第46話 オレリア観光隊

 ルーリーの魔法の教師が決まったころ、オレリア率いる王都観光組は中位区に到着していた。


「お嬢、どこ行きます?」

「ん~、そうねぇ、あなたたちはどこに行きたい?」

 オレリアがグンター達にそう聞くが、反応がいまいち鈍い。

「どうしたの?」

「あのぉ、そろそろそちらの方を紹介してもらいたいんですが・・・。」


 そう言ったグンターの視線の先には屋敷の前で合流した銀刺繍入りの純白の魔法士ローブを羽織っている人間がいた。声色的に女性だろうか。ローブのせいで顔は見えないでいる。


「あぁ、忘れていたわ。ミラ答えてあげて」

「あ~、はいはい」


 ミラと呼ばれた女性が面倒くさそうに頭部にかかるフードを取ると端正な顔、白い髪、深い緑の瞳そして頭の上の方にはふさふさの大き目な猫耳が出てきた。―――獣人族の血が入っている証である。


 しかしそれだとおかしい。何故魔法適正が低い種族である獣人族が魔法士のローブを羽織っているのだろうか。それも王立魔導学園次席の証である銀刺繍がされているものを。


 子供たちの疑問に気が付いたミラは面倒そうな顔をする。


「あー、あたし獣人族とエルフ族のハーフなんだよ。だから魔法適正も高いの」

「・・・しんたいのうりょくもたかいの?・・・イーヴォ」

 イーヴォが質問と自己紹介を同時に済ませる。


「高いと思うよ、生粋の獣人族と同じくらいは」

「すごい・・・あ、俺グンターって言います」

 グンターも驚き、純粋に興味を持った目をミラに向ける。


 それもそのはず、異種族同士の間に生まれる混血というのは通常両親の種族のどちらかに特徴が偏るからだ。

 ミラのような獣人族とエルフ族の混血の場合、獣人族に寄るかエルフ族に寄るかの二パターンが一般的で、どちらの場合でも生粋の獣人族の身体能力と生粋のエルフ族の魔法適正の高さには遠く及ばない。

 言ってしまえば中途半端なのだ。なので、場所によっては「半端者」と蔑まれ迫害される。


 しかし、獣人族・エルフ族の強みをどちらとも高水準で持っているミラは一般的な混血とは対極の位置に存在していた。

 珍しいどころではない。唯一無二と言ってもいいだろう。


 ミラは子供たちの視線を受けて不機嫌そうにしながらも話を本題に戻す。


「そんなことはどうでもいい。お嬢が質問しているんだ、答えなさい」

 疑問が解決された子供たちは先ほどのオレリアの質問を思い出す。


「あ、はい。イーヴォどこかあるか?」

「・・・ない」

(空気を呼んでくれ・・・イーヴォ)

 グンターは先日やらかしているのでイーヴォに振ったのだが、肝心のイーヴォはいきたい場所がないという。

 嘘でもいいからどこか具体的な行き先を言ってほしかった。グンターは王都の眩しさに目がくらんでいたためどこに何があるか覚えていないのだ。


「・・・」

「グンター君はどこ行きたいの?」


 グンターに再び目線を戻したオレリアがもう一度―――今度は名指しで聞いてくる。逃れられない。

「じゃあ本屋で」と適当に言えばいいのだが。嘘をつきたくないという気持ちから変なところで生来のまじめさが出る。


「・・・リア様のおすすめで。」


 一番困る答えを出してしまった。「コーヒーにする?紅茶にする?」と聞かれて「どっちでもいいよ」と答えるのと同じだ。まるで相手のことを考えていない。


「・・・わかったわ。じゃあ、案内するね。イーヴォ君、途中で気になるお店があったら言ってね?」

「・・・うん」

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


 グンターへの気遣いはない。二度も話を逸らした挙句あげく曖昧あいまいな答えを出したので、当然と言えば当然だ。


 落ち込むグンター。

 既にオレリアとイーヴォは進んでいる。


 そんなグンターの肩がとんっと軽くたたかれた。


「行くぞ」


 ―――ミラだ。


 彼女は前へと歩いて行く、振り向かないので顔は見えないが気を遣ってくれたのはわかった。


「はい!」


 グンターは元気を取り戻し3人の後を追っていく。



 ◇◇◇



 観光開始から1時間ほど経ち、一行は【ホルズ木工】という店の中にいた。

 オレリアが案内している最中にイーヴォが突然走り出して入っていったのだ。

 そのイーヴォはというとショーケースに張り付いて中にある物を食い入るように見つめている。

 普通ならこの時点で店員とかにつまみ出されるのだが、近くに如何にも貴族家のお嬢様といった出で立ちのオレリアと魔導学園次席のローブを羽織ったミラがいることが幸いしてか出されないでいた。


「・・・これほしい」


 イーヴォが小さな声で呟く。普通ならば聞こえないその声を周りの三人は聞き取っていた。

 イーヴォがここまであからさまな欲を出したところを見たことがなかったグンターはそのセリフに驚き彼の視線の先を見る。


(ただの箱じゃん。)


 グンターはそうとしか思えないのだがアルテュールが見たら「寄木細工じゃん」と言うだろう。

 寄木細工とは様々な種類の木材を組み合わせそれぞれの色の違いを利用し模様を描く木工技術だ。

 今イーヴォが見つめているのは四角い箱型のものであった。


「イーヴォ君はお金持ってるの?」


 オレリアが至極当然の質問を投げかける。

 ここでオレリアが払う筋合いはない。イーヴォはアルテュールの部下であり、オレリアの部下ではないからだ。

 ただ彼女とて鬼ではないので値段によっては買ってあげようかなぁくらいには思っていたが、その箱はその値段のボーダーラインを超過していた。

 なぜこれほどの値段がするのかを店員に確認すると「中にからくりが組み込まれているからです」という答えが返ってくる。

 箱の中にからくりをつくって何になるのだろうと彼女は思うのだが、どうやらそれがイーヴォの心をつかんで離さないらしい。


「・・・アルさまがはらってくれてた」


 しゅんとするイーヴォ。

 彼はどこかの阿呆とは違って自分のお金を持っていないので欲しいものがそこにあるのに手が届かないという何とも言えない虚しさを味わっている。

 欲と言える欲を持ってこなかった彼にとっては不思議な感覚だった。

 しかしアルがいたとしてもさすがにこの値段では頼めないのでイーヴォが半ばあきらめているとそこに一筋の光が差しこむ。

 

「じゃあ、アルに請求が行くようにしておくわね。」

 オレリアのまさかの発言にイーヴォは聞き返す。

「・・・いいの?」

「もちろん。」

「・・・ありがとう」

 それがいけないことだと分かりつつも、イーヴォは己の欲に抗うことが出来なかった。

「どういたしまして。」


 そのやり取りを見ていたミラが流石にそれは、と思いオレリアの傍に行き聞く。

「お嬢、いいんですかそんなことして。」


 聞かれたオレリアは歳不相応な大人びた笑みを浮かべながら言う。

「後で私がアルに払うから何も問題ないわ。こんなにも欲しそうにしているんだもの、これで買えないじゃ可哀そうじゃない。」

 それならば今ここでオレリアが払えばいいのに、と思ったミラはアルテュールに請求した後に自分で返すという回りくどい方法に疑問を覚えた。

「では何故回りくどい方法を?」

 そんなミラにオレリアは諭すように言う。

「もっと安ければそれでいいのだけど、ここまでの額になるとちょっとね。私にとっては大したことなくても市井の人々から見れば大金だわ。それを直接の上司でもない私が買ってあげてしまうとアルに恥をかかせてしまうの、だからよ。」

「お嬢も色々と考えてるんですね。」

「当然よ、アルのためだもの―――店員さん、弟に贈り物がしたいのだけれどおすすめはあるかしら?」

 ミラの失礼極まりない発言を気にすることなくそう答えたオレリアは近くにいた店員に声を掛ける。

 少しの間、店員と相談したオレリアは「これにするわ、あとこれも。その箱はヴァンティエール家のアルテュール名義にして、こちらは私が今支払うわ。」と言って店員に勧められたアルへのプレゼントを現金で、イーヴォの物はアルテュールへの請求で会計を済ませていた。


 貴族と庶民の金銭感覚の違いを正確に理解しそのうえで庶民の思考を読み取り弟に恥をかかせることなく目の前にいる小さな男の子を笑顔にできるような方法を瞬時に導き出したオレリアをミラは畏怖の念を抱きながら見る。

 ミラは貴族のことについてはあまり詳しくない。しかし、まだ10歳のオレリアの視野が既に貴族として完成されかけているということは理解できた。


「案内再開するわよー!」

 店から出て声高らかに観光再開を宣言するオレリアは年相応に見えた。

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