第11話 ベストセラー作家

「「……は?」」


 ベストセラー。その単語の意味を即座に理解できなかった私とマリーは、何ともマヌケな声を漏らしてしまった。


 えっと、ベストセラー……ベストセラー!? それってもしかして、あのベストセラー!?


「ま、まだ出版してそれほど日数は経っていませんよね?」

「あ、ああ。俺どころか、イズダーイの連中全員が驚いてるくらいだ。もう既に二百万部売れていて、いまだに止まる気配がない」

「に、にひゃくまんぶぅ!?」


 二百万部って……二百万冊も売れたって事よね!? ってなに当然の事を思ってるの私!? ビックリしすぎて頭がバカになっちゃってる気がするわ!


「売れると思ってはいたが、ここまでとは俺も想定外だった。この調子でいけば、イズダーイの看板作品になれる」

「は、はわわわわ……」

「ティア様、お気を確かに!」


 やや上ずった声で、私の心配をしてくれるマリー。その気持ちは嬉しいんだけど、この状況でしっかりするなんて出来る気がしないわ。


「どうしてもこれだけはティアに直接伝えて祝いたかった。本当におめでとう、ティア」

「ユース、さん……」

「じゃあ俺は戻る。そうだ、三日後の十四時に、今後について話し合いをしたいから、イズダーイに来てくれ。よろしく。それじゃ、邪魔したな」


 そう言うと、ユースさんは全速力でパークスの街へと帰っていった。それを何とか見送った私は、緊張の糸が切れたように、その場にペタンと座り込んでしまった。


「あはは……腰が抜けちゃった……」

「それは仕方がありません。私もティア様の努力が報われた事が嬉しくて、今にも小躍りをしてしまいそうですわ」

「マリー……!」


 私はなんとか立ち上がると、マリーに抱きついてから、嬉しさを爆発させるようにその場でクルクルと回り始めてしまった。


「やっっっったーーー!!」

「本当におめでとうございます、ティア様!」

「これもマリーがたくさん手伝って、たくさん支えてくれたおかげよ!」

「何をおっしゃいますか! ティア様の努力が報われたのですよ!」

「なら、私達二人とユースさん、みんな頑張ったからって事にしましょう!」

「はい! 今日はごちそうにしましょう!」

「本当!? やったー! もう幸せすぎてどうにかなっちゃいそうだわ!」


 エクエス家にいた時は、愛されないし奪われてばかりだしで、全く幸せじゃなかった。唯一幸せだと思う時は、僅かな趣味の時間だけだった。


 でも今は、こんなボロボロな家だけど、マリーと平和に暮らせている。それに、ユースさんとは付き合えたし、本も出版できて沢山売れた――幸せな事が一気に来て、何かバチが当たるんじゃないかと思ってしまうくらいだわ。


 でも、きっとここまで頑張ってきたご褒美よね。本当に……本当にここまで頑張ってきてよかった……ばんざーい!!



 ****



 ユースさんと約束をした当日、私はイズダーイのいつもの個室にやって来て早々に、ユースさんから手渡された一枚の紙と、沢山のお手紙に目を通していた。


 紙には販売からの売り上げの推移、お手紙はイズダーイに届いた、私へのファンレターだそうだ。そこには、とても面白かった、主人公と王子の掛け合いが良かった、サブキャラが面白くて出てくるたびに笑ったなどといった、称賛の声が大多数を占めていた。


「私の物語が……こんなにたくさんの人に認めてもらえるなんて……」

「ティアが頑張った証拠だ。妄想駄々もれだった物語が、随分と偉くなったものだ」

「ちょ、ちょっと! 妄想垂れ流しは酷くない!?」

「冗談だ」

「もう……いじわるっ。それにしても、こうやって言い合いをしていると、出会ってすぐの頃を思い出しますね」

「そうだな。出会った日はもちろん、それならも沢山意見をぶつけ合ったな」


 お互いに昔の事を思い出しながら、ふふっと楽しげに笑う。


 ほんの一年ちょっとの間の出来事のはずなのに、すごく昔にあった事のように感じてしまう。それくらい、この一年が濃厚で充実していたって事ね。それに、あの時はユースさんと恋仲になるなんて、これっぽちも思わなかったわ。


「あの、ユースさん」

「なんだ」

「ここまでありがとうございました。あの時に酷評されなかったら……私はずっと努力を報われる事を知れませんでしたし、認められる事もありませんでした。ユースさんのおかげです」

「俺はあくまで素直に感想を言い、良くするための手助けをしたに過ぎない。それに、嬉しい気持ちは痛いほどわかるが、いつまでもこうしてるわけにはいかない。そろそろ俺の仕事にも一段落つきそうだし、次の作品について考えたい」


 次の作品――そうよね、ファンレターでも次の作品に期待してる声は沢山あるし、次の作品も頑張って書かないといけないわよね。


「それで、次に書きたい題材はあるのか?」

「そうですね……私、異種族恋愛も好きなんです。人間と吸血鬼の恋みたいなやつ」

「王道だな。悪くはない」

「あと悲恋も好きで……実はそういうのを書くために、最近異種族恋愛の本や、悲恋を題材にした本を沢山読んで、勉強してるんです」

「それは感心だな。ざっくりでいいから、今考えている物語の流れを教えてくれ」


 そう言われるだろうと思っていた私は、カバンからメモ帳を取り出してから意見のやり取りを始める。その中でそれはダメ、これはつまらないと、まるで昔のようなダメ出しの嵐だったけど、それでもとても充実した意見交換をする事が出来た。


 そんな事をしていたら、気付いたら外は既に薄暗くなっていた。ユースさんとの意見交換はいつも白熱しちゃうから、数時間がほんの数分に感じてしまうのよね。


「よし、とりあえず貴族の女と、異種族だというのを隠しながら家に転がり込んてきた、化け狐の男との話で進めるとして……修正案として出した部分に気をつけながら、序盤を書いてきてくれ」

「わかりました。あ、そうだ……一つお願いがあるんですけど」

「なんだ?」

「そのー……これは執筆に関係はないんですけど……最近全然会えてなかったから、デート……したいな~なんて……」

「…………」


 モジモジしつつ、上目遣いで言いながら、チラッとユースさんの顔を見ると、何故か深く考え込むように目を閉じながら、顎に手を当てていた。


 あ、あれ……想定していた反応と違うわ。もっと喜んでくれるか、いいから執筆しろって注意されるかの二択だと思っていたんだけど……。


「あ、あの! 無理なら全然……」

「いや、俺に考えがある。恐らく許可はくれると思うが……何とかなったら追って連絡する」

「っ……! は、はい!」


 やった、ユースさんとデートが出来るかもしれないわ! って……許可って何の事かしら? デートをするのに許可なんて必要ないわよね?


「さて、それじゃあ今日は解散にするか。日も暮れてきたし、家まで送っていく」

「え、お仕事はいいんですか?」

「こうなる事を見越して、昼休憩を取らないでいたからな。その時間をこれからの時間に当てればいい」


 なるほど~やっぱりユースさんって賢いわね~……っていやいやいや! お昼休憩を取ってないって事は、ごはんを食べてないわよね!? その状態でずっと過ごしてたって事!? 身体に悪すぎるわよ!


「だ、ダメですよ! 私はいいから、早く休憩を取ってごはんを食べてきてください!」

「問題ない。俺はティア程食べないからな」

「からかっても騙されませんよ!」

「ちっ……なんにせよ、俺には飯よりも、ティアに暗い道を歩かせる方が大問題だ」

「私からしたら、ユースさんの休憩と体調とごはん事情の方が大問題ですー!」


 何とも奇妙な話題で口論になりつつも、結局根負けしてしまった私は、家まで送ってもらうのでした。


 今度来る時は、何か軽食を作って持ってきてあげようかしら――

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