に入らなかったのか、足をバタバタとさせて怒りを露わにしていた。


 一応侯爵令嬢なんだから、そんなはしたない真似をするんじゃないわよ……こんなのが妹だなんて思うと、恥ずかしくて頭を抱えちゃうんだけど。


「な、なら! えっと、ユース様でしたっけ? こんな女よりも、顔もスタイルも勉強もできて地位も高い、私の方がいいでしょ……? 旦那がいるから結婚はできないけど、私の専属執事になれば、毎日イイコトをしてあげるわよ? だからぁ……私の元に来なさい。そして、お姉様に物語を書かせなさい」


 狙いをマリーからユースさんに変えたニーナは、甘ったるい声を出し、上目遣いをしながら、少し前のめりになって胸元が見えるようにして、ユースさんを誘惑をする。


 品性の欠片もない行為と呆れる一方、ユースさんがアベル様と同じように、誘惑に負けてしまうのではないだろうか――そんな嫌な考えが頭によぎった。


 ユースさんがそんなのに負けるとは思えないけど、絶対に無いとは言い切れない。そう思うと、凄く怖かった。


「はぁ……醜い女だ」


 心配をする私をよそに、ユースさんはまるで汚物を見るような目でニーナを一瞬だけ見てから、深く溜息を吐いた。その溜息は、ニーナを心の底から嫌悪し、そして下に見ているかのようだった。


「誰がお前のような醜い女の元に行くか。冗談はその存在だけにしてくれないか?」

「ユースさん……!」


 よ、よかったぁぁぁぁ! こんな誘惑なんかに負けなくて……本当に良かったよぉ……! あ、安心したらちょっと泣きそうになっちゃった……。


 ユースさんなら絶対に負けないって信じてたわよ? でも、アベル様という前例がどうしても頭にちらついて……やっぱり怖かったの。


「は、はぁ!? 私が醜いですって!? 世界の誰よりも美しくて愛らしい私が!? 目が腐ってるって思ったけど、頭の中まで腐ってるんじゃないの!?」

「世界がどうこうとか、お前の評価などに一切興味は無い。俺はお前が世界一醜く見えるし、お前が醜いというティアは、俺にとって世界で一番美しく、そして愛らしい」

「ユースさん……!」


 もう嬉しさを抑えきれなくなってしまった私は、家族が前にいるというのに、ユースさんの腕に抱きついてしまった。


 別にこれくらいしても良いわよね? 付き合ってる事はさっきのユースさんの自己紹介でわかってる事なんだし、少しくらいは見せつけてやらないと!


「きぃぃぃぃ!! なんで私の思い通りにならないのよ!! あぁイライラする!!」

「人生など、思い通りになるほうが珍しい。どうしても思い通りにしたいなら、ティアの様に相応の努力をするんだな」


 これで話は終わりと言わんばかりに、鼻からフンッと軽く息を漏らしたユースさんは、ニーナからお父様へと視線を移した。


 あぁもう……私のユースさん、カッコよすぎ……最近こればっかり思ってる気がするけど、何回思っても足りないくらい……好きぃ……。


「そうだ、今日は私が伺わせていただいた理由の一つが、ご家族のあなた方に、一言ご挨拶をするためでして」

「挨拶だと……?」


 そう言うと、ユースさんは一度言葉を区切ってから、ゆっくりと、そして突きつけるように話し始めた。


「ご息女様は、私と侍女のマリーの二人で未来永劫大切に、そして幸せに致しますので、今後エクエス家も、ベルナール家も一切介入しないでいただきたい。はっきり言って、迷惑ですので。それと、イズダーイはあなた方の要求を飲む事は絶対に致しませんので、互いのためにも、無駄な労力を使うのは控えた方がよろしいかと。それでも何かされるおつもりなら、こちらも然るべき対応を取らせていただきます」


 ここまではっきりと言われたらさすがに言い返せないのか、お父様は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、言葉を詰まらせていた。


「私からの挨拶は以上です。ティアとマリーは、まだ何か話す事があるか?」

「いえ、ないわ」

「私もございません」

「わかった。では今回はご縁が無かったという事で、私達はこれにて失礼します。さあ、帰るぞ」


 強引に話を終わらせて部屋を出ていくユースさんの後に続くように、私とマリーも部屋の出入り口へと歩いていく中、私だけは立ち止まり、家族達の方に振り返った。


「今度こそ、本当にさようなら。お父様、お母様、ニーナ。私は私で二人と一緒に世界一幸せになるので、どうぞあなた方で勝手に幸せになってくださいね」


 吐き捨てるように言い残してから、私は今度こそ部屋を後にした。


 ふぅ、緊張したわ……まさかユースさんがあそこまで丁寧に、尚且つズバズバと言うとは思ってなかった。私としては、凄く怒ってる感じがしたから、急に暴れたりする可能性もちょっとだけ考えてたんだけど、完全に杞憂だったわ。


「ユースさん、マリー。今日はありがとう」

「とんでもございません。私は何もしてませんわ。それよりもティア様、ご立派でしたわ。ユース様も、ティア様のためにあんなに仰ってくださってありがとうございました。正直痛快でしたわ」

「それは何よりだ。ティアを追放した事や、家での扱いは全部聞いていたから、酷い対応をされるのは覚悟はしていたつもりだったが……想像以上だったな」


 屋敷の廊下を歩いている途中で、ユースさんは少し呆れたように肩をすくめた。


 まあ、あんな酷い対応をされたら、呆れるし怒るに決まってるわよね……むしろあの程度で抑えるあたり、やっぱり大人だなって思ったくらい……ん? 怒る……あっ!!


「そうだ! ユースさん、手は大丈夫!? 血が出てたわよね!?」

「ああ、我慢できなくて手に力を入れた時に血が出てたな。こんなの、放っておけば治るから心配はいらない」

「ダメよ! マリー、家に救急箱があったわよね?」

「はい。帰ったら治療しましょう。ユース様、このハンカチを両手で包み込むように握って、少しでも出血を抑えてください」

「……悪いな、二人共。心配かけて」


 珍しくバツが悪そうに顔を俯かせるユースさん。そんな顔はユースさんには似合わないからしないで欲しいんだけどな……ユースさんには笑っていてほしいわ。いつもそんなに笑う人じゃないけどね。


「あれ? 馬車が準備されてる」


 屋敷の外に出ると、そこには私達を連れてきてくれた使用人が、馬車の準備をしてくれていた。


 もしかして、送っていってくれるのかしら? さっきお父様達とあんな話をしてきたから、馬車なんて当然用意されてなくて、また歩いて帰らなきゃーって思っていたのに。


「お話は終わりましたか?」

「え、ええ」

「では、ご自宅までお送りいたします」

「えっと、いいの? 私達、かなりお父様達に反発しちゃったから、私達の味方をしたら怒られるかもしれないわよ? 最悪クビになるかも……」

「構いませんよ。勤め先は探せばいくらでもあります。それに、ここのご主人様方は横暴で、仕えるには苦労しますしね」


 私達を馬車に乗せた使用人は、周りに聞こえないように小声でそう言いながら、クスクスと笑ってみせた。


 あー、やっぱりそう思う人はいるわよね。とりあえず、送ってくれるというなら、その好意に甘えましょう。


「……今度こそさようなら、私の故郷、私の家族」


 もう今度こそ会う事はないだろう。だって私はエクエス家の令嬢のルイス・エクエスじゃなくて……汚くてボロボロな家にマリーと一緒に住む、一人の作家で凄く幸せな一人の少女、ティア・ファルダーなのだから――



 ****



「ふぅ……疲れた」

「おかえりなさいませ」


 無事にティアとマリーを家に送り届け、今日も晩飯をごちそうしてもらった俺は、程よい満腹感を感じながら、家へと帰宅した。


 俺の住んでいる家は、イズダーイからさほど離れていない集合住宅だ。今出迎えてくれた使用人と一緒に住んでいるんだが、俺は基本的に家には寝に帰ってくるような生活のため、家の事は使用人に一任している。


「お風呂に入られますか? それともお食事にされますか?」

「食事は済ませてきた。風呂は……入る前に、お前に頼みたい事がある」

「頼み、ですか。私に出来る事ならなんなりと」

「兄上に、これから書く書状を届けてほしい」

「アレックス様にですか? かしこまりました。急を要するものですか?」

「ああ。すぐに書くから、明日の朝には届けに向かってほしい」

「かしこまりました」

「急な話ですまないが、よろしく頼む」


 使用人に頼んでから、俺はすぐに書状を書き始める。


 書状の内容は、先程エクエス家であった事や、先日ティアがベルナール家であった事の報告。それ以外にも、過去にエクエス家が、人気作家であるティアに具体的にどんな仕打ちをしていたかを周りに広めて欲しいという依頼。そして……ニーナ・エクエスとアベル・ベルナールの調査の依頼を書いた。


 俺は疑問に思っていた事がある。それはニーナがアベルを奪うのに、あまりにもスムーズにいきすぎていた事だ。


 ティアが言うには、婚約者を亡くしてから、ティアの婚約者であるアベルを誘惑し、事実とは異なる事を吹き込んで懐柔し、自分の新たな婚約者にしたそうだ。あまりにも出来すぎじゃないか?


 ――まるで最初から、婚約者が死ぬのはわかっていたような。


 むしろ自分で婚約者を排除したんじゃないか? そしてティアの婚約者を奪い、不要になったティアを屋敷から追放するように仕向けたんじゃないか?


 ティア曰く、ニーナはなんでもティアのものを奪ってくる女だったそうだ。実際に俺も目の前でそれを見て、とんでもなく醜い女だと思った。


 そんな女なら、もし自分の婚約者よりも、ティアの方が優れている婚約者と知ったら、どんな手を使ってでも奪うんじゃないだろうか? その結果が今の現状なんじゃないだろうか?


 そんな疑問を解消するために、兄上に調査を依頼しようと思い、書状を書いている。杞憂ならそれまでだが……もし俺の予想が当たっていたら、ニーナは殺人者……完全に罪に問われる事だ。


「……俺の大切なティアに酷い事をしやがって、絶対に許さない……その悪事、絶対に白日の下に晒してやる」

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