孤島の修道院にて

きょうじゅ

事件

 レーヒア女子修道会のおさである尼僧長はその朝、会に一台しかない据付型情報端末から彼女が運営する会のウェッブサイトにいつものようにアクセスし、そして悲鳴を上げた。


 普段滅多に書き込みなどありはしないサイトの掲示板に、なんだかおかしな投稿がたくさんあると思って画面をスクロールしていったら、前夜の日付でとんでもない画像が投稿されていたのである。


 それは修道女の裸体の画像であった。


 それが何故ただの外部の人間による悪戯の投稿ではなく修道女、それも他所の修道女ではなくレーヒア女子修道会の修道女のものであると分かるかというと、客観的な理由が二つある。


 一つは、その撮影場所が明らかにこのレーヒア女子修道会の礼拝堂、つまりこの孤島の修道院の内部であるということ。もう一つは、その修道女は裸体であったが顔はヴェールで隠しており、そのヴェールは間違いなく何十年も前から意匠の変わらないレーヒア女子修道会のものであったということだ。


 さて、常日頃は厳格でかつ冷静沈着な尼僧長が柄にもなく悲鳴などあげたものだから、副院長がすぐに飛んできた。


「どうされたのです、尼僧長」

「オリガ。これを見て頂戴」

「……まあ。これは」


 掲示板のその投稿には本文は書かれていなかったが、投稿者の名はこうあった。“女神ヘルミーナ”。その名はレーヒア修道会の信仰において重要なものではあったが、本来それは女神の名などではなかった。聖ヘルミーナというのは、数百年に実在した、教皇庁からおおやけに認定された聖人であり、また言い伝えによれば会の創設者であるところの女性の名である。


「尼僧長、とりあえずすぐにその投稿は削除しませんと」

「そうね。……多分、無駄だとは思うけれど」


 尼僧長の危惧は当たっていた。というか、ウェッブというオープンな場に公開されて数時間が経過している以上当然のことではあったが、画像は既に複数の外部のサイトなどに転載されており、もちろん個人的にダウンロードした者も少なからずいるであろうし、要するにもう色々と手遅れなのであった。


 さて、それからまもなく朝のお祈りの時間がやってくる。この修道院ではお祈りの時間は一日に五回あるのだが、院の全員が礼拝堂に集められるのは朝のお祈りに際してだけである。つまり、は間違いなく、いまこの場に集まっているこの人間たちの中にいる。


「今日は皆さんに、淑女の貞節というものについてお話をしなければなりません」


 いつも朝のお祈りの時間には決まり切ったお決まり通りの台詞しか喋らないはずの尼僧長が開口一番そうではない言葉を発したので、修道女たちの間には日頃にはない緊張が走った。


「ですがその話をする前に。全員目をつぶりなさい。そして、ゆうべ、ここで携帯型情報端末に触れた者。お手をお挙げなさい」


 この修道会にあって、修道女たちは携帯型情報端末を個人的に所有することは許されていなかった。カメラ付きの端末が一台だけ礼拝堂に備え付けてあって共有のものとされていたが、尼僧長以外の者が触れることを許されるのは日曜日の自由時間だけである。そして次の日曜日はというと三日後であった。つまり昨日も今日も平日だ。


 手を挙げた者が五人いた。うち二人は、自動的に容疑者から外れた。一人は院で最年少、七歳の少女であった。とあるアニメ番組の録画がどうしても観たかった、と別の機会に自供した。もう一人は最高齢ではないが年の行った修道女であり、腰痛のよくなる方法を調べたかったのだ、と後で語った。


 残る容疑者は三人。まあ、画像を掲示板に上げた犯人はそもそも手など挙げていないかもしれないが、と尼僧長は考える。本人でなくても何か知っているかもしれないし、犯人の残した痕跡に気付いたかもしれないし、それより何より重要なことには、事件の勃発に気付いているかもしれない。


 何が起こったのかという事実が修道院じゅうに広まる前に、まず内部の口封じをしなければならないのであった。

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