第15話 ドキドキし過ぎてもうダメかも……
「ディオス様、ファルダー様。昼食の準備ができました」
「あ、はーい!」
ユースさんと楽しくお話しながら庭園を周っていたら、いつの間にかお昼ごはんの時間になっていたようで、メイドの方に呼び出された。
そうそう、さっき聞いたのだけれど、今日は夕方までこの屋敷にいられるそうで、ごはんの後は乗馬の準備をしてくれてるみたい。
乗馬……初めてユースさんと出会った日に妄想していた内容の一つにあったのを思い出すわ。これも何かの運命だったりするのかしら?
「どうぞ、こちらにおかけください」
「ありがとうございます」
庭園を眺められる場所に置かれた小さなテーブルの所まで移動した私達は、そのまま椅子に座った……のはいいのだけれど、どうしてすぐ隣り同士に座らされたのかしら。普通に対面に座って食べれば良いと思うのだけれど……。
べ、別に嫌ってわけじゃないのよ。むしろ近くに感じられて嬉しい。けど、屋敷にいる頃は無駄に広いテーブルに離れて座って食べていたし、今の家でマリーと食べる時も、対面に座って食べているから……ちょっと変な感じなのよね。
「どうした、ソワソワして」
「えっと、こんなに誰かの近くで食べるのに慣れてなくて」
「なるほどな。ちなみに俺がこうしてくれと頼んだ」
え、これってユースさんの提案だったの? そんなに私の隣で食べたかったのかしら……自惚れるなって言われそうだけど、凄く嬉しいわ。
ちなみに出てきた料理は美味しそうなステーキ肉に、真っ白なポタージュ、パンにサラダ――他にも沢山の料理を振舞ってくれた。
こんなにご馳走になっちゃっていいのかしら……これってユースさんがお金を出して作ってもらったのだろうか? それともボーマント様のご厚意……?
どっちにしても、何だか申し訳なくなってしまうわ……。
「ティアは何も気にせずに食べると良い。ちゃんとこれもボーマント殿に話を通してある」
「そ、そうなんですね。じゃあ……いただきますっ」
いつもの様に挨拶をしてから、まずはポタージュを口に運ぶ、うわぁ……凄く美味しい! エクエス家でもポタージュはよく食べていたけど、こっちのほうが美味しく感じるわ!
「とっても美味しいです!」
「恐縮です。きっとコックもお喜びになられるでしょう」
「是非おいしかったとお伝えください!」
「ティア、この肉も美味いぞ」
「本当ですか!? うわぁ楽しみ!」
私はナイフとフォークを器用に使って肉を切ろうとしたが、なぜかユースさんに手を優しく押さえられてしまった。
あ、あれ? 何か変なところがあったかしら……手を退けてくれないと食べれないわ。うぅ〜……早く食べたいのに……よだれ垂れちゃいそう……。
「ほら、あーん」
「……ふぇ?」
ユースさんは自分の肉を切ってフォークに刺すと、私の口元へもって来ながら、口を開けろと催促してきた。
こ……これは……あの伝説の、あーんというやつじゃないかしら!? こんなの一生体験できないと思っていたのに、まさかこんな所でチャンスが巡ってくるなんて!
い、今まで妄想の中では、沢山やって来たけど! いざやるとなると恥ずかしすぎるわよぉ! どうして世の中の恋人達や物語のキャラクター達は、こんな恥ずかしい事が平然と出来るの!?
「あ、あのあの! それは流石にお行儀が悪いっていうか……あ、別に嫌ってわけじゃないの! むしろ嬉しいんだけど!」
「ここは社交界じゃないんだから、マナーや見栄えを気にする必要は無い。それに、見てる人間は俺とメイドの彼女しかいない」
「そ、そうかもだけど!」
「それにこれは、ラブロマンスによく出てくる行為だ。それをやる側、やられる側の心境を学ぶのは大事な事だ」
「ユースさん……」
……そ、そうよね。次の本も沢山読まれるために、何か得られる事は何でもしないと……こんな所で怖気づいてる場合じゃないわよね! えーい、女は度胸よ!
「あーん!!」
「あーんってそんなに気合を入れてやるものか……?」
「もぐもぐ……おいしい……」
口の中に入れた瞬間に、肉はほろほろと溶けてしまい、口の中には肉の旨味だけが残った……のはいいんだけど、あーんって、やる前よりもやった後の方が照れが残って恥ずかしいわ! 私だけかもしれないけど、新しい発見ね!
「どうだ、なにか得るものはあったか?」
「は、はい」
「それはなによりだ。じゃあ、俺にもやるんだ」
「え??」
「さっき言っただろ。やる側とやられる側の心境を学ぶのは大事だと」
……確かに言ってた気がするわ。私がユースさんにあーんをするって……ちょ、ちょっとまって。落ち着いて私。別に難しい事を要求されている訳じゃない……何でもいいから、ユースさんの口元に運べばいいだけじゃない。
そのはずなんだけど……緊張しすぎて口からいろんなものが出てきそうだわ! これがあーんをする側の心境だというの……?
「あ……あああ……あーーん……」
「あーん」
極度緊張で手をプルプルとさせながら、なんとかユースさんの口元にちぎったパンを持っていけた。それを特に何のためらいもなく、一口で食べてしまった。
す、凄いなぁ……緊張しないのかしら……私なんて、食べるだけだったのに、緊張で死んじゃうかと思ったくらいなのに……。
「ユースさんは恥ずかしくなかったんですか? ドキドキしなかったんですか?」
「した。だが、さっき抱き寄せた時に比べれば、まだマシだっただけだ」
「だ、抱き……はうぅぅぅぅ……」
そ、そういえばさっきまでずっとくっついて散歩してたのよね。あーんの緊張で忘れかけてしまっていたわ……。
「よし、もう一回やるぞ。何度もやれば、また新しい発見があるかもしれない」
「えぇぇぇぇ!? も、もうこれ以上やったら死んじゃいます!」
「そんな簡単に人間は死なん。ほら、あーん」
「あ……あーん……」
その後も、何度もあーんをしたりされたりを繰り返しながら、なんとか昼食を食べ終わることが出来た。
凄くおいしかった……はずなんだけど、あーんの衝撃が大きすぎて……全然味を覚えてないわ……。
ある意味、たくさん学べた食事だったと言えるけど、人生で一番の衝撃的な食事になって、もうヘトヘト……この後もまだあるなんて……私、幸せ過ぎて耐えられないかも……。
****
「ふにゅ~……」
「大丈夫か?」
「はにゃあ……」
あの衝撃的な食事の後、さらに追撃するようにドキドキに襲われ続けた私は、帰りの馬車の中で放心状態になっていた。
あの後、乗馬をしたのだけれど……庭園から移動する際に、ユースさんは私をお姫様抱っこをして移動した。
全くの想定外な行動に、私のドキドキはどんどんと増していき……トドメと言わんばかりに、乗馬で後ろから抱きしめられるようにされた事で、私は限界に達してしまい……今に至る。
た、楽しかったんだけど……それ以上にドキドキの方が勝った、貴重な貴族デート体験だった……こんなに緊張する事なんて、もう二度とないかもしれないわ。
あ、でも……ユースさんと付き合ってたら、もしかしたらまた経験するかもしれない……私、いつかドキドキで倒れちゃったりしないかしら。
「今日の体験、どうだった?」
「あ……はい、凄く有意義でしたし、楽しかったです。それに、ユースさんと一緒に過ごせて幸せでした」
「そ、そうか。俺も……あれだ。緊張はしたが……楽しかったし、幸せだった」
「…………」
ああもう、急にそんなちょっぴり照れた顔を見せるなんてずるい……今日一日だけで、さら好きになっちゃったのに……もっと好きになっちゃう……。
「……ユースさんは凄いですね……緊張していたのに、散歩の時以外、ほとんど顔に出てませんでしたもんね」
「あんな醜態をこれ以上見せるわけにはいかなかったからな。必死に耐えていただけだ」
「そんな、別に私は笑ったりしませんよ?」
「わかってる。惚れた女の前でカッコ悪いところを見せたくないという、俺の勝手な独りよがりだ」
「………………」
あぁぁぁ! も、もう無理ぃぃぃぃ!! なんでそんなカッコいい事をサラッと言えるのこの人!? し、しっかりしなさい私! 悶絶するのは家に帰ればいくらでも出来るから! もうちょっとだけ耐えるのよ! 頑張れ私!
「ディオス様。もうすぐ到着いたしますが、いかがしますか?」
「ここで降ろしてくれ」
「かしこまりました」
御者がそういうと、馬車はまだ家に到着していないのに止まり、その場でユースさんと一緒に草原の真ん中に下ろされてしまった。
なんでこんな所で……? ここから歩いて五分くらいで家にはつくけど、ここまで来たのなら家の前まで行ってくれてもいいような気がするわ。
「ユースさん、なんでここで降りたんですか?」
「あー……少しでもティアといる時間を伸ばしたくてな。ゆっくり散歩をしながら帰らないか?」
「あっ……はい!」
ユースさんの素敵な提案に、私は口角を上げながら頷いた。
実は、もうちょっとしたらお別れになっちゃうの、寂しいなって思ってたから……一秒でも長く一緒にいられるのが嬉しいわ。
「ユースさん、今日は本当にありがとうございました。私、人生で一番幸せな日でした」
「そうか。それは何よりだ」
「ボーマント様にもお礼を言わないとですね」
「俺から言っておくから心配するな」
整備された草原の道に置かれた明かりを頼りに、私とユースさんは家に向けて歩いていく。辺りは私達の土を蹴る音と声、呼吸音以外はせいぜい虫の声くらいしか聞こえなくて……満天の星空も相まって、まるで別世界に来たような錯覚を覚えた。
……このまま時が止まっちゃえば良いのに。そうすれば、ずっとユースさんと一緒にいられるのに……。
「本当に楽しかったなぁ……また落ち着いたらどこかに遊びに行きたいなぁ……」
「そうだな……なあティア」
「なんですか?」
「前から思っていたんだが……付き合ってるんだから、敬語はやめないか?」
そういえば私、付き合ってからも敬語を使ってたわね……なんていうか、ユースさんって十個も歳が上だし、出会った時から敬語だったから、自然と敬語を使わなきゃって思っちゃってたのよね。カッとなった時は、ため口が出ちゃってた気もするけど……。
本当は元侯爵令嬢なんだから、もっと丁寧な話し方をしろって言われるかもしれない。でも、あれって気を使うから凄い疲れるのよ……だから、少し砕けた感じの敬語を使ってたんだけど……ユースさんが言うなら、マリーと話してる時みたいに話そうかしら。
「えっと……わかったわ、ユースさん」
「呼び捨てでも構わんのだが」
「さ、さすがにそれは……」
「まあいい。いつかは呼んでくれ」
「ええ。わかったわ」
なんかこうやって敬語無しで話してると、より親密になった感じで良いわね。これならもっと早くやってればよかったわ。
そんな事を思いながら、他愛もない話をしていると、気付いたらもう家の前についてしまった。
「あーあ……もっと一緒にいたかったのに……」
「仕方がないさ」
「そうね。あ、次はいつイズダーイに行けばいい?」
「一週間後にいつもの時間でいいか?」
「わかったわ。じゃあ……おやすみなさい」
ペコっと頭を軽く下げてから家に入ろうとすると、手を握られて止められてしまった。そのままユースさんに引っ張られて――
「あっ……」
――頬にキスをされた。
「え、え……?」
「……付き合ってるんだから何も問題はないだろう?」
「そ、そう……ね」
「じゃあ、おやすみ」
私に短く挨拶をしたユースさんは、やや駆け足で去っていく。一方の私は、今された事の衝撃が大きすぎて頭が真っ白になったうえに、足から力が抜けてしまい……その場でペタンと座り込んでしまった。
今……私、ほっぺにキス……されたのよね……まだ頬に感触が残ってる……。
「おや、おかえりなさいませ。そんな所に座って、どうかされましたか?」
「あ、えと……ただいま……な、なんでもないわ……あははは……」
キスをされた所を指でそっと撫でながら、出迎えてくれたマリーに笑って誤魔化した。
しょ、しょうがないじゃない。キスされたせいで腰が抜けちゃったなんて言えないわよ……。
「……まああえて深く言及するのはよしましょうか。それよりもお伝えしなければならないことがあります」
マリーの顔が、何故か凄く真面目というか……強張っていたからか、何かあったのだろうとすぐに察した私は、すぐに冷静さを取り戻せた。
「どうかしたの?」
「本日の昼間に……アベル様の使者が来られました」
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