第45話 大魔導士の敗北

「で、お前さんは何をそんなに焦っているんだい?」


 オレリアたちが屋敷を出て行ったあとフリーダとルーリーは屋敷内の一室に移動していた。

 部屋に入って10分ほどだろうか、沈黙に耐えられなくなったルーリーがぼそりとつぶやく。


「わたし、かわりたくって…」


 切実な思い。しかしひどく抽象的だ、それだけでは何も伝わらない。


「今のままでも随分と可愛いじゃないか」


 会話を続けるためフリーダが適当に答えた


「あのその、そういうわけじゃなくって」

「ふざけて悪かったよ、ここからは真面目にするさ。―――何で自分の性格を変えたいんだい?」

 なんとなく思ったことを口にしてみる


「―――!」

 図星だったようだ、顔に「なんでわかったの?」と書いてある


「舐めてもらっちゃ困るよ、これでも無駄に齢を食っていないからね。さあ言ってごらんなさい。無理強いするわけじゃないがね」

「……」

 ―――沈黙がまた始まる。


 埒が明かない。

 フリーダは王国全土はおろか国外にもその名を轟かせる大魔導士だ。先ほどのルーリーのように師事を仰ぐ者たちはごまんと見てきた。その中にはすでに大成している人間もいた。

 今回ルーリーの相談を受ける気になったのはほっておけなかったから、たったそれだけの理由だ。

 彼女の性格上うじうじしている人間を見ると少し腹が立ってしまう。ただ表には一切出さない。

 子供相手に容赦ないと思いつつ、あくまでも言葉を引き出すための手段として強めの言葉を選択する。


「己の本音すらも言わないまま師事を仰ぐのはちと傲慢だね。」

「?」

 難しすぎたようだ。アルテュールの部下だからという理由でアルテュールと同じ感覚で話してしまっていたらしい。


「ああ、すまない。少し言葉が難しかったかね。アルテュールを相手にする時と同じようにしてしまったよ。可愛いお嬢さん相手なのにね」

「ぜんぶわからないわけじゃないです」

「ほう、そりゃ賢いね」

「つよくなりたいんです・・・」

 まだ抽象的ではあるが、話が前に進んだ。


「ん?どういう風にだい?」

「ねえさんみたいにつよくなりたいんです…。」

 ―――そしてまたもじもじ。


 見ていてじれったくなるフリーダだが、相手がただの5歳児ということを思い出す。


(どうもアルテュールと同じように扱ってしまうねぇ)


 アルテュールは見た目はともかく中身は大人?いやまだ子供か。言い換えよう、頭脳は大人である。

 少しの言葉で大体のことを理解し、自分で行動し始める。

 フリーダは彼と触れ合ううちに「何だこいつは」と思うようになったのだが、それでもかわいい孫だ。目の前の5歳児よりも自分の孫の方が頭脳では優れていると分かり少しうれしくなってしまう。それと同時にそんなアルのような5歳児がぽんぽんといてはたまらない、と少し安堵する。


 ルーリーの口から出てきた「ねえさん」という知らない誰かが気になるが、聞けば話が進みそうにないのでまずはまだ聞いていなかったことを尋ねる。


「お前さん名前は?」

「・・・ルーリーです」


 今更ながら名前を聞かれたので不思議そうにしながらもしっかりと答えたルーリー。

 彼女を知るためにフリーダは質問をする。


「ルーリー、お前さんは何か得意なことはあるかい?」


 突然の質問にルーリーは悩む。

 自分の優れているところなんて知らない、だからこうしてフリーダに縋り付いているのだ。

 ―――自分には何もない。

 分かっていたことを突き付けられるようで胸が苦しい。


 どんどん顔が暗くなっていっているルーリーを見て、フリーダは「コロコロ顔が変わるねぇ」と思いながらも今度はより丁寧に尋ねた。


「そう難しく考えなくていいよ。何でもいいんだ、どんな小さいことだっていい」

 暗い顔を上げたルーリーはそう言われて、姉ルイーサの言葉を思い出す

(「ルーリーこれ分かんない、おしえてー」「アルさまにまた怒られた、おしえてー」「ありがとうルーリー!ルーリーは頭がいいね!いいなぁ」)

 普段頼りがいのある姉は勉強になると途端にダメになる、そしていつもアルテュールが自分にルイーサを押し付けてくるのだ。

 姉のことを考えると心が明るくなる。やっぱりねえさんはすごい、とルーリーはまた姉を見直しながらも(これかなぁ?)とフリーダの質問に答えた。


「…お勉強が得意です」


 少女から出てきた言葉にフリーダは少なからず驚く。普通、得意なことは何かと聞かれて「強いて言うなら勉強かなぁ?」というやつのほとんどは自分に自信を持っている。

 それが自信なさげな少女の口から出てきたのだ。


「そりゃすごいね、それだけ立派な特技があるのなら何を悩むことがあるんだい?」


 ストレートに「それでいて何を悩む必要がある」と聞く。オブラートに包もうとしているのかしていないのか分からない。


「へ?でもそれだけじゃ、ねえさんたちのやくにたてない…」


 ルーリーの口から再び出てきた「ねえさん」という単語。彼女の中心にはこの人物がいるのだろう。そしてその考えが彼女の成長の妨げとなっていると見抜いたフリーダは興味ありげに質問する。


「へ~、お前さんのねえさんとやらはずいぶんとすごいんだねぇ。お姉さんの役に立ちたいのかい?」

「はい、ねえさんはすごいです。わたしにできないこといっぱいできます。・・・わたしなんかとちがって…」

 楽しげな表情が一転してまた暗い表情を浮かべる。本当に表情がコロコロと変わる。


(やはり、ね)


 フリーダはというとそんなコロコロルーリーを見て、自分の推測が当たったことを確信し荒療治あらりょうじではあるが彼女を変えさせる方法を見つけ出していた。


 ルーリーの本質を正確に理解したフリーダは彼女の表情を操る。


「お姉さんのどんなところがすごいんだい?」


 姉に興味を持ったふりをしたフリーダにまんまと乗せられた少女は再び表情を明る

くして話し出す。

「ともだちつくることとか、うんどうとか、やさしいとことか、勇気があるとことかいっぱいです。あとは、あとは―――」


 マシンガントークで姉のことを自慢しだすルーリー。

 フリーダはそれを冷めた目で見ていた。少女はそれに気づかない。


(なんだそんな事かい、まあ子供から見たら随分立派に見えるかもしれないがねぇ)


 ―――彼女の世界観をぶち壊す。


「それだけかい。私が聞く限りルーリーのお姉さんとやらはすごくないねぇ―――」


 ルーリーの話を遮り、出した言葉はルーリーにとっては許せないものだった。

 温和なルーリーの表情が一変する。


「ねえさんのことわるくいわないで!」


 彼女は怒っていた、生まれて初めて怒ったかもしれない。しかしそれはフリーダの思うつぼだ。

 フリーダはルーリーの世界を一度叩き壊して再構築しようと考えていた。これを大人相手にやるとやられた相手は過剰な反応を起こす、それはもうすごいくらい。理由は簡単、長年の間に形成された凝り固まった価値観を否定される自分の世界を叩き壊されるということは自らのアイデンティティ存在意義を否定されることとほぼ同義であるからだ。言われたことがいくら正論だとしても拒絶しなければならない。認めれば自分が自分でいなくなる。だから激しく拒絶する。


 しかし、自己形成の途中の子供相手ならば間に合う。

 壊しっぱなしにするわけにもいかないので再形成を補助する言葉をかける。

 ―――今度はルーリー自身が中心となるように。


「わるかったねぇひどいことを言ってしまって。でもルーリー、お前さんにもあるじゃないか人を想う優しい心と勇気が」


 普通の人間がこのような言葉をかけた場合、戯言ざれごとだと一蹴いっしゅうされる。それが普通だ。

 しかし、その発言をした人物は王国一の魔導士だった。


 自分が憧れている姉にあって自分にはない優しさと勇気、自分が欲しくてやまないそれを偉大な魔導士に言われたルーリーはコロッとだまされてしまう。

 アルテュールがこの場にいたのなら「うわ、きったねぇ」というだろう。


「…優しい…勇気?」


 ルーリーの中に湧き立つ怒りが偉大な魔導士に褒められた嬉しさに侵食しんしょくされていく。


「ほんとに?わたしにあるの?」

「あぁ、あるともお前さんには優しさと勇気があると思うよ」


 少し大げさに言った節はあるがこの言葉はフリーダの本心だ。


 貴族に大声で歯向かう平民はそういない。

 ルーリーがものの道理もわからないような幼子であるのならば話は別だが、彼女は生来の頭の良さとハッツェンの社会の授業によってつちかった知識がある。貴族の恐ろしさを分かっていていながらも歯向かっていったのだ。それがたとえ姉のためであろうとも。


 フリーダの「優しい心」「勇気」という言葉がルーリーの中で「自信」という名の芽を出させる。それがどんなに小さな変化だとしても今この瞬間に彼女の世界は新たな形を持ち始めた。


 姉を侮辱ぶじょくされた怒りとフリーダに褒められた嬉しさ、そして自分の中に初めて現れた「自信」に戸惑いを感じ、整理しきれない気持ちが涙となって表に出る。


「ひっぐ、ふぇぇぇぇ……」


 泣き出してしまったルーリーにフリーダはギョッとする。荒療治あらりょうじだったものの、成功を確信していた彼女は戸惑いを隠せないでいた。


 泣くとは思っていなかったのだ。このくらいの意地悪ならばオレリアやアルテュールは泣かない、むしろ「へ~、そうなんだ~」とか言って自分のかてにして勝手に成長を始める。フリーダの基準はいまだ実の孫にあった。


「ああ、ごめんよ。そんなに泣かないでおくれ。すまなかったねお姉さんの悪口を言ってしまって。」


 オレリアやアルテュールに子供の基準があるということはその基準に満たない、いわゆるごく一般的な感性を持った子供たちの扱い方を知らないということだ。


「ひぐっ、いいよ…ふえぇぇぇ……」


 許しを出した後また泣きだすルーリー。

 その瞳にはわずかながらも知性が宿やどっていた。

 目の前の少女をどう慰めればいいか分からずおろおろしているフリーダ大魔導士は気づかない。勘の鋭さが失われている。


 ルーリーはなおも泣き続ける。小さい体のどこからそんな大量の水分が出てくるのだろうか。


 フリーダにはなす術がない、途中で侍女を呼んで来ようと思ったのだがその考えを即座に切り捨てる。


(「子泣かせの魔導士」に二つ名が変わるのは勘弁だよ)


 フリーダ・キーカ・ヴァンティエール=セレクトゥは元宮廷魔導士第一席の他に呼び名をいくつか持っている。そのうちの一つが二つ名である「万魔」だ。表向きには「二つ名なぞ飾りさ」と言っている彼女だが、本心ではそれなりに二つ名を誇りに思っていた。だから恐れたのだ、今の状況を他の者に見られることを。


「もう泣かないでおくれ、私はどうすればいい?何でも言っておくれ、できることならなんでもしよう」

 故に言ってしまった―――何でもしよう、と。


 直後ルーリーが涙を止める。その言葉をルーリーは待っていたのだ―――途中からウソ泣きをしながら。


(やられた―――!)

 気づいた時にはもう遅い。



「ぐすっ、わ、わたしに、魔法を、おしえてください。」

「お前さん随分と強くなったじゃないか…」


 一時的なルーリーの魔法の教師が決まった。大魔導士の敗北である。

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