第6話 出版のために頑張るわ!
本気で執筆を始めてから一年——私は新聞配達の仕事を続けながら、毎日執筆を続けた。書いてはユースさんにダメ出しをされ、また書いてはダメ出しをされるを繰り返す毎日。
正直悔しかったし、辞めたくもなった。自分の才能のなさに枕を濡らした夜もあった。それでも私は頑張った。
もちろん書くのも頑張ったけど、それ以外に、古本屋さんで本を安く買って読み、気付いた所や使えそうな表現をメモしたりしたり、パークスの街を歩く恋人達を観察して、現実の恋人はどんな事をしているのかの勉強もした。そのせいで、家の中が沢山の本やメモ帳、原稿用紙で埋まりつつある。
あと、マリーが作品のチェックをしてくれたり、夜遅くまで書いたり勉強してる私のサポートをしてくれたわ。
そうして書いた私の作品に対して、ユースさんの指摘は止まる事を知らなかった。時には納得できなくて意見のぶつかり合いになり、まるで喧嘩をしているかのようになった事もあった。それも一度や二度ではない。なんならユースさんが愛想が無いというのが災いして、普通の喧嘩をした事もある。
そんなユースさんの事だけど……最初の頃は、もちろん嫌いだった。ただ見返して、ぎゃふんも言わせたい相手でしかなかった。でも、今では嫌いだと思う事は一切無くなったの。
どうしてかって? 本気で私の物語を良くしようとしてるのが伝わってくるし、私という一人の人間を否定しないで、常に見てくれるからよ。
勿論意見のぶつかり合いをした後や、つまらないと言われたりするとムカッとするし、本当にこいつ嫌い! ってなるけど、少し経てばそんな気持ちはどっか言っちゃうわ。
むしろ、最近では好意的に思ってるっていうか……会うたびにドキドキしてるっていうか……。
実は、ユースさんって優しいところがあるのよ! 良いところはちゃんと褒めてくれるし、私なら出来るって期待してくれるし、互いが休みの日には、食事に誘ってくれたりもしたわ。
それ以外にも、夜遅くまでユースさんと話しをしてしまう事が何回かあって……その時は夜道は危ないからって、毎回家の近くまで送ってくれたの。
あと、私の好きなお菓子を会議の時に持ってきてくれた事もあったわ。その次はオススメの本。そのまた次には、お花を一本持ってきたり。
他にも、送ってくれた時に、夜道で足元が危ないからって言いながら、そっと私に手を差し伸べてくれたり、褒めてくれる時に頭を優しく撫でてくれたり……そういう事をサラッとやってのけるのがズルいというか、カッコイイというか……。
……最初はただムカつく相手で、面白い物語を読ませてぎゃふんと言わせるのが目標の一つだったのに、今では面白い物語を書いて、ユースさんに喜んでもらいたいって思ってるのよね……な、なによ! 好きになりかけてるっていうか、もう好きよ! 悪い!?
「はぁ……ここの部分がどうも納得のいく出来にならないわ……」
「ティア様、まだ起きていられるのですか?」
「あ、ごめんなさいマリー。起こしちゃった?」
今日もリビングで徹夜で書いていると、マリーが寝室から出てきた。静かにしてるつもりなんだけど、どうも筆が止まると独り言を漏らしちゃうのよね。反省……。
「毎日書かれるのはいいですが、夜更かしのし過ぎは身体に良くないですよ」
「そうなんだけど、どうもこの部分が納得いかなくて……これが終わったら今日は休むわ」
「もう、ティア様は頑固なんですから……」
そう言いながら、マリーはなぜか寝室に戻らずに、キッチンで何か作業をし始める。それから間もなく、私の手元にホットミルクが置かれた。
「ホットミルク……わざわざありがとう、マリー」
「いえ。私にはこれくらいしか出来ませんので」
「なに言ってるのよ。いつも家事をやってくれてるし、外でお仕事もしてくれてるし、執筆の手伝いもしてくれてるし……とても助かってるのよ」
「何を仰いますか。ティア様も家事をやってくださってますし、お仕事もされてるじゃないですか」
まあそうなんだけど、やってる量が違いすぎるのよね……本当、マリーには頭が上がらないわ。
「では私は先に休ませていただきます。あまりご無理はされませんように」
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
マリーは深々とお辞儀をしてから、寝室に戻っていった。
マリーってば、眠いのに私のためにホットミルクを入れてくれるなんて……本当に優しい人だわ。マリーのためにも、本を出版してお金をたくさん稼いで、少しでも楽をさせてあげたいわ。
「ホットミルクおいしぃ……よし、もうちょっとだけ頑張ろう!」
ホットミルクを飲んでほっと一息入れた私は、改めて原稿用紙に向き合った。さあ、まずはこの納得できない部分の修正を頑張るぞー!
****
「ティア、読み終わったぞ」
「お疲れさまでした。それで、どうでしたか?」
「あー……」
翌日。いつもの様に、イズダーイの個室で会議をしているのだけれど、どうもユースさんの様子がおかしい。なんていうか、落ち着きが無いというか……顔もちょっと赤い。熱でもあるのかしら。
「前回、思い切って書き直せと指示したな。キャラを変えたのか?」
「いいえ、キャラ設定はそのままで、別の物語を書いてきました」
「……この王子は本当にキャラは変えてないんだよな?」
実は今回、今まで書いていた話を一旦白紙にして、新しいラブロマンスを書いてこいと言われたから、こうして書いてきた。もちろん今まで通り主人公は自分をモチーフにしてるし、お相手も私の理想の王子様よ。
「……? はい。私が理想の王子様を変えるはずがないじゃないですか! もしかして、つまらなかったですか?」
「正直、今までで一番面白い。じっくり読みたいから、今日一日原稿を預かっていいか?」
「え、はい。いいですけど……どうかしたんですか? なんか様子が変というか……体調でも悪いんですか?」
「いや、問題ない。それじゃ、今日は解散だ。次は明後日のいつも通りの時間に来てくれ。それまでに改善点をまとめておく」
そう言うと、ユースさんはそそくさと部屋を出ていってしまった。
一体どうしたんだろう……いつも冷静なユースさんが落ち着きが無いなんて変だわ。それに、原稿を持っていくなんて、この一年の間でされた事がない。
……もしかして、そんなに今回の原稿の出来が良いのかしら!? あ……それとも、口では面白いって言ってたけど、実はすっごくつまらなくて、指摘点が多すぎるとか……もしそうだったら嫌だな……。
まあここでウダウダ考えてても仕方が無いわ。とりあえず帰って、夕方の仕事の準備をしなきゃ。
****
「ふぅ……」
編集部に置かれた自分の机に戻ってきた俺は、ティアから預かった原稿を見ながら、深く溜息を吐いた。
さて、この原稿だが……一年前とは比べ物にならないくらい面白い。ストーリーは良く言えば王道、悪く言えばありきたりだが、魅力的なキャラクターを全面に押し出していて、読んでて飽きが来ない。美しくもスッキリした文にしたから、読みやすさも格段に向上している。
だが……これはどういう事だ? 王子のキャラクターが変わってしまっている。前は優男だったのに、今ではクールで愛想が無いし、主人公と口論をする事が多い。
なんていうか、俺とティアに似ているような……むしろ俺達だろこれ。くそっ、そう思うと顔がにやけてしまう。
実は最近——俺はティアの事が女として気になっている。いや、好きになっていると言い切っても過言ではない。
俺がいくらきつい事を言おうとも、口論になろうとも、あいつは弱音を吐かずについてきた。俺を見返すのが目的であるのはわかってるが、あのひたむきに努力する姿は、俺にはとても魅力的に思えた。
それに、普段の会話でなにげなく聞いた好きなものを差し入れに持っていくと、子供の様に無邪気に喜ぶ姿はとても愛らしく、見ていてとても癒される。食事に連れていくと、おいしいおいしいと喜んでくれるのもそうだ。凄まじい量を食べるのが玉にキズだが。
そんなティアを見てると……もっと喜んで欲しい、笑ってるところが見たい……そう思ってしまう。
本当はこの気持ちに気づいた時に、すぐに告白をしたかったが、頑張って執筆をしているティアの邪魔をするわけにはいかない。でもこの気持ちを打ち明けたい。なんとも悩ましい問題だ。
「ふぅ……」
「あれ、ユース先輩。どうかしたんすか? そんな溜息を吐きながら、ニヤニヤするのを抑えるような変な顔をして」
「あ? なんだソルか……」
「なんだとはご挨拶っすね」
いつの間にか俺の隣には、直属の部下の男である、ソルが立っていた。スキンヘッドにサングラスという、どうみても編集者には見えない風貌だが、これでも優秀な男だ。
「良い作品でも出来たんすか?」
「ああ。今回は自信作だ」
「お~! 超辛口で、数々の担当した作家さんの心をへし折ってきたユースさんが、そこまで言うなんて珍しいっすね! 最近お熱の、あの女の子作家さんっすか?」
「そうだ」
「読ませてくださいっす」
「ダメだ」
こんな……俺がモチーフになっているようなものを読ませたら、どう考えてもからかわれる未来しかない。絶対に死守しなければ。
「まあいいじゃないっすか~」
「あ、おい!」
一瞬の隙を突いて俺から原稿を奪い取ったソルは、手早く読み進めていく。
「ほ~……面白いっすね。それに、これがあんな若い子が書いたとは思えないくらい綺麗な文章っすね。日頃から読書をして吸収してるんだろうな~」
「…………」
「王道を貫きつつ、文章はスッキリしてるしキャラも良い。特にサブキャラが個性豊かで見てて飽きないっすね。若い女の子に売れそうな気配を感じるっすね~」
ソルも俺と大体同じ意見か。やはりこいつも見る目があるな。
「もう少し直して、次の会議に出すつもりだ」
「良いと思うっすよ。オレも通ると思うっす。ただ……この王子、ユース先輩っすよね? もしかして自分をモデルに書けとか言ったんすか!? うわぁ……実は隠れナルシストだったんすか?」
「する訳ないだろ。元々は作者の理想の王子をモデルにした優男だったのに、書き直させたら性格が変わってたんだ。しかも本人は無自覚。まあ前回書かせたのよりも面白いからいいんだが……そんな事、普通あり得るのか?」
ティアは常日頃から、理想の王子様とやらの事を口にしていた。だからそれを変えるような事をするとは思えないんだが……。
「ぷっ……ユース先輩は女心がわかってないっすね~」
「あ? ならお前はわかるのか」
「そんなの決まってるじゃないっすか。作者さんの理想の王子とやらが、優男からユースさんに変わったって事っすよ。それが無意識に作品に反映されちゃってるだけっす」
「…………」
俺が理想に変わったって……それって、ティアも俺の事を意識しているって事か……?
「あれあれー? なににやけ顔を隠そうとしてるんすかー? もしかしてユース先輩もあの女の子が――」
「黙れ。俺は少し風に当たってくる」
「はいはーい、いってらっしゃいっすー」
「ちっ……」
あのサングラスの下に、俺を小馬鹿にするような笑みがあると思うと腹立たしいが、実際ににやけるのを我慢してたのは事実だ……さっさと頭を冷やして、直す必要がある場所を探そう。
それにしても……俺は恋をするなんて初めてだが……存外悪くないな。
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