第14話 こんな幸せが……
「おお、ディオス殿! お待ちしておりましたぞ!」
「ご無沙汰しております、ボーマント殿」
応接室に通された私達を、恰幅の良い男性が出迎えてくれた。歳は四十代後半くらいかしら。とても笑顔が素敵な殿方だわ。
「お元気そうで何よりです。まさかボーマント殿がいらっしゃるとは驚きました。今日は休日なのですか?」
「いえ、残念ながらこの後すぐに出なければならんのです。せめてご挨拶だけでもと思い、こうしてお待ちしておりました」
「それはお忙しい中恐縮です。本日は急なお願いにも関わらず、屋敷を使わせていただき、誠にありがとうございます」
「何をおっしゃいますか。むしろ、こんな事でしか、日頃の貴方のご家族様からのご厚意への恩返しが出来なくて申し訳ありませんな」
「そんなご謙遜なさらないでください」
いかにも大人の会話って感じでボーマント様と話すユースさんの姿がカッコよすぎて、私はただ後ろからボーっと見つめる事しか出来なかった。
はぁ……いつもの私への話し方でもある、少し愛想が無くてぶっきらぼうな喋り方も良いけど、丁寧な話し方をするユースさんも良い……推せる……好きぃ……。
「ユース殿、そちらのお嬢様が例の?」
「ああ、申し訳ない。紹介が遅れました。彼女はティア・ファルダー……私の愛する女性です」
「ティア・ファルダーです。よろしくお願いいたしますわ」
「ハリー・ボーマントです。よろしくお願い致しますぞ」
ドレスの裾を持って深々とお辞儀をする私。けど、その内心は全くと言っていいほど穏やかじゃない。
だってそうでしょ? 人様の前で愛する女性って言われたのよ!? 確かに何も間違った事は言っていないけれど、こうやって堂々と言われたら……そんなの嬉しいに決まってるじゃないの!! あ~好きぃ~……。
「おっと、申し訳ないですが、そろそろ出ないと約束に間に合わなくてですな……あとはメイドに任せてありますので、ごゆっくり楽しんでくだされ」
「ありがとうございます」
そう言うと、ボーマント様はにこやかに笑いながら部屋を後にした。それと入れ替わるように、ややご高齢のメイドが部屋に入ってきた。
「ディオス様、ファルダー様。ここからは私がご案内いたします。どうぞこちらへ」
メイドの後を追って屋敷の中を歩いていくと、着いた先は、様々な種類の花が咲く、広大な庭園だった。
綺麗……エクエス家の庭園にあった花もちゃんとお世話されてて綺麗だったけど、ここはそれ以上に綺麗だし、規模が大きいわ……一日眺めていても飽きそうもない。
こんなところで執筆をしたらきっと捗るんでしょうね。
「では昼食の準備が出来たらお呼びいたしますので、どうぞおくつろぎください」
「ありがとうございます」
お辞儀をして去っていくメイドにお礼を言ってから、改めて庭園の観察を始める。これは黄色いバラね。こっちは……なんのお花かしら。白くて小さくて、儚い感じが凄く愛らしいわ。
「良い庭園だな」
「本当ですね……私、感動しちゃいました」
「それはよかった」
「そうだ! ユースさん、恋人が庭園をゆっくり散歩するのは王道シーンです! 私、体験したいです!」
「元々そのつもりだ。この後も、貴族らしいデートプランを用意してる」
貴族らしいデート……考えるだけでもワクワクしちゃうわ。だって、ずっと本で読んで、自分もやってみたいと妄想する事しか出来なかったのに、これからそれを体験できるのよ?
それはいいんだけど……うーん、さっきも思ったけど、どうして屋敷を使わせてもらうなんて事が出来たのかしら? やっぱり気になるわ。いくらイズダーイが有名とはいえ、普通は出来るとは思えない。
それに、ボーマント様はユースさんのご家族がって仰ってた……男爵の爵位を持つ方があそこまで感謝するご家族って……?
考えれば考えるほど気になる。気になるけど……ユースさんが自分から私に話さないって事は、きっと触れてほしくない事なんだろう。だから私からは聞かない。いつかユースさんが話したくなった時に、ちゃんと聞いてあげるつもりだ。
「向こうも見に行ってみるか」
「ええ、行きましょう」
私はユースさんと手を繋いで歩き出そうとしたけど、何故かそれを拒絶するように、差し出した私の手から逃げられてしまった。
え、ウソ……ここまで来て手を繋ぐのを拒絶だなんて、流石にショックなんだけど……一応これ、デートも兼ねてるのよね……?
「こっちの方が良いだろ」
「ひゃん!?」
拒絶されたと思って落ち込んでいると、ユースさんは私の肩を抱き寄せて、身体をぴったりと密着させてから歩き出した。
あ、あわわわ……馬車の中でしてもらったとはいえ、改めてされると凄い恥ずかしいわねこれ!
でも、こういうシチュエーションも妄想の中で沢山してきたのも事実! 実際にやると幸せ過ぎて死ねるわ……! 実際に体験して感じたこの気持ちを、次の作品に活かさなきゃ!
「あ、ユースさん! あそこのお花、凄く大きくて綺麗ですよ!」
「…………」
「ユースさん?」
話しかけても全然反応が帰ってこないユースさんの顔をチラッと見ると、凄く赤いし強張ってるような……緊張してるって言った方が良い。
——もしかして?
「ユースさん、緊張しています?」
「……ああ。馬車の時は揺れで怪我しないように、ティアを守るって思ってたから特に意識をしてなかったんだが……こうして改めて抱き寄せると緊張する」
「えっと、前に抱きしめてくれた事、ありましたよね? あの時はもっとくっついてたような……?」
「あの時も緊張していた。なんとか顔に出さないように必死だった」
「…………」
え、なにそれ凄く可愛いんですけど!? あの愛想が無くてぶっきらぼうなユースさんが、こんなに顔を赤くして照れるとか、激しく萌えるわ! あぁ~キュンキュンしちゃう~!
「私も同じです。ユースさんといると、緊張してドキドキしちゃうけど、すっごく幸せなんです。ユースさんはどうなんですか?」
「………………同じだ」
恥ずかしそうに顔を赤くし、にやけ顔を必死に抑えようとわざと眉間にしわを寄せてるのがバレバレな顔をそっぽ向かせるユースさん。
これ以上私をキュンキュンさせないでくれませんか? そろそろキュン死しそうなんだけど!
「お、俺の話はいいから散歩をするぞ」
「えーどうしてですか? 私、ユースさんのお話を聞きたいです」
「くっ……そ、それは卑怯だろ……」
「ふふっ、ちょっといじわるでしたね。さあ、散歩の続きしましょう!」
これ以上は流石に怒られそうだし、せっかくの綺麗な庭園を散歩する機会を逃すわけにはいかない。そう判断した私は、ユースさんの身体を少し引っ張るように歩き出した。
ああ――幸せだなぁ。こんな幸せがずっと続いたらいいのになぁ。
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