第8話 結果は……?
「おめでとう」
「…………え?」
「出版が決まった」
決まった……決まったって事は……私の書いた物語が本になるって事よね!? 間違いじゃないわよね!?
「本当? 本当の本当? 嘘とか言ったら怒るわよ!?」
「落ち着け。本当だ」
「~~~~っ!! やったぁぁぁぁ!!」
私は出版の報告が嬉しすぎて、感情を爆発させるように大声を上げながら、ユースさんに勢いよく抱き着いた。
ああもう、身体が高揚感のせいでフワフワと浮いているような、緊張のせいで震えているような……感情が限界を超えると、こんなに意味がわからなくなってしまうのね!
「やった! やったぁ! 私……私!」
「う、嬉しいのはわかったから、離れてくれ」
「うぅぅぅぅ! やったよぉ……こんなに私を認めてもらえたのなんて……生まれて初めて……!」
「……ティア……」
ずっと勉強しても報われなくて、それでも家のためって思って頑張ったけどやっぱりダメで……両親は結局、私より全て上のニーナだけを愛して、認めてくれなかった。でも今は私の頑張りが報われ、私の書いた物語が認められた。それが凄く嬉しい……嬉しいよぉ……!
「よく頑張ったな」
ユースさんの背中に手を回し、胸の中で泣きじゃくる私の肩にそっと手を乗せながら、ユースさんは私が泣き止むまで、ずっとそのままでいてくれた。
「落ち着いたか?」
「はい……ごめんなさい」
「気にするな。だが……とりあえず離れてくれ。流石にこれは……」
「……あっ!!」
ユースさんに言われて初めて、恋人同士がやるハグのような事をしているのに気づいた私は、急いでユースさんから離れると、そのまま背中を向けた。
あ、あうぅぅぅ……は、恥ずかしい……! いくら嬉しいからって、ユースさんに抱きついちゃうなんて……! 顔から火が出そうなくらい熱いわ……。
「とりあえず、うちと専属契約を結ぶ事になるから、いくつか書類を書いてもらう。まあそれはまた後日にして……ティア、今日の夜は空いてるか?」
「はい、空いてます」
「よし。なら今晩、出版祝いとして、飯に行くぞ」
まさかのユースさんから突然のごはんのお誘い!? そんなの行く以外の選択肢なんてあるわけないわ!
「わかりました! どこで合流しますか?」
「俺が家に迎えに行く。家の場所を教えてくれるか? 近くまでは送った事は何度もあるが、正確な場所がわからなくてな」
「いいですよ。えっと……」
私は日頃から持ち歩いているメモ帳を取り出して、ここから家までの地図を書いてユースさんに手渡した。すると、何故かユースさんは眉間に深いシワを刻んでいた。
えっと……何か怒らせるような事をしたかしら? ただ地図を書いて渡しただけなんだけど……。
「やはりパークスの外の草原に住んでるのか……あの一帯に屋敷など存在しないはずだ……そんな所に住んでて……従者がいる……? どういう事だ……」
「ユースさん? なにブツブツ言ってるんですか?」
「何でもない。仕事が終わったら迎えに行く。じゃあまた後で」
そう言うと、ユースさんは忙しいのか、急ぎ足で部屋を後にした――と思いきや、出入り口の前で立ち止まった。
「改めてになるが……おめでとう、ティア」
「ユースさん……ありがとうございます。あなたのおかげです」
「俺は手を貸しただけだ。この結果は、ティアが頑張ったからだ。それじゃ、今度こそ失礼する」
背中を向けたまま褒めてくれたユースさんは、今度こそ去っていった。一人残された部屋の中には、興奮のせいで荒くなっている私の呼吸音と、心臓の音だけが控えめに響いていた。
「……この前も思ったけど……やっぱり私……ユースさんの事が大好きだわ」
見た目が理想の王子様にそっくりだけど、性格は真逆な人——その本質はとっても優しくて真面目で、私の事を認めてくれて……そんなの、好きになっちゃうに決まってるじゃない……。
「いつか……この気持ちをユースさんに伝えたいな……」
****
「ティア様、ただいま帰りまし――」
「マリィィィィィィ!!」
「ひゃあ!?」
同日の夜。先に家に帰ってきた私は、一秒でも早くマリーに伝えたくてウズウズしていたせいで、仕事からマリーが帰ってきた矢先に、勢いよく飛びついてしまった。
「ど、どうかされたのですか?」
「聞いてマリー! 私の書いた物語が、本になるの!」
「……それは本当ですか?」
「本当よ! 私もまだ信じられないんだけど!」
「…………」
興奮が冷める気配のない私の事を、マリーは優しく抱きしめてくれた。その腕は……ううん、身体全部が小刻みに震えていた。
「ルイスお嬢様……おめでとうございます……良かった……ルイスお嬢様がようやく報われて……私は……私は……!」
「ありがとう、マリー……」
よほど喜んでくれているのか、マリーは声まで震わせながら、喜びを露わにしてくれた。そんなに喜ばれたら……私まで泣いちゃうじゃない……。
「もう、マリーったら……呼び方が戻ってるわよ……ぐすっ」
「それくらい……嬉しいんですよ……」
「ありがとう。これが売れてお金を稼げたら、マリーの負担もきっと減らせるわ。それに、新しい家にも引っ越せるかもしれないわね。案外ここも住んでみると悪くないけどね。でもマリーはもっと良い家に住みたいわよね」
「ルイスお嬢様……ごほん。ティア様、私などのためにお金を使わずに、どうかご自身のためにお使いください。家など、お嬢様がいればどこでも構いませんわ」
マリーの性格なら、きっとそう言うと思っていたわ。多分いくら言ってもお願いしますって言わないだろうし。お金が溜まり、引っ越しが出来る算段が立ったら、事後報告にしちゃいましょう。そうすればマリーも頷かざるを得ないでしょうし。
「それで、今日は出版祝いをしようって事で、ユースさんに食事に誘われてて……」
「そうでしたのね。なら前回同様に、たくさんおめかしをしませんと」
「……この前も思ったけど、どうしてそんなに気合入ってるの?」
「何を仰いますか。主人が想い人との食事に行くと聞いて、気合を入れない従者がどこにいますか」
あー成程! 確かにそうよねー……あれ? あれれ? どうしてマリーが、私の気持ちを知って……あれれれ?
おかしいわ。私は今までユースさんの話はした事自体はあるけど、一言もユースさんの事が好きなんて言った事は……もしかしてマリーって私の心が読めるの!?
「どうしてそれを……」
「イズダーイに行くたびに、今日のユース様はああだった、こうだったと笑顔で……時に恋する乙女の顔で話されているのを見れば、簡単に想像できますわ」
「~~~~っ!?」
わ、私……そんなに楽しそうにユースさんの話をしてたの!? 特に意識しなかったわ……は、恥ずかしい……!
「出会った当初は、お嬢様を悪く言う人間として抹殺しようとも思いましたが、ティア様の物語を聞いてる限りでは、悪い方ではなさそうですし、私は応援しますよ」
「ありがとうマリー。凄く心強いわ」
「では準備をしましょう。こんな日がいつか来ると思って、実は密かにドレスを用意していたんですよ」
「いつの間に!? ていうか、私の身体のサイズ知ってるの!?」
「従者として、主人の身体のサイズくらい知ってて当然です」
そ、それは果たして当然と言えるのかしら!? 正直ちょっと怖いくらいなんだけど! 従者ならみんな持っている能力だったりする!?
そんな事を思っている間に、マリーの手によってあれよあれよと準備は進んでいき……気づいたら私の身支度は完璧になっていた。
「青と白を基調とした、綺麗なドレスね……それに凄く動きやすいわ。これ、高かったんじゃ……」
「ティア様のための出費なら、いくら高額だろうが私にとってかすり傷ですわ」
そう言うけど、どう考えても安いものには見えない。むしろ貴族の人が着るような……エクエス家でもこんなに良いドレスは着た事がないわ。まあ私にそんな金を使わずに、ニーナに使っていただけでしょうけど。
それにしても、本当に綺麗なドレスだわ。ユースさん……綺麗って言ってくれるかしら。言ってくれたら……嬉しいなぁ。
「本当にありがとう。このお礼、絶対にさせてね」
「では今度、パンでも買っていただければ、それで満足ですわ」
「なに言ってるのよ。もっとちゃんとしたお礼を……」
コンコン――
「ティア様。きっとユース様ですよ」
「は、はーい!」
バタバタと音をたてながらドアを開けると、そこには昼間に会った時とは違い、まるで貴族の方が着るような服でバッチリと決めるユースさんの姿があった――
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